マルスの行方

「父さんは今どこに?」


 アトラスはラミニに問う。表情はどこか熱く、行き場のない恐怖と怒りが渦巻いていた。


「ちょ! アトラス、一旦落ち着けって!」


 ギンヤがアトラスの二の腕をつかみ、アトラスの意識を自分へと向ける。アトラスの不安定な感情は威圧となり、それがギンヤへと突き刺さる。

 ギンヤは額に冷たい汗を浮かべていて、奥歯を噛み締めながらその圧に耐えていた。


「お、お兄ちゃん!! マルスさんが生きているから私たちもここにいるの」

「っ!? ああ、ギンヤ。ごめん」


 ラミニの言葉でアトラスは我に返る。一方、アトラスの圧が突き刺さっていたギンヤは荒い呼吸を繰り返し、冷や汗が頬を伝って雫が落ちる。そしてアトラスはギンヤへ謝罪した。


「ああ、大丈夫だ。お前こそ自分の親が大変な時に。こればかりは仕方ねぇよ」


 沈黙が場を支配する。しばらくしてラミニが動き出した。


「ね、お兄ちゃん。マルスさんは生きてるから。マルスさんのところへ行こうよ。他のお兄ちゃんたちも!」


 アトラスはラミニに連れられ、暗い道をさらに奥へ進む。ヒメカも、ギンヤも、キマリも──二人の姿を追いかけた。


「この先だよ」


 ラミニに言われるまま、アトラスは他の拠点へ向かう。道の端には殻魔族の死骸や、外骨格の一部が転がっていて、凄惨な戦いの痕が残っている。

 進む道の奥のほうから何か黄色い光が見えた。しかしそれは地上に降り注いでいた太陽の光とはどこか異なる。


「もしかして、炎……なのか!?」


 アトラスはその黄色い光の正体が炎であることに気づくと、既にアトラスの身体は動き出していた。


「炎が蠢いてる……!」


 黄色に燃える炎のワイヤーが自由自在にうねりを上げる。熱し、殻魔族を次々に焼き斬っている光景。

 そしてその中央には──。


「よっ、アトラス! 久しぶりだなっ!!」

「っ!? と、父さん!!」


 アトラスの父親であるマルスの姿があった。両手に刀を握り、その両方から炎が踊るように舞う。マルスがふっと息を吐き出すとともに手元の炎は消え失せる。


「父さん……!」


 アトラスは言葉を失う。しかし目は爛々と輝いていた。


「大丈夫だったんだね! 父さん!!」


 そしてアトラスは父親マルスの胸に飛び込んだ。

 それから安全な場所へ移動した。

 地底で奮闘していたのはマルスとシロナの他に──もう一人。


「君がアトラス君か。初めまして、かな?」

「え、ええっと」

「俺はエルファスという。君の父親、マルスの戦友だ。よろしく頼む」


 エルファスはマルスの首と肩に腕をかけて、そのままマルスの背中をパチンと叩く。


「痛ってぇ! 何すんだお前!?」

「それよりもさっきのお前の話の続きをするぞ」

「は? それはだから──」


 エルファスの言う、話とは何だろうか。アトラスの知る限り、マルスが隠していることを思い浮かべる。


「……あった。父さん、教えて欲しい。父さんは一体、何を隠してるんだ?」


 アトラスのその言葉に、マルスだけでなくシロナまでもが顔を俯かせた。マルスは暗い表情で俯いている。

 そんな様子にエルファスはため息をつく。マルスに変わってエルファスが口を開いた。


「アトラス君。動揺しないで聞いて欲しい」

「はい」



「君には、お兄さんがいる」




 アトラスの知りもしなかった身内の真実に、驚愕という言葉が頭の中を埋め尽くした。


「兄って、どういうことだよ父さん! 本当に、俺に兄がいたのか?」


 アトラスはますます不安そうな表情となって、マルスに尋ねる。


 ──自分には、兄がいた。


 このことは勿論アトラスにとっては驚きで、そして何より、マルスがそれを言わなかったことが驚きだった。疑いたくはなくても、どうしても疑念の余地が生まれてしまう。


「悪かった。これから全て話そうと思う。だから──」

「君の友達には皆、席を外してもらえるように言ってくるよ」


 そう言ってアトラスはヒメカ、ギンヤ、キマリのもとへ行き、人払いをした。勿論、案内してくれたちびっ子たち、四人組も少し席を離れてもらう。


「それじゃあ、話すぞ?」

「──うん」


 アトラスは唾をごくりと飲み込むと、首を縦に頷かせた。


「まず、俺の家系についてからだな。俺の血筋にはとある代名詞がある」

「代名詞?」

「そうだ。その代名詞は『勇者』という言葉なんだ」


 勇者。

 勇ましい者と書いて『勇者ゆうしゃ』。


「それで、お前の兄についての話に戻すぞ? お前の兄、サタンは勇者の血筋だったがある時に失踪した」

「サタン……!?」


 アトラスは聞き覚えのある名前に目を見開く。サタンといえば、以前マディブの森で戦った男だ。

 よりによって、サタンな自分の実兄。その事実にアトラスは深く打ちのめされてしまった。

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