殻魔族(後編)

 大きな傷を負うには至っていないにしても苦戦を強いられるマルス。殻魔族はその身の硬さから、純粋な力に優れている。それに加えやたらと数も多い。熱で焼き斬るにしても大変だ。

 腕も二対四本であるため余計にタチが悪い。


「厄介な。これで薙ぎ払う!!」


 マルスは反対側からの甲殻武装を引き抜く。普段なら二本目を出す必要もなかったが、なまじ狭い空間で敵が多かった。

 能力を十分に引き出せないこともあり、左右に一振りずつ握る。

 煙立つくらいに熱を持った刀。一体、二体と屠っていく中でエルファスに声をかけた。


「エルファス、まだいけるか?」

「ああ、まだ大丈夫だ!」

「一度にいくぞ!!」


 二人はぴたりと背中を合わせると息を合わせる。それぞれ反対方向に走り出した。

 一方や高速の斬撃。もう一方は一撃必殺。

 チームワークが良いからなのか、二人の間にできた隙間が広がっていく。殻魔族は確実に数を減らしていた。


「はぁ、はぁ。これでまだ残ってるのかよ」


 マルスはそう悪態をつかずにはいられない。

 相手は喋ることもなく、人形のように自分たちを襲っている。でも、本当にそれだけの動きしかしていない。マルスにとっては、それさえも違和感だった。


(密接な交流はなくとも、前は話すこともあったんだけどな。一体、この地底で何が起こっているんだ?)


 マルスはその疑問を表に出さずに、亡骸を苦しそうに一瞥。そしてエルファスとともに一旦その場を離れた。





「お兄ちゃん、マルスさんは今……最前線で戦ってるの!」

「は? え、戦ってる? ええと、ラミニ。どういうこと?」


 するとラミニはとても残念そうに、アトラスの質問に答えた。


「お兄ちゃん。落ち着いて聞いてね? 村は殻魔族に滅ぼされちゃったの。それで──」

「え、えっ!? 本当に、どういうこと!?」


 あまりにも突拍子もないことをラミニは言ったので、流石のアトラスも混乱した様子を見せる。


「これを見ればわかると思うの」


 そう言ってラミニはあるところを指差した。それは村と村を繋ぐ通路、その端にあるなにかの『殻』。それはどこか脚跡の鎧を想起させるような黒くて硬い殻。


「これは敵の身体の一部みたいで、マルスさんたちは殻魔族って呼んでたよ」


 ラミニの説明に、アトラスは目に影を落として顔をくしゃくしゃに歪ませた。



 ***



「くそっ! やっぱり、俺自身に寄生させるのは無理かぁ」


 やはり、『日食魔蟲』ヘラクスを自分自身に寄生させることができないと分かると、サタンは唇を噛む。


「……あの方法を使うほかなさそうだな」


 今、サタンは暗い道を歩いていた。周囲を覆うのは水分によって固められた土で、道の進む先はゆるやかに地下へと向かっている。

 しばらく道を進むとサタンは突然、腕の数が四本ある人型に遭遇した。脚跡の鎧も両横腹にある。しかし、殻人族とは似て非なるもの。サタンは足元をのようなものに絡め取られ、それ以上前へ進むことはできなかった。

 サタンはニヤリと嗤う。


「ん? なんだお前は」

「そっちこそ何だテメェは」


 男はサタンに告げた。

 それと同時に──否、既に武器は引き抜かれている。毒々しい色と見た目の甲殻武装でサタンを斬りつける。


「っ!? 何、だと……」


 男の刃は届かなかった。

 なぜなら紫色の結晶──姿の変化した甲殻武装によって受け止められている。サタンの甲殻武装は白い火花を弾かせながら、その刃を押し返して、それを砕く。


「っ!? な、にぃッ!」


 一瞬の怯んだ隙をついて、サタンは目の前の存在へ手を伸ばした。


「……お前でいいや。宿せ、パラサイトダークネス」

「っ!? なんだ……これ、は……! ぐ、がっ!!」


 目の前では、苦しそうな呻き声を漏らす。宿したのは、『日食魔蟲』ヘラクスの伝承。そして災厄は現世で復活を遂げた。


「俺の求めるものは真実っ! 復活したのは現実っ!!」


 ヘラクスは韻を踏みながら、復活したことを喜ぶ。表情はあまり変化していないが、声はどこか弾んでいるようにも聞こえた。


「やあ、復活おめでとう。『日食魔蟲』ヘラクス!」

「お前は誰だ? だが、今ならできる。殻人族の真実、進化の神秘……っ! 探求できるッ!!」


 ヘラクスは自分自身の身体の状態に気がついているのだろうか、嬉々として四本の腕を動かす。しかし、後腕についてはまだ、上手く動かせていないようだ。

 韻を踏んでいるヘラクスを見て、サタンはため息をついた。


「この身体は……未知の身体しんたいっ! 俺の疑問の答えかもしれない……っ!」


 ヘラクスはやはり、韻を踏みながら楽しそうに前腕を動かしている。後腕もぐるぐると動かせているが、やはりまだ少しその部分だけぎこちない。


「はあ、折角俺が蘇らせてあげたんだから、少し協力してもらうよ?」

「ん? ああ、いいだろう。その代わり──」

「その後は自由に行動してもらって構わないよ」

「わかった」


 ヘラクスはどこか子供のように両手を天高く突き上げて笑う。そして、サタンと手首を交差させてトンとぶつけ合った。


「俺が望むのは、ヘラクスに邪魔者の排除をお願いすることだよ! 俺の本当の目的は自分でやるからさ」


 サタンは危うさを残す、無邪気な笑みを浮かべながらヘラクスに自分の望みを話す。すると、ヘラクスはおもむろに自分の心臓の位置に前腕の手をあてて、


「俺はそのあと旅をする……っ! 深まる謎を探求す……っ!!」


 韻を踏むのは、相変わらずであったが。

 ヘラクスは自分の願望を伝えた。それは殻人族という存在そのものについての謎。その手段として、ヘラクスは旅に出たいと考えていた。


「なるほどね! いいよ、それまでは協力してもらうよ!」

「ああ、分かってる……」


 暗い地の底でサタンはやりとりを終える。サタンの笑みは崩れることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る