殻魔族(前編)

 アトラスたちが試験を先んじて受けるため、数日の間だけ地上で時を過ごす。

 試験の内容は比較的簡単なもので、一問一答式の殻人族社会についての問題。試験を受けてから、地底へ向かう準備を始めたアトラスたちはというと──


「はい、アトラス君。それでは行きましょう!」


 地底へ帰る準備も兼ねて、日常を思う存分に楽しんでいた。そして今はモーラと出掛けている。

 大樹が茂る街中を進むと水溜まりに青空が広がる。街中を軽やかなステップで進むモーラと、後ろを追いかけるアトラス。突然に後ろを振り返ってモーラは眩しい笑顔を見せた。


「今日は、一緒に出掛けてくれてありがとう! アトラス君!」

「うん。まあ、そうだね」


 アトラスはモーラの横へ並ぶと、歩きながら葉の隙間から射し込む太陽を見上げた。




「ぐぬぬ……!」

「くっ」


 アトラスとモーラの姿を遠くから監視する二人の少女。言うまでもなく、ヒメカとキマリである。


「あの二人、一体なにを」


 ヒメカとキマリの視線の先──アトラスとモーラは丁度どこかの店へ入っていった。看板を見れば飲食店だとわかる。


「ヒメカ、追いかけよう」

「ええ、そうね」


 潜入班の二人は、数分の間を置いて店の扉を押した。

 既に二人席に座り、褐色の飲み物と花の蜜をふんだんに使ったパンケーキを口へ運んでいる。


「あ、美味し!」

「うん、ここのジュースもコクが深い! 砂糖とも違う味だ」


 お互いに食べているものは違えど、美味しそうに食べる。アトラスと目が合うと、モーラは微笑んだ。


「なにこれ。私たちは一体、なにを見せられているのかしら?」

「ん、私もわからない」


 遠くの席に座り、適当に飲み物を注文する。そして飲みながら、彼らの一部始終を盗み見た。


「あっ、とても美味しいわこれ!」

「なぜ、私たちはこんなことを……くっ」


 二人はどこか虚しさを覚える。それから砂糖じゅえきを吐くように、怨嗟の声を吐き捨てた。



 ***



「「ぐぬぬ」」


 やがて全員の準備がおわり、地底へ向かう四人──アトラス、ギンヤ、ヒメカ、キマリが集まった。そのうち約二名はどこか不満そうである。

 彼女らの内心を露も知らないアトラスは、地底から来た子供たちと会話に花を咲かせていた。


「だ、だけど、アトラス! どうやって地底に行くのよ!!」


 不満の爆発。ヒメカはアトラスに尋ねた。『だけど』の部分に意味の繋がりはなく、無理やり会話に割って入った形になる。


「それは──」


 実際のところ、アトラスも地上へ来るときは地面の中を服装が汚れることを覚悟の上で進んでいた。だから地底世界に向かうには、服装が汚れてしまうことを覚悟しなければならない。

 アトラスは少し申し訳なさそうにして、そのことを伝えた。


「ええっ!? 服装が汚れるの!? って、アトラス、貴方まさか! のはそういう理由だったのね!!」


 ヒメカは妙に納得してしまった。

 女風呂で遭遇したことについて『地底にそのような風習がなかった』ということも、今になっては想像するのも容易い。アトラスは服装が汚れていたため、綺麗にする必要があったのだ。

 あのときの自分自身を思い出して、の意味で恥ずかしくなるヒメカは首を大袈裟に振る。

 直ちに話題を転換しようと思考を巡らせる中、アトラスが一言付け足した。


「だから、汚れてもいい服装だと助かるよ」


 そしてアトラスは子供たちを見る。四人は楽しそうに大樹の校舎の中を走り回り、メイスターに窘められている様子だ。

 そして思い出すのは、四人が来た時には特に服が汚れていなかったこと。


 四人に尋ねると、思いも寄らぬ答えが返ってきた。


「ええとね、お兄ちゃんの通って来た道を追いかけたの!」

「そうそう! だからあんまり汚れなかったんだぜー!!」


 ラミニとケタルスが順番に答える。ケタルスは身につけている衣服の裾を引っ張って汚れていないことを見せびらかしていた。


「なるほど! それじゃあ四人とも、その出口は塞がっていなかったの?」


 アトラスが再び質問をすると、四人は口々に話し出す。


「少し塞がってたか?」

「そうだよね、狭かったよね!」

「狭いし土が落ちてきてたっけ?」

「うん、外へ出るのは大変だったよね」


 四人の会話を聞いて策を練る。

 考えを捻り出した瞬間に、アトラスの目は輝いた。


「なんとかなるかもしれない!!」


 アトラスには二つ程、思いついた案がある。

 一つは以前、家を建てた時から気がついていたこと。


 この周辺の土壌は粘性が少ない。だから水分で固まってくれるとアトラスは考えた。

 しかし水を扱う者はアトラスの知る限りいないのが現状である。


 続いて二つ目──これはヒメカとギンヤの甲殻武装の能力に頼ることとなる。ヒメカの蔦を生やす能力と、ギンヤの虚像を生み出す能力で土を固めてしまうというものだった。

 二つ目の案を言い換えるならば、髭根の植物が根を張り巡らせることに良く似ている。


 アトラスはヒメカとギンヤ、キマリに自分の立案した移動手段を伝えた。すると三人とも目を丸くして頷く。


「なるほどね、わかったわ!」

「おう、任せとけ! っても、髭根の植物なんてあんまり気にしなかったな。さすがは地底出身の世間知らずさんだ」


 二人とも快諾しているが、ギンヤは褒めているのか、貶しているのかわからない。しかし地底について『笑えない冗談』ではないことは十分に伝わっているようである。

 そして、アトラスたちは子供たちと共に故郷──地底世界へと向かう。


「いざ、地底世界へ!」

『おおーーーっ!!』


 地底へ向かう全員が片腕を天に突き上げて気合いを入れると、まずは出入口となっていた場所を目指す。


「……ここだ。二人とも、お願い!」

「ええ、任されたわ! お願い、ローザスヴァイン!!」

「おう、任せとけ! 甲殻武装:ベクトシルヴァ!」


 まずヒメカが通路のの内側を固めるように蔦を伸ばす。十分な蔦の長さ、十分な蔦の密度になるとギンヤの出番だ。

 蔦に対して少しずれた位置に虚像を生み出すことで頑丈にする。


「よし、入るよ!」

「「「わかった!」」」


 アトラスの合図で、ヒメカ、キマリ、ギンヤ、ラミニ、ルミニ、ヨーロ、ケタルスの七人も続く。

 これが地底へと続く道。高いところから落下するように自然と重力に従い、地底までほぼまっすぐに進む。時々道がうねったりなどはあるが、ひたすらに下へ落ちる。


「おおっ! 何か地面みたいのが見えてきたぞ!」


 そう呟いたのはギンヤ。普段のように怯えることもなく、興奮に胸を踊らせていた。ギンヤのイメージからは想像も出来ないような獰猛な目つき。

 落下の勢いに身を任せながら一行は目的地──地底世界へ辿り着いた。


「よっと!」


 崖に足を付けて、上手いこと落下を抑えるアトラス。地底出身の子供たち上手に着地してみせる。しかし地上から初めて来た場合、簡単ではない。


「いたた……!」

「……痛い」


 ヒメカは尻もちをついてしまい、キマリは脚をそのまま着地させてしまった。しかし周りを見渡してもギンヤの姿はない。


「……ギンヤ、ずるい」


 ギンヤだけは着地すらせず、空中を浮遊している。しかも同じ位置に留まるという通常できないような動きを。


「いや、だって……ほら。俺の祖先はトンボだから」

「チッ!」


 手を上へ伸ばし、ジャンプするキマリ。

 ギンヤの脚でも掴む気なのか。若干上へ飛ぶギンヤ。


「……下りて。ずるい」

「はぁ、分かったよ」


 キマリから距離を離して着地するギンヤ。


「よし、それじゃあ案内するね! お兄ちゃんたち」


 ラミニは言外にマルスが近くにいないと言っているようだ。


「え? 父さんは村のところにいるんじゃないの?」

「それがね……うーん、やっぱりマルスさんから直接聞いて!」


 そうして、アトラスの手を引っ張って、ラミニは地底世界を走り出す。



 ***



「くっ……! やはり数が多いっ!! 炎を纏え、アグニール!!」


 マルスは敵に囲まれた状況に焦りながら敵を薙ぎ払う。

 マルスは村一番の戦士。焦っているとはいえ、敵に一撃一撃を確実に与えていく。熱を纏う甲殻武装の能力チカラで、刃が触れたところから次々と相手を焼き斬る。


「なんでこんなにも数が多いんだ!? あの村にそこまでの人数はいなかったはずだ!」

「なぁマルス。お前の息子はどこにいるんだ」


 剣を上段に構えて背中を合わせる。マルスに声をかけた者の名はエルファス。マルスと旧知の仲であり歴戦を戦い抜いた戦友だ。


「あいつなら年齢的にだろう。連れ戻すことはできないのか?」

「とっくに伝言を預けてあるさ!」


 マルスはアトラスの顔を思い浮かべる。


「そうか。戻って来るならもうすぐってところか!」

「もう少しすればアトラスも戻ってくると思う!」

「マルスお前、何か隠してないか?」


 マルスの口元がきゅっと歪む。


「──っ!? こいつら数が多い。マルス、必ず後で話してくれよ」

「わかった」


 そう言うと、二人はより速く、より正確に敵を一人一人屠っていく。

 マルスたちが立ち向かう敵。

 殻人族に似て非なる存在もの。殻人族のように人の姿をしているが、身体はで腕は二対四本。

 彼らは地底の民と友好を結んでいたが、ある日突然戦争を起こした。


 ──だからこそ、地底の民は彼らを殻魔族と呼んだ。

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