殻魔族(前編)

 アトラスたちが試験を先んじて受けるため、数日の間だけ地上で時を過ごす。

 試験の内容は比較的簡単なもので、一問一答式の殻人族社会についての問題。試験を受けてから、地底へ向かう準備を始めたアトラスたちはというと──


「はい、アトラス君。それでは行きましょう!」


 準備を兼ねて、日常を楽しんでいた。そして今は、モーラと出掛けている。大樹が茂る街中を進み、そこには青空が広がっている。モーラは街を軽やかなステップで走り抜けて、後ろを歩くアトラスに振り向く。


「今日は、一緒に出掛けてくれてありがとう! アトラス君!」

「うん、まあ……そうだね」


 アトラスはモーラの横へ並ぶと、歩きながら葉の隙間から射し込む太陽を見上げた。



 ***



「ぐぬぬ……!」

「くっ」


 アトラスとモーラの姿を遠くから監視する殻人族が二人。言うまでもなく、ヒメカとキマリである。


「あの二人、一体なにを」


 ヒメカとキマリの視線が向かうところ──アトラスとモーラは丁度、どこかの店へ入っていった。看板を見れば、そこは飲食店だとわかる。


「ヒメカ、潜入しよう」

「ええ、そうね……!」


 そして潜入組ヒメカとキマリは、店の扉を押した。

 既に二人は向かい合いの席に座り、それぞれ黒色の強い腐葉土と花の蜜をふんだんに使ったパンケーキを口へ運んでいる。


「あ、美味し!」

「うん……ここの腐葉土もコクが深い!」


 お互いに食べているものは違えど、それぞれとても美味しそうに食べている。モーラとアトラスの目が合うと、モーラは微笑んだ。


「なに、これ……私たちは一体、なにを見せられているのかしら?」

「ん、私もわからない……」


 遠くの席に座り、適当に飲み物を注文する。そして飲みながら、彼らの一部始終を盗み見た。


「あっ、とても美味しいわ……これ!」

「なぜ、私たちはこんなことを……くっ」


 ヒメカもキマリも、今している行動について虚しさを覚える。それから砂糖じゅえきを吐くように、怨嗟の声を吐き捨てた。



 ***



『ぐぬぬ……』


 やがて皆の準備がおわり、地底へ向かうアトラス、ギンヤ、ヒメカ、キマリが集まった。そのうちの二人は、どこか不満そうだ。

 ヒメカとキマリの心の内を露も知らないアトラスは、地底の子供たちと会話に花を咲かせていた。


「だ、だけど、アトラス! どうやって地底に行くのよ!!」


 ヒメカはアトラスに尋ねる。『だけど』の部分に意味の繋がりはなく、無理やり会話に割って入った形だ。


「それは──」


 実際のところ、アトラスも地上へ来るときは地面の中を服装が汚れることを覚悟の上で、上へ上へと進んでいた。だから地底世界に向かうには、服装が汚れてしまうことを覚悟しなければならない。

 アトラスは少し申し訳なさそうにして、そのことを伝えた。


「ええっ!? 服装が汚れるの!? って、アトラス、貴方まさか! のはそういう理由だったのね!!」


 ヒメカは妙に納得してしまった。

 女風呂で遭遇したことについて『地底だとそういう風習がなかった』ということも、今になっては想像するのも容易い。アトラスは服装が汚れていたため、綺麗にする必要があったのだ。

 あのときの自分自身を思い出して、の意味で恥ずかしく思うヒメカは首をぶんぶんと横へ振って、直ちに話題を転換しようとした。しかし、アトラスは話を続ける。


「だから、汚れてもいい服装だと助かるよ」


 アトラスはそのように説明して、ちびっ子たちのほうを見た。四人は楽しそうに大樹の校舎の中を走り回って、メイスターに窘められている。

 そして服装は──特に、汚れてはいなかった。


「えっ……?」


 アトラスは疑問に思い、四人にそっと近づいて尋ねると、アトラスの思いも寄らぬ答えが返ってきた。


「ええとね、アトラスお兄ちゃんの通って来た道を追いかけたの!」

「そうそう! だからあんまり汚れなかったんだー!!」


 ラミニとケタルスが順番に答える。特にケタルスは身につけている衣服の裾を引っ張って汚れていないことを見せびらかしていた。


「なるほど! それじゃあ四人とも、その出口は塞がっていなかったの?」


 アトラスが再び質問をすると、四人は口々に話し出す。


「少し塞がってたか?」

「そうだね! 狭かったー!」

「狭いし少しボロボロ土が落ちてきてた?」

「うん、少し出てくるのは大変だったよね!」


 四人の会話を聞いて、アトラスは大体の想像がついたのか、うんうんと頷いてどうするべきかを考える。

 やがて考えが捻り出されたようで、アトラスの目が輝き出した。


「そうだ! なんとかなるかも!!」


 アトラスには二つ程、思いついた案がある。

 一つは以前、家を建てた時から気がついていたことで、この一帯の土はねばりけが少ない。だから水分で固まってくれるとアトラスは考えた。

 しかし肝心なことに、水を扱う殻人族はアトラスの知る限りいないのが現状。そのためこの方法は使うことができない。

 続いて二つ目──これは、ヒメカとギンヤの甲殻武装の能力に頼ることとなるが、ヒメカの持つ【ローザスヴァイン】の蔦を伸ばす能力と、ギンヤの持つ【ベクトシルヴァ】の虚像を生み出す能力で土を固めてしまうというものだった。


 二つ目の案を言い換えるならば、髭根の植物が根を張り巡らせることに良く似ている。髭根の植物を引っこ抜くときは土が盛り上がり、少しばかりの土が固まった状態で取れてしまう。

 因みに、地底では植物の葉を見ることはあれど、生い茂る植物を見たことはない。だから髭根の植物というのは、地上にやって来たアトラスを驚かせたものの一つだったりする。


 そしてアトラスはヒメカとギンヤ、キマリに自分の立案した移動手段を伝えた。すると三人とも目を丸くして頷く。


「なるほどね、わかったわ!」

「おう! アトラス、任せとけ! っても、髭根の植物なんてあんまり気にしなかったな……! さすがは地底出身の世間知らずさんだな」


 二人とも快諾しているが、ギンヤは褒めているのか、貶しているのかわからない。でも、地底について『笑えない冗談』ではないことは十分に伝わっているようだ。

 そしてこれから、アトラスたちはちびっ子たちを連れてアトラスの故郷──地底世界へと向かう。


「いざ、地底世界へ!」

『おおーーーっ!!』


 地底へ向かう全員が片腕を天に突き上げて、めいいっぱいに気合いを入れると、アトラスたちは出入口となっていた『穴』へと歩き出した。

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