胎動する悪意(前編)

「おいアトラス、大丈夫か? 話を続けるぞ?」

「あ、うん。一応大丈夫」

「あいつを戦いから遠ざけさせていた。しかし、ある日を境にあいつは──姿を消した」


 それがマルスの口から語られるすべてだった。


「父さん。その話が本当なら俺も話さないといけないことがあるよ」


 アトラスは遂に勇気を振り絞って、口を開く。


「父さん。俺は一度、サタンに会ったよ」

「それは本当か?」

「うん、戦った。魔蟲さいやくを復活させてたんだ」

「ッ!? 魔蟲を復活……だと!?」


 それを聞いてマルスは最初こそ無表情だったが、それもすぐに悲しそうな表情へと変わる。自分の子供が危険な行為をしているなどと、マルスは知らなかった。


「アトラス、あいつは……サタンは何か言っていたか?」

「え、ええと。反吐が出る、と俺に言われたくらいだったよ」

「そうか。あいつは昔から少し考えがひねくれているところがあってな。俺からしても不気味だったんだ」


 薄らと感じていた違和感を吐き出す。


「それが災厄を復活させるに至るなんて。あいつの行いは見過ごせない!」


 悲しさと怒りと自責の念がぐちゃぐちゃに溶け込んだ表情。

 辛い、痛い、苦しいと目で訴える。マルスはそっと涙を流していた。



 ***



「ヘラクス。今の君は殻魔族の一人なんだ。早く同類みんなのところへ合流しよう」

「いいだろう。その同類なかまは一体、どこにいるんだ?」


 そう言う通り、辺りを見回しても近くには亡骸があるだけで彼ら──殻魔族たちの気配は存在しない。


「まあまあ、とにかくついてきてくれよ」


 サタンはヘラクスを連れて殻魔族の拠点へ向かう。

 地底に広がる中でも特に最端にある村。かつてはその村と殻人族の村で交流が盛んであった。しかしその信頼関係は崩れ去り、殻魔族は水面下で殻人族を滅ぼす準備を整えてきたのだ。

 そして事態は既に、動き始めている。


「だ、誰だっ! お前たちは、ゼアカ様っ!? それとこちらのは一体?」


 ゼアカ──恐らくは、ヘラクスが寄生している身体の持ち主のことだろう。ゼアカは元々かなり高い地位にいたのだろう、その事実に至ったサタンは厭らしく笑みを浮かべて、


「やあ、俺はサタン! よろしく! はははははははは!!」


 笑い声とともに名乗りをあげた。


「サタンといったな? ここに殻人族がいるということは殻人族でありながら、我らにつくつもりなのか?」


 村の門番はそう尋ねた。


「そりゃあもちろん! 俺は特に地底の民が邪魔なんだ。だから……潰す」


 輝かしい程の不気味な笑顔でサタンは言う。

 それからサタンはふっと軽く息を吐くと、脳内を整理する。


(これは……好都合だ。ははっ……もう少しで


 サタンの思惑とは裏腹に話の内容は飛躍して、殻魔族たちは嬉々としてそれを受け入れた。

 なぜならそれは──


「丁度、殻人族たちに紛れてもらう者が必要だったんだ。だから助かるよ……サタン」


 如何にも友好関係が存在していたかのように、彼らはサタンに告げる。


「それじゃあ早速、殻人族の集落に潜んでくれ」

「ああ! わかったよ!」


 サタンはその場を去ろうとして、すれ違いざまにゼアカ──否、ヘラクスへささやいた。


「ヘラクス。僕は今言われたように一人で行動するから、あとはよろしくね?」


 そしてヘラクスの返答は、


「……わかった」


 そしてサタンがこの場から姿を消すと、殻魔族たちは陰でヒソヒソと相談を始めた。そんな中、ヘラクスはあえて口を開く。


「皆、分かっているな? サタンが何を企んでいるかわからない。常にその言動を疑っていろ」

『分かりました』


 ヘラクスも殻魔族と仲間であるかのように、偽物の笑みを貼り付けていた。



 ***



 まず、地底世界においての集落は村同士、通路で繋がっている。地底なので、通路は上り下りがあったとしても真上から見ればほぼ一直線だ。

 彼は今、この通路をひたすらに進んでいた。真っ暗な道を進んでは坂を上り、坂を下り、そしてまた上る。

 歩いている道の端には、殻人族たちの戦いの痕跡があり、死骸やら、甲殻武装の破片などが散乱する。


「はははははは!! 今のところは思い通りに進んでいるな」


 不気味に笑うその殻人族の名はサタン。だらだらゆっくりとその道を歩き、ただでさえ不気味な笑顔がよりいっそう醜悪なものとなる。

 自らの欲望を実現するためにはチカラが必要だった。故にサタンは『魔蟲』を復活させている。


「ま、それももう終わりかな」


 サタンには確信があった。


「……着々と近づいている。力を奪うまでの道のりは近い!」


 サタンはひとり大袈裟に嗤う。笑い止むとサタンは既に真剣な表情だ。


「なんとしても、信用を勝ち取らないといけない。それから邪魔者には消えてもらわないとね」


 そしてサタンは地面を蹴って地中を進む。


「さて、始めようか……!」


 サタンは意味深にも、そう言って集落へ足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る