胎動する悪意(前編)

「おいアトラス、大丈夫か? 話を続けるぞ?」

「あ、うん。一応大丈夫」

「それじゃあ続けるぞ? あいつは、面倒もしっかりと見ていたんだ。戦いから遠ざけさせていたんだ。だが、ある日を境にあいつは──サタンは、姿を消した……!」


 それがマルスの口から語られるすべてだった。


「父さん、その話が本当なら俺も話さないといけないことがあるよ……!」


 アトラスは遂に勇気を振り絞って、口を開く。


「父さん、俺は一度……サタンに会ってるんだ!」

「それは本当か……?」

「うん、それに、魔蟲さいやくを復活させてたんだよ。方法も理由も、まったく分からないけど」

「っ!? 魔蟲を復活……だと!?」


 それを聞いてマルスは最初こそ無表情だったが、それもすぐに悲しそうな表情へと変わる。

 自分の子供が、まさかそれほど危険な行為をしているなど知らなかったために、マルスの驚きようはアトラスの比ではない。


「アトラス、あいつは……サタンは何か言っていたか?」

「え、ええと……反吐が出る、と俺に言われたくらいだったよ」

「そうか。あいつは昔から少し考えがひねくれているところがあってな。むしろ、どこか遠くを見据えているようにも見えたよ。俺からしても不気味だったんだ。でも、それが災厄を復活させるに至るなんて……! もう、あいつの行いは見過ごせねぇ!!」


 マルスは悲しさと怒りと自責の念を織り交ぜた、複雑な表情でアトラスを見て、


「アトラス、お前だけでも正しい心を持ってくれて俺は、本当に救われてるよ……!」


 そっと涙を流していた。




「あはははははははははは!! ヘラクス! 今の君は殻魔族の一人なんだ。だから同類なかまのところへ合流しようよ!」

「いいだろう。しかし、その同類なかまは一体、どこにいるんだ?」


 そう言う通り、辺りを見回しても近くには亡骸があるだけで彼ら──殻魔族たちの気配は存在しない。


「まあまあ、これから連れていくから……ついてきてよ!」


 サタンはヘラクスを連れて、殻魔族の拠点──地底の村の中でも、最端にある村へ進む。かつてはその村と殻人族の村で交流が盛んであった。しかしその信頼関係は崩れ去り、殻魔族は水面下で殻人族を襲う準備を整えてきたのだ。

 そして事態は既に、動き始めている。


「だ、誰だっ! お前たちは……っ、ゼアカ様っ!? それと、こちらのは……一体?」


 ゼアカ──恐らくは、ヘラクスが寄生している身体の持ち主のことだろう。ゼアカは元々かなり高い地位にいたのだろう、その事実に至ったサタンは厭らしく笑みを浮かべて、


「やあ、俺はサタン! よろしく! はははははははは!!」


 笑い声とともに名乗りをあげた。

 サタンと殻魔族たちが邂逅を迎えた瞬間、事態はよりいっそう大きなものとなったことは、誰にとっても知る由のないことだった。


「サタン、か……。ここに殻人族がいるということは殻人族でありながら、こちらにつくつもりなのか?」


 村の門番はそう尋ねた。


「そりゃあもちろん! 俺は殻人族……特に地底の民が邪魔なんだ。だから……潰す」


 輝かしい程の不気味な笑顔でサタンは言う。

 それからサタンはふっと軽く息を吐くと、脳内を整理する。


(これは……好都合だ。ははっ……もう少しで


 サタンの思惑とは裏腹に話の内容は飛躍して、殻魔族たちは嬉々としてそれを受け入れた。

 なぜならそれは──


「丁度、殻人族たちに紛れてもらう者が必要だったんだ。だから助かるよ……サタン」


 如何にも友好関係が存在していたかのように、彼らはサタンに告げる。


「それじゃあ早速、だけど……殻人族の集落に潜んでくれ」

「ああ! わかったよ!」


 サタンはその場を去ろうとして、すれ違いざまにゼアカ──否、ヘラクスへささやいた。


「ヘラクス……僕は今言われたように一人で行動するから、あとはよろしくね?」


 そしてヘラクスの返答は、


「……わかった」


 そしてサタンがこの場から姿を消すと、殻魔族たちは陰でヒソヒソと相談を始めた。そんな中、ヘラクスはあえて口を開く。


「皆、分かっているな? あいつ……サタンといったか、あいつが何を企んでいるのかわからない。常にその言動を疑っていろ」

『分かりました』


 ヘラクスも殻魔族と仲間であるかのように、偽物の笑みを貼り付けていた。



 ***



 まず、地底世界においての集落は村同士、通路で繋がっている。地底なので、通路は上り下りがあったとしても真上から見ればほぼ一直線だ。

 彼は今、この通路をひたすらに進んでいた。真っ暗な道を進んでは坂を上り、坂を下り、そしてまた上る。

 歩いている道の端には、殻人族たちの戦いの痕跡があり、死骸やら、甲殻武装の破片などが散乱する。


「はははははは!! 今のところは思い通りに進んでる……! この調子この調子……」


 不気味に笑うその殻人族の名は、サタン。だらだら、ゆっくりとその道を歩き、ただでさえ不気味なその笑顔がよりいっそう醜悪なものへと変化する。

 自らの欲望を実現するためには、チカラが必要だった。そのためにサタンは『魔蟲』と呼ばれた災厄を復活させてきた。

 だが、それももうすぐ終わるだろうとサタンは確信を持って言える。なぜなら一見バラバラに見える行動であっても、欲しているチカラまでの距離はあと少しだからだ。


(もう少しで手に入るんだ……! あのチカラがっ!)


 一旦笑い止むと、サタンは至って真剣な表情になってふと呟いた。


「そのためにはなんとしても、信用を勝ち取らないと……! それから邪魔者には消えてもらわないとね」


 そしてサタンは地面を蹴って地底の中を進み、位置的にはアトラスたちのいる集落から少し離れた集落へ到着する。


「さて、始めようか……!」


 サタンは意味深にも、そう言って集落へ足を踏み入れた。

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