胎動する悪意(後編)

「なあ、アトラス。実際、どっちなんだ?」

「は? え、えっと、どっち?」


 マルスの質問に、アトラスはどこか間の抜けた表情で聞き返す。


「俺の口から言わせる気か? まあいい、アトラス……お前はあの二人のどっちを好いているんだ?」

「っ!? なんで今その話を!?」


 確かに、それもその通りだった。サタンの暗躍や殻魔族との争いに今やそんな呑気な話をできる状況でもないだろう。


「それで、どうなんだ?」

「そ、それは」


 幸いなことに、マルスとアトラスの会話は二人の少女──ヒメカとキマリ、その二人まで届いていない。

 だから思う存分に話せる、というわけでもないが、アトラスはマルスに耳打ちをすることでそれについての答えを伝えた。


「ははっ、なるほどな! それなら俺からも挨拶しないといけねぇな?」

「お願いだからやめてくれる!?」


 アトラスが即答したのは、もはや当たり前の反応だった。

 よりにもよってマルスのほうからヒメカやキマリに接触してしまえば、マルスの性格上──アトラスの色々を暴露されて終わるだけなのは間違いない。


「えー? だってよ? ここは父親である俺から少しだけでも話を聞かないとな?」

「やめてよ!? 絶対にするなよ!?」

「……それは話してほしいフリか?」


 マルスはニヤリと笑いながら、アトラスのほうを横目で見た。マルスがわざわざ横目で見る──その心はいたずら心そのものだ。


「アトラス。いつかその心にも決着をつけなくちゃいけないんだぞ?」

「うっ、それはそうだけどさ」


 アトラスは少し火照った顔を俯かせて、マルスの問いに頷いた。


「よし! それなら俺が──」

「……っ!? 自分で決着をつけるからもうやめてよ!」


 アトラスの心の叫び。

 その叫びはどうしてか、この空間を震わせる。そしてヒメカたちのほうにもその叫びは届いてしまった。

 幸か不幸か、響き渡ったのはその叫びのみ。だからなのかアトラスのところにヒメカ、キマリ、そしてギンヤまでもが心配そうな表情でやってきたのである。


「ねえ、父さん」

「ん? なんだ?」

「この状況、どうしてくれるの?」


 既にアトラスは涙目。固まった表情を無理に動かして愛想笑いを浮かべるのがやっとなくらいである。

 アトラスとて、自分の中にあるこの感情が異性に対する好意なのか、分からなかった。もしかしたら依存してしまっているだけかもしれない、一度でもそう思ってしまったら自分の気持ちが本物なのか疑わしくなってしまう。


(俺は……本当は、どうなんだろう)


 それだけを考えたら夜になってしっかりと眠れるのか、アトラスは不安だった。




「父さん! 大変だったじゃんか! どうしてくれるんだよ!」

「ははっ、ごめんごめん、悪かったって!」


 あの後すぐに誤魔化したからいいものの、色々聞こえていればアトラスにとっては色々な意味で危ない状況だった。だから現在進行形で父親であるマルスをジト目で睨んでいる。


「まあ、それはそうと話を一番最初に戻そうか」

「父さん!?」

「こほん。アトラス、お前がさっき言ってくれたことの他に、サタンについて知っていることはあるか?」

「はあ、知っていること? うーん、サタンについて知っているのは『災厄』を復活させて回っていることぐらいだよ」


 一回ため息をつくと、アトラスは目を少しだけ伏せながら答える。アトラス自身、知っていることはそれだけであった。

 そのほかに手がかりになることといえば、それは『幻影魔蟲』コーカスがアトラスに遺した言葉。それが何か関係していそうだとアトラスは睨む。


「あ、でも……コーカスが言ってたんだ」

「ん? アトラス、コーカスが何だって?」


 マルスが聞き返すと、アトラスは少し間を置いて自分の考えを整理してから話し始めた。


「ええと、コーカスは消える前に俺に『あいつと同じ力』とか、『自分に飲み込まれるな』って言ってたんだ。これが何か関係があるのかも」

「まてよ? あいつと同じ力……実際、お前とサタンは兄弟だから能力が似ていると言っているんだろうが、お前の能力がサタンのやってることに対して関係性があるとも思えん」


 マルスはアトラスの能力について、甲殻武装の形を変化させられるというものだと認識していたが、コーカスが言うにはアトラスとサタンの能力はよく似ているらしい。

 やがてマルスはもう一つの言葉について考え始めた。


「それと自分に飲み込まれるな、か。それは自分の力に溺れるなということか? コーカスの言葉の関係性から今の意味が一番可能性が高いと思うんだがな」

「俺もそう思ったんだけど、どこか意味合いが違うような気がして」

「どうしてそう思う?」

「ええと、直感……なんだよね」


 アトラスは自分の顎に指をあてて、しばらく理由を考えてみる。しかしいくら考えてもこれ以上わからない。


「そうか、直感か。なかなか馬鹿にできない話だな」


 経験則からなのだろうか、マルスはアトラスの直感にピンとアンテナを張る。


「ここで悩んで止まっても意味がない。アトラス、その他に知っていることはあるか?」

「……これ以上は、わからない」


 気づけばアトラスは俯きながらそう答えていた。



 ***



「ゼアカ様、今こそ殻人族に報復をする時です! 幸い、あのサタンとかいう不気味な殻人族もいなくなりました。だから今、このタイミングで一つとなって戦うべきだと考えます!」

「うるさいな、あいつは信用できる。それだけで十分だろうに」


 ゼアカ──否、中に宿っているのは過去の災厄である『日食魔蟲』ヘラクス。ヘラクスは手下である殻魔族たちをとても面倒臭そうに、顔を顰めながら答えた。


「待つだけというのはあまりしたくない。だからこちらも殻人族の集落に向けて進むとしよう……! めざせ集落っ、いくぞ必殺っ、始まるっ!」


 進軍するとすれば、サタンが進んでいった方角へ進むのが一番良いだろう。そうヘラクスは考えると、ふと手下の自分を見る表情が少しだけ変化したことに気がついた。


「……ゼアカ様ってそんな口調でしたっけ?」


 ──最もな反応だった。

 ゼアカであってゼアカではない。人称や口調が異なるのも当然のことだ。

 しかしヘラクスは全くおくびにも出さずに、平気そうな表情で淡々と答える。


「実は俺は感情が昂ると、少し口調が変化してしまうんだ。あまり気にしないでくれ」


 そうしてヘラクスは無表情ながらも口元を緩ませた。


「俺が求むのは真実っ、俺たちの本質……ッ! 現れろ、甲殻武装:オーラムエクリプス!!」


 そして現れたのは、毒々しい姿の甲殻武装──ではなく、金色に輝く巨大な矢。先端は錨のように反りがあって、弓そのものが矢にくっついているようだ。鏃のほうは刺突ができるほどに尖っている。


「なぁっ! そ、それは一体!?」

「ああ、言い忘れてたよ。俺は『日食魔蟲』ヘラクス。大昔、殻人族に災厄と呼ばれた元殻人族さ」


 ──その瞬間、全身を突き刺すような悪寒が空間を支配する。

 殻魔族が前を見ると、今のヘラクスは無表情などではなく、歪みきった醜悪な笑みを浮かべている。

 殻魔族かれらの感じた悪寒の正体は、ヘラクスへの畏怖だったのだ。

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