誓いの剣
『魔蟲が湧く』という言葉がある。これはかつて存在していたと言われる三体の『魔蟲』にならって生み出された言葉。
そしてその一角が『幻影魔蟲』コーカスだ。
その他にも『破壊魔蟲』ギレファル、『日食魔蟲』ヘラクスが存在していたと言う。
だからこそ、一つの矛盾が生じた。
──ヒメカの夢に現れた『幻影魔蟲コーカス』は何者なのか。
(あいつは俺をニセモノだって言ってたけど、ニセモノって何がニセモノなんだよ……! そもそも『魔蟲』は昔の存在のはずなのに、まるで実際に存在しているみたいじゃないか!)
そこでアトラスは一つの答えに達した。
(もしかして! あいつもニセモノなら、ニセモノのニセモノはホンモノなんじゃ)
そんなくだらない考えを頭の中から振り払って、アトラスはあの悪夢でコーカスが放った一撃について考えてみる。夢の中に現れたコーカスの一撃はまるで生きているかのように重く、死んでいるかのように〝空っぽ〟だった。
ヒメカのように、悪夢を見る者をアトラスは他に知らない。でも、同じ境遇に苦しむ者がいる可能性は否定できなかった。
「あいつは絶対、何か嫌なことを企んでる……! こんな殺される夢から生還できる人は恐らく少ないだろうし……」
──その点、悪夢に苦しみながらも正気を保てるのはコーカスにとって予想外といえよう。
しかし、今はヒメカが悪夢に耐えているという事実だけで十分だった。
***
できる限り睡眠をとり、朝日が射し込む頃に起床する。
「そろそろ支度をしようか」
「ぐすっ、分かったわ」
二人は朝食に腐葉土を食べた。そして制服に袖を通し、学校へ向かう──が、歩く脚は重たい。
「よお、アトラス。なんか眠そうだな、大丈夫か?」
学校へ向かう道中、アトラスはギンヤにばったり遭遇した。アトラスの眠たげな表情にいち早く気がついて心配の声をもらす。
「ふわぁ。おはよう、ギンヤ。ちょっと悪夢と戦っててね、眠れなかったんだ」
「悪夢と戦うってあんまし聞かないな? どうした、何かあったのか?」
ギンヤは少しだけ質問をする。どう答えようものかと、アトラスは言葉をつまらせた。
「……いいや、特にはないよ」
「その間はなんだ!?」
「ごめん、やっぱり少し眠くてさ」
アトラスは詳細をうち明けることなく、言葉を濁す。
「そうなのか。言いたくないなら俺も何も聞かねぇけど、何か辛いことでもあったら俺とかキマリを頼れよ! 友達なんだからさ!」
「ギンヤ、なんで……私の知らないところで、勝手に決めてるの? 罰。翅……食べてもいい?」
突然、ギンヤの背後からキマリの声がした。どうやらギンヤが勝手にキマリを頼れと言ってしまったことに不満なようである。
「良かねぇよ!? っていうか、いつからいたんだよお前!?」
「ギンヤがアトラスに挨拶したところから?」
「最初からじゃねぇか!」
ギンヤは突っ込むどころか叫ぶ勢いで言った。しかし両腕がプルプルと震えている。
果たしてこの震えはキマリに怯えているのか、興奮して力が入りすぎているのか、または両方なのか。
「まあ、アトラスが困ってるなら協力はする」
「……ありがとう。でも、今は自力でなんとかしてみるよ!」
アトラスは何かを決意した表情で、そう言った。
***
帰り道。
ヒメカは暗い表情で道を歩く。悪夢は毎回、死を体験させられるようで、途轍もない苦しみだ。
本当の死もこんなものなのかと、思わず考えてしまう。
「私は、仲間を裏切るようなことばかり。私ったらら、なにをやってるのかしら」
ヒメカはそう、独りごつ。
コーカスに殺される体験をしても、自分の心がすり減っても、弱みを隠すのは間違っていたのだろう。寧ろヒメカは周囲を頼るべきだった。
「はぁ」
つい、ため息をついてしまう。
(やっぱり申し訳ないわ。いくら私がアトラスをす、好いていても守ってもらうのは違うのかもしれない)
目に涙を溜めて目をぎゅっと瞑る。すると目尻から涙が溢れた。度重なる悪夢に相当心もすり減り、ヒメカの心はもうボロボロにだ。
──意地のような何かが、日に日に心を蝕んでいく。
***
しばらくの日が流れたある日。帰路についた頃、ヒメカの目の下に出来たクマを見て思わず尋ねた。
「ヒメカ。顔色が悪いし、本当に大丈夫?」
「いえ、なんでもないわ……。なんでもないのよ」
「まだ自分を殺すようなことをしてるの?」
「う、うるさいわね! 私は大丈夫よ! 大丈夫なの! 分かったら気にしないで!!」
「そう、なんだ……」
強く怒鳴ってしまったことに遅れて気がついた。
ハッとした頃には既に遅い。アトラスは表情に影が差したようにとぼとぼと道を歩いていった。
「本当に、何をやってるのかしら。私ったら本当に、自分勝手ッ!」
後悔は思いの外大きかったようで、アトラスと同じく、とぼとぼと道を歩いていった。
ヒメカが家に戻ると、既にアトラスの姿は無く、家の中は閑散としていた。アトラスが眠っていたはずの場所には紙に木炭で書き表された地図のようなものが置いてある。地図のある一点に印があった。
「……この場所に来て、ということかしら?」
ヒメカは地図を見て示す場所がどこなのか想像する。アトラスがいるであろう場所は、学校内のコロッセオ。かつて二人が決闘をした場所だった。
「急がなくちゃ……!」
ヒメカは走る。
必死に両手両脚を動かして、アトラスの待つコロッセオへ急ぐ。
そして、遂にたどり着いた。
「早かったね。ヒメカ」
「え、えぇ。それで、私に何の用かしら?」
「俺はヒメカに、決闘を申し込む!!」
それが、アトラスの見つけた答えだった。
「決闘……ですって?」
「そうだよ」
「なによ……! 私は辛いの!! 私を知った気にならないで。もう、本当に……本当に辛いのよ」
ヒメカのすり減った心が怒声となって現れる。
「いや、分かるよ。実際に俺はコーカスと戦って夢から追い出された! でも、君の弱さが見えないから、俺は──!!」
決闘を申し込む。
そのように続けて、アトラスは甲殻武装を引き抜いた。
「……わかったわ。決闘を受けてあげる。私が勝ったら、私のことは気にしないであげて。もう、大丈夫だから」
悲しそうに自分の望みを伝えると、ヒメカは自身の甲殻武装を手に握る。
「お願い……! 甲殻武装、ローザスヴァイン!!」
そして、アトラスとヒメカ。二度目の決闘が幕を開けた。
「っ、いくわよ」
茨を伸ばしてレイピアと平行に、アトラスの胴目掛けて突進する。
「頼んだ。甲殻武装、アトラスパーク。抜刀!!」
刀を斜めに斬り上げ、旋風を巻き起こす。そして無数の刺突を紙一重に受け流した。その勢いのままに一回転。
再び斬撃の動作へ移った。
「そんなもの!! させないわ……っ!」
茨を躱されても尚ヒメカは突き進み、まっすぐ蹴りを見舞う。胴にそのまま受け、アトラスは体勢を崩しながら後方へ吹き飛ばされる。辛うじて受身を取ることはできたが、背中がヒリつく。
──突き刺すような蹴りだった。
「俺も……負けられない理由があるんだ」
痛みに耐え、ヒメカの悲鳴を本当の意味で知るために立ち上がる。
ジリジリとした鈍い痛みが腹部を襲い、擦り傷が背中を蝕む。上体を起こす邪魔になり、立とうにしても力が入らない。
「くぅ……っ! っ!!」
口元に力を入れて唇を引き締める。アトラスは唇を噛むことで、自分の心に喝を入れた。
緑黄色の血が滲む。
「うぉぉぉぉぉお!!」
何とか踏ん張って腰を持ち上げる。刀を持ち直し、アトラスは叫ぶ。
「次の一撃で、俺は勝つよ」
「……あら、そう。なら私も次で決めるわ」
アトラスは刀を横に構え、姿勢を落とす。ヒメカはレイピアを垂直、上段に構えた。そして両者共に、走り出す。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
アトラスが横に一閃。横薙ぎの一撃を殺すようにヒメカは斬り結んだ。二人はお互いに背中を向けて、勝者の登場を待つ。
アトラスの甲殻武装の中央に
「っ! 痛っ……!! ふぐっ……!」
唇を噛んで痛みを必死に堪えている。
ヒメカの甲殻武装、ローザスヴァインに目を向けると亀裂が入り、そして砕け散っていた。
勝敗は間一髪、アトラスの勝利となったのである。
***
「……俺もそうだけど、皆を頼ってほしい。ギンヤやキマリもきっと、力になってくれるから!」
決闘の後、アトラスはヒメカに告げた。
ヒメカは突然にポトポトと、心の雨が地面を濡らす。ヒメカは涙を手でぬぐって、前を向く。今の顔は、嘘で塗り固められたものでも、強がりのものでもない。
アトラスたち、仲間を頼る。
突き離してしまったのは自分であり、今さら頼るというのも間違ってはいる。しかし周囲の力を借りなければ、悪夢を克服することはできない。
「ごめん、アトラス! 本当にごめんなさい!! 私が言えることではないけれど……アトラス、貴方の力を借りたいの! お願いします!!」
アトラスはその言葉を聞いてニッコリと微笑む。そしてアトラスは甲殻武装を引き抜いた。
「え? 待って、どうしたの……!?」
斬られるのか、と頭の中が大きく混乱する。アトラスはそんなこともお構いなしに、両手で持った甲殻武装を胸の前に引き寄せて、
「俺がニセモノだとしても、そんなことはどうでもいい。これからヒメカの護る力として一緒にコーカスの悪夢に向き合ってやる! これが俺の……誓いだっ!!」
そう言ってアトラスは楕円を描くようにアトラスパークを振りかざすことで己の誓いを示す。
「こ、これは……」
「だって、こうするんでしょ? 誓いを立てる時って」
「そ、それはそうだけど」
「良かった、それなら大丈夫だな! 間違ってたらどうしようかと思ったから」
誓いを立てた後になって、アトラスはこの誓いが間違っていなかったことに安心した表情を見せた。
「それとね、今のヒメカには誰かを頼る資格はあるんだよ?」
「そう、なの?」
「だって、自分には聞こえない悲鳴に気がついたんだから」
「っ!? アトラスは本当に優しいのね」
少し恥ずかしそうに頭を掻いてアトラスは、
「それはどうかな? 優しいのかどうかは、俺にも分からないや。だって……思いっきり私情だからさ」
と、言ったのである。
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