幻の敗北
「ヒメカ……大丈夫?」
「あ、アトラス。どうしてここに!」
「ヒメカが眠っている間とても苦しそうだったから、どうにかヒメカを守ろうとしたんだ。それで気がついたら俺はここにいたんだ」
「そうかお前、ニセモノのくせに〝ホンモノ〟だったか」
そう言ってコーカスは大剣を振り下ろす。
「後ろへ下がってて!! ぐ、ぁ……っ!」
咄嗟にコーカスの攻撃をアトラスは刀で受け止めた。お互いの膂力の違いから一撃の重みがアトラスの身体を襲う。身体は放物線を描いて吹き飛び、黒い炎がアトラスの身体を蝕んでいく。
「ぐっ、うぁっ……」
「どうだい? 僕の一撃の味は。重いだろう?」
「こんな、空っぽの一撃なんて、重くもなんとも、ない!」
「強がりを!」
アトラスは急速接近し、一度身を翻す。すれ違い際に横薙ぎの一閃をコーカスに見舞った。回転の勢いが一撃にプラスされる。
斬撃はコーカスの皮膚を少し切り裂いただけに終わり、黄緑の鮮血が滲む。しかし、出血もすぐに止まってしまった。
「刃のない剣なんて、ただの鈍器だよ。これじゃあ僕に勝てる可能性も零に等しい。〝ニセモノ〟にしては少しはやれると思ったのに、本当に残念だよ」
コーカスは無表情でアトラスに近づいてアトラスを遠くへ蹴り飛ばす。
「ぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
吹き飛ばされ、背中から黒い炎の中へ転げる。黒炎がアトラスを蝕んで、じりじりと皮膚を焦がす。内蔵も煮えたのだろうか、痛いはずの横腹や腕関節が鈍い。
「もうお前は終わりだよ。ニセモノ」
コーカスは己の甲殻武装をアトラスへ突きつけて言った。
「ぐっ……! コーカス、今度こそ絶対に倒してやる!! だから──」
「言われなくてもやってやるさ!」
コーカスは大剣をアトラスの胸に突き刺して、抉るようにそれを捻る。丁度一回転させて、引き抜くとアトラスの胸から鮮血が舞う。
アトラスの意識はそこで途絶えてしまった。
──そして、意識が現実に引き戻される。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!! はあ、はあ……あれ? 俺は生きているのか……? コーカスに受けた傷もないし、身体が焦げてもない」
荒い呼吸を繰り返してアトラスは落ち着きを取り戻そうとする。しかし一度殺される感覚を刻まれてしまうと、落ち着こうとするのは難しかった。
「はぁ、はぁ。ヒメカは、これを何度も体験してるのか。本当に、すごいな……!」
隣で苦しそうにうなされているヒメカの姿を見て、アトラスは呟く。ヒメカの辛い体験の一部を知ってしまったために、心の強さも知ってしまった。
普段、ヒメカは弱音を吐かずに前だけを向いている。いつもの高飛車な態度も、裏を返せば強がりなのかもしれないが、地獄に耐えているという事実がヒメカの心の強さを証明していた。
ただ一つ。どうしても疑問に残るのが、コーカスの存在についてだった。
夢の世界に現れたコーカスは伝承にあるコーカスとまるで同じだったのである。戦闘狂であり、強さを求め続ける一面はアトラスも一度は耳にしたことがあるくらいだ。
「それにしても、コーカス……あいつは一体なんなんだ?」
コーカスはアトラスのことを『ニセモノ』と称していた。
──同時に、『ホンモノ』とも。
それらの言葉が何を意味するのか、アトラスには知る由もなかった。
***
「ねえ、アトラス。悪夢の話は事実だけど、家を追い出されたことについては全くの嘘なの。嘘をついて、ごめんなさい」
涙を浮かべながら、震えた唇を必死に動かそうとする。でも、声が上手く出て来ない。
しばらく荒い呼吸を繰り返し、やっとの思いでヒメカはアトラスに謝罪した。
「嘘なのは正直、驚いた。でも悪夢にうなされてるのは事実なんでしょ?」
「えぇ……」
驚きつつも、真偽を確かめる。ヒメカは思わず頷いてしまった。
「夢の世界で戦ったコーカスってやつはとても強かった。強がりだけで耐えられるヒメカはやっぱり凄いよ。でも、それを一人で背負わなきゃならない理由にはならない」
「っ!? アトラス、貴方。もしかして──!?」
その言葉に夢で現れたアトラスと目の前にいるアトラスが
しかしそれでも尚、アトラスはヒメカを支えるような言葉を紡ぐ。
「うーん、そうだな……ヒメカは一度、思う存分泣くべきだと思う! 弱音も吐いて良い!」
「え?」
泣くと聞いてピンと来なかったのか、ヒメカは首を傾げた。目に溜めていた涙が粒となって目の下を滴り落ちる。
「泣いて、いいの? でも弱音は……吐かないわ」
「どうしてさ!」
「だって弱い私なんて、私じゃないもの。弱音なんて吐いたら、壊れちゃうから」
アトラスはそっと、ヒメカの肩を抱き締めた。
「ここで今、泣いて良いんだよ! お願いだから、自分を殺さないでくれ」
息も絶え絶えの状態でアトラスはヒメカに強く、言い放つ。
「うっ……ぐすっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
すると、ヒメカの心のダムが決壊する。
今まで押し潰されてきた感情の濁流が一斉に流れ出して、ヒメカの頬を濡らしていく。
アトラスはヒメカの頬を人差し指で拭い、背中をさする。この時ヒメカは子供のように泣きじゃくっていた。
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