亡霊に響く歌
「……ぅがぁっ」
「また壊れちゃったか。中々に良い相手だったけど、あいつのほうが〝ホンモノ〟っぽいかもしれないな」
誰かの夢の中。
黒い炎に包まれながら、『幻影魔蟲』コーカスは呟いた。辺りには廃れた『森』がある。緑の代わりに黒い炎が燃えていた。中ほどで伐り倒された大樹や枝もコーカスの残虐非道な行いを物語っている。
「僕の甲殻武装はすべてを滅ぼす剣だ。だからこそ強くなれた。それなのに……どうしてこれ以上強くなれない!」
コーカスはそう叫んだ。
コーカスが〝ホンモノ〟を探している理由──それは自分が強くなるためであった。
自分の糧となり得る存在を夢の中で殺すことでコーカスは己を強くしたのである。コーカスの甲殻武装、コラプサーソードは夢の中でのみその真価を発揮する。
コーカスの能力は、夢の崩壊。文字通り夢を崩壊させることができる。しかし夢が崩壊してしまった者は自分を見失ってしまい、廃人のようになってしまう。崩壊していった夢の記憶は刀身に蓄積されていき、やがてコーカスをも強くする。
コーカスはそのように考えて、今宵の悪夢へ思い馳せた。
***
「何かあれば俺がヒメカの夢の中に入るから、だから……安心して眠っていいよ。今度こそは負けないからさ!」
初邂逅のときはかなり怪しまれたアトラスだったが、今となっては違う。ヒメカは無言で頷くと、ヒメカは意識が途切れたかのように直ぐに深い眠りについた。
──そして、悪夢が訪れたことを証明するようにヒメカが身を捩りながら苦しみ始める。
「大丈夫か! お願いだ、ヒメカを護る力になってくれ。 来い、アトラスパーク!!」
刀はヒメカの胸に光を灯すように明滅を繰り返している。しばらくして、アトラスの意識もろともヒメカの意識の中へ吸い込まれてしまった。
「ここは、間違いない。あの時と同じ、夢の中だ。早くヒメカを探さないと!」
アトラスは黒い炎が森や平原を焦がす中を走り抜けて黒炎の続く先へと向かう。コーカスの足跡なのだろうか、黒炎が点々と進んだ形跡がある。この向かう先に『幻影魔蟲』コーカスがいることをアトラスは確信していた。
「それにコーカスにも、やられた分をやり返さないと気が済まないし」
黒い炎の中を潜り抜けると、一際大きい炎の海が目の前にはある。それは渦巻くように炎を揺らしていて、不気味だ。
「さあ、いこうか……! アトラスパーク!!」
アトラスの身体は黒い炎の中に消えていった。
***
焦げている身体を無理に力を入れて左手を伸ばす。ヒメカはコーカスの足首を掴んで離そうとしない。
「ねえ、もう諦めたらどうなの? 何をしても僕に敵うはずがないのに」
「私、は……諦めたりなんて、しないわ! 仲間を頼ってでも、この悪夢を終わらせてみせる!」
「そう? ならやってみなよ」
「お願い……力を貸して! ローザスヴァイン!」
コーカスは大剣を振り下ろす。咄嗟にヒメカは己の甲殻武装を引き抜いた。そしてヒメカはそれを一閃する。片手だけの、力の入っていない一撃。
「終わり?」
「っぐぁっ……痛ッ!」
ヒメカの甲殻武装は中ほどから折れて、力を失う。
「でもっ! まだ、もう一度!!」
甲殻武装は壊すたびに強くなる。このことをヒメカは信じていない。それでもアトラスの言葉を一度、信じてみることにした。
ヒメカは再度、横腹から甲殻武装を引き抜く。
「っ! まだ、抗える!」
身体は夢の中といえど、所々が焼け焦げ、爛れていた。ローザスヴァインの力は速さに重きが置かれているために、かなり分が悪い。
「まだやる気? 諦めて死を受け入れたほうが賢明だと思うけどね」
「私は、最後まで諦めない!」
アトラスがきっと助けに来てくれると思いながらも、自分の力で精一杯抗う。コーカスは幾度となく、ヒメカの甲殻武装を破壊する。折れた甲殻武装は十を優に超えていた。
「はあ、はあ、はあ……」
甲殻武装の折れる痛みと、焼けるような痛みに耐えながら再び甲殻武装を引き抜く。
「はあっ!」
コーカスの腹を突こうとすれば、すぐに受け流されてしまい、その隙に叩き折られてしまう。
斜めに斬り払うにしても、コーカスは大剣で受け止める。そして、力負けて逆に押し返されてしまう。
「痛っ……」
身も心もボロボロになって、とうとうヒメカは力尽きた。コーカスはトドメを指すために、甲殻武装を上から振り下ろす。
「ヒメカ、諦めるな!!」
「っ!?」
アトラスの声がヒメカの意識を復活させる。アトラスはコーカスの大剣を刀で受け止めた。激しく火花を散らし、鍔迫り合いが続く。
「……やっぱり現れたんだね。ホンモノ」
お互いにバックステップで距離をとった。
アトラスとコーカスは向き合って時間が止まったかのように動かない。
「いくぞ! コーカス!!」
「かかってきなよ……ホンモノ!! 今度こそ僕が殺してやる!」
──そして戦いの火蓋は今、切られた。
「ふっ!」
コーカスの横薙ぎに一閃。
コーカスの横薙ぎをアトラスは斜めに受け流すことで避ける。なるべく攻撃の勢いを正面で受けないよう、アトラスは戦い方を変えていた。
「うぐっ!」
しかし、コーカスの持つ大剣の重みを瞬間的に受け止めてしまい、アトラスの甲殻武装は折れてしまう。甲殻武装の破損する痛みに耐えながら、
「まだだ! もう一度……!」
アトラスはもう一度甲殻武装を引き抜いて、コーカス目掛けてそれを横凪ぎに振るった。
「そんなもの……ッ!」
コーカスは脚でアトラスの刀を蹴り飛ばして、間合いを生み出す。それから大剣を上から下へと振り下ろした。
アトラスは振り下ろしを後ろへ一歩下がることで回避する。しかし、蹴り飛ばされた刀は遠くのほうで地面に突き刺さっていた。
「まあ、久々に楽しかったよ。それじゃあまたね」
コーカスは少しだけ、残念そうな表情をして甲殻武装を振り下ろす。
「……っ、俺の盾になってくれ!」
アトラスの叫びに答えるかのように、それは明滅を繰り返してアトラスの目の前に盾の姿で現れた。
「っ!? 前に一度見たはずなのに、まさかここまで粘るなんて。面・白・い!!」
そうは言っても、コーカスのほうに分があるのは事実。徐々にその盾が凹みをつくるのも時間の問題だ。
アトラスは力強く目を瞑って下を向く。炎は静かに揺らめいていた。
──そしてカラクリに気づく。
アトラスは目を見開いて己の甲殻武装へと目を向けた。叫び声とともに甲殻武装を握る手を強める。
「はぁああああああああああああ!!」
アトラスは瞬時に盾だったものを銅鐸の形に変えた。コーカスも驚きで一瞬、動きが止まる。
「ヒメカの夢から、出ていけっ!!」
鐘を鳴らすと大きな音色が辺りに響く。夢から目を覚ますほどの音量ではなかったが、コーカスは突然頭を押さえ始めた。
「夢から覚めるには、大きな音が必要だ! だからこの音色で夢が終わってしまえばいい!! ヒメカ、何か歌える?」
「う、歌!? わ、分かったわ」
倒れ伏していたヒメカもボロボロの身体に鞭を打って立ち上がった。
そして、歌い始める。
「LaLaLa──LaLaLa──」
綺麗な歌声が黒炎を消火していく。火が消えるに伴ってヒメカの歌声が響き渡る。
歌声は透き通るように美しく、曲の間の静寂さえも、
ヒメカは歌い続け、アトラスは鐘を楽器のように音色を奏でていく。
「ぐっ! やはりお前はホンモノだったのか。それじゃあ次は
そのような捨て台詞を吐いて、コーカスは色褪せるように夢の中から姿を消した。
すると、黒い炎で燃えていた木々や草花が次々に彩りを取り戻して、ヒメカの夢が温かな世界に一変。
木の葉が風に流されて、花びらが空へ舞う。
「これが……ヒメカの夢?」
「うっ……そ、そうよ! 悪い!?」
アトラスの視線の先にはヒメカらしき人物と一人の殻人族の雄がつがいとなり、彼らの子供と戯れている様子があった。
「ふっ、い、いや……俺は別に良いと思うよ?」
「ぅうう……」
ヒメカは手で顔を覆って染まっているはずの顔を隠す。アトラスはその様子を面白そうにけらけらと笑った。
ヒメカの表情は今までの悪夢に怯えていた少女のそれではなかった。年相応の乙女のような、彩り豊かな表情をしていたのだ。
「ま。まあヒメカの夢はきっと楽しいものなんだろうね」
「えっ?」
アトラスの呟きに驚いた表情で振り向くが、それ以上に追及することはしなかった。
***
それから、ヒメカが悪夢に蝕まれることはなくなった。
最後の悪夢でコーカスが吐いた台詞はまるであの『幻影魔蟲』が現実に存在しているようでもある。
コーカスはかつて恐れられていた三体の『魔蟲』の一角だ。どこかで生きのびていても不思議ではないのかもしれない。
「ニセモノからホンモノ、か……。コーカスの言うホンモノとは一体、何なんだろう?」
アトラスはただ、そのように呟くことしか出来なかった。
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