無力なアトラス(後編)
アトラスが試練を達成したことをきっかけにして、他の生徒も次々に吹く風の流れを変える。そうすることでその隙間を縫うようにディラリスのもとへと到達した。
「おお……! これは驚いたね。まさかアトラス君に続いて多くの生徒がこの試練で何かを見つけている」
それでもディラリスのもとへ未だ到達できていない者もいる。その一人がキマリだった。
大きな鎌では木の葉を避けることが限界で、前に進むに至れない──そんな様子だ。
「っ!? くぅぅ……!」
キマリの鎌は刃を鋭く磨ぐ能力。しかし、鎌という巨大な武器だからこそ、斬撃を飛ばす際に大きな隙が生じる。
その姿を遠くから眺めていたアトラスはふと、いつもとは違うキマリの様子に気がついてしまった。
「キマリ……? どうして膝が震えてるんだ?」
何故だかキマリの膝は笑っている。それに加え、キマリの表情も強ばっていて何かに怯えているようにも見えた。
──そしてキマリは、警報を鳴らすかのように大声で告げる。
「っ!? 何かが……来る!」
耳をすませば、森の中を途轍もない速度で疾走するような、そんな音がする。そしてシャキンと鋭い刃を引き抜くような音が響いた。
「皆! 逃げて……っ!」
キマリがそう言った途端、斬撃がキマリの首目掛けて飛ぶ。
──しかし、キマリの首が飛ぶことはなかった。
「やれやれ、誰かな? こんな悪戯をしたのは……?」
ディラリスだ。ディラリスは鋏の甲殻武装を取り出して、斬撃を固定していた。
「さて、キマリ君……すぐに逃げたまえ。ここからは、支配人である僕の出番だからね」
ディラリスは声を張り上げて、鋏を陰の中へ向ける。
「さて、姿を現してくれるかな? もし、応じないと言うのならばこちらも相応の対応をさせてもらおう」
すると、木陰から一人の殻人族が姿を現した。よく見るとその殻人族は刀の甲殻武装を携えており、翅が透明で、緑のラインが入っている。
「拙者はミーゼン。偉大なる『破壊魔蟲』ギレファル様の
「なるほど。君たちがギレルユニオンという訳か。ならば、尚更放置はできないよ」
ディラリスは即座に、ミーゼンと名乗る殻人族がギレルユニオンの一員であることを理解して戦闘態勢をとった。
「その通りでござるよ。拙者の目的はギレファル様の依代を探すことのみ故、それ以外を相手にする暇はないのでござる」
「依代か。そんなことを僕がわざわざ許可するとでも思ったのかね?」
「まさか。それなら、ただ押し通るだけでござるよ。それに……強い者と戦うのは拙者の愉悦でござる。故に、押し通る!!」
「そうか。それなら僕もそれ相応の対応をとらせてもらうことにするよ」
ディラリスは手に鋏を握りその甲殻武装の名を叫ぶ。
「頼むよ。ロッキングシザース!!」
その鋏、ロッキングシザースは突然に光り始めて、ミーゼンの刀を
しかしミーゼンは、嗤っていた。
「甘いでござるよ……? 破ッ!!」
ミーゼンは固定されている刀から手を離して、何もない空間に掌打を入れる。
すると、その空間が砕け散るような音をたてて、刀が落下を始めた。
「おっと……」
その刀を反射的に掴んで握り直すミーゼン。その顔には、愉悦と同時に失望のようなものが浮かんでいる。
「何がおかしいんだね?」
「おかしいもなにも、がっかりでござるよ。実際に楽しいことに変わりはない。けれどもその鋏の能力はそれだけでござる……」
「そうか。僕の身体能力あってこその
ディラリスはため息をつく。
逆に身体能力がなければ早々に負けていたとも言えるが、ミーゼンはそれを理解していない。
「まあ、それが理解できないというのなら、君に勝ち目はないと、そう思ってくれたまえよ?」
そう言ってディラリスは鋏の刃を開いて前方へ差し向けた。
「そうでござるか。それならば、拙者も容赦はしないでござる」
ミーゼンは刀の甲殻武装の握る力をさらに強めると、刀身にあらゆる風が収束する。
そして刀が風を吸収しているのか、風が吹き返すことはない。
「ふっ、いくでござるよ……っ」
やがて刃は緑色に光り出し、吸収した風を放出し始めた。
それに伴い、ミーゼンの身体も風の鎧を纏って身体の表面が緑色に薄らと光る。
「破……ッ!!」
「っ!?」
ミーゼンは刀で
ミーゼンは何もない空間を斬った、そのはずなのにディラリスの左腕の手首から先が
──斬れるのではなく、水分を失っていたのだ。そのまま腕は崩壊を始め、ボロボロになっていく。
咄嗟にディラリスは腕の状態を固定するも、崩れかけの左手首に力が入るわけもなく、力が抜けたようにだらんと下がっている。
「一体、なにをしたんだ!?」
遠くから見ていたアトラスは今の状況を飲み込むことができず、ただただ困惑していた。
風を吸収したかと思いきや、ディラリスの手首を劣化させるという、アトラスにとっては謎に満ちた能力。
(ディラリス先生は大丈夫なのか? 腕が使えないのに、まだあんなに戦っている)
かといってこの戦闘に介入できるかと問われれば、難しいと言わざるを得ない。アトラスたちは外からこの戦いを見ていることしか出来なかった。
(いや、違う! ディラリス先生の言っていた最適解を選べば……!)
そう思い至る。覇気を瞳に込めて、アトラスは甲殻武装を引き抜いた。
「む、お主も戦うのでござるか? ならばすべて倒してから探すのでござる……」
辺り一面に突風を吹かして、ミーゼンは邪魔となる者をすべて凪ぎ飛ばす。それには生い茂る木々や、地面を固める土も含めて。土塊が吹き飛ぶと、よろめいているアトラス目掛けてそれは進む。
アトラスは態勢を崩し、地面に膝をついた。
そして、でこぼこになった地面を一歩一歩ミーゼンは踏みしめて、アトラスのもとへ迫る。
「せめてもの情け……一撃で終わらせるでござる」
「っ……!」
アトラスは思わず目を瞑った。
──劣化という想像のつかない最期が怖い。
──こんなところで死ぬのが怖い。
──二度とヒメカに会えないのがなにより怖い。
アトラスの心に恐怖心が宿る。今までの人との繋がりが途切れてしまうことをアトラスはとてつもなく恐れた。
「だ、駄目だ……!」
「っ!? う、動けない……ディラリス、先生……?」
突風を正面から受けて、満身創痍のディラリスがアトラスの身体を固定。アトラスが身体を捩ろうとも、身体は少しも動かせない。ディラリスの意図もわからず、今度こそアトラスは自らの死を覚悟する。
「破ッ!!」
そして遂に、ミーゼンは刀をアトラスの胸へ突き立てた。
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