無表情の裏

「っ!? 刺さらないでござるか……流石に困ったでござる」


 ミーゼンは刀を握る手の力をさらに強めるも、一向にアトラスを貫くことはできない。どういうわけか、アトラスの身体は鋼鉄を突き刺したときのように弾かれたのだ。

 しかし、それはアトラスの能力チカラではない。


「っ、ぐっ……!」


 ミーゼンの背後で何かが崩れ落ちる音がした。

 それは言わずもがな、ディラリスだ。息の整わない状況ながらも必死にアトラスの命を護ろうとしている。ディラリスの能力でアトラスのを固定していたのだ。


「刀が通らないと思いきや、それはお主の仕業でござったか……ならば! そちらを先に制するのみ!!」


 ディラリスも満身創痍の身体であるために攻撃を避けるのもかなり難しい状況だろう。半歩だけ下がると、ディラリスは呼吸を整える。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

「もはや限界のようでござるな。これで終わりでござる」


 ミーゼンは刀の切っ先を真横へ向けるように持ちかえた。そして刀を前へ突き出すことで風を放出する。

 そしてその風はミーゼンのもとへ流れていく。


「ディラリス! 逃げて!! そいつの能力は……気流操作だ!」


 突然、レギウスが戦場へ飛び出した。

 薙刀型の甲殻武装を用いて、殻人族にとって不快な音を発する。

 それから、甲高い悲鳴のような、不快な音が戦場を支配した。


「ぐっ! なんだこれは……! 頭が痛いでござる!!」

「お前の能力は気流操作。気流を操って風化させることができるんだろう? ディラリスの手が崩れ去ったのもそれが原因だ!」


 浸食、風化という言葉がある。空気の流れによってものは劣化していくのだ。

 能力の本質を見抜いたレギウスは、不快な音をより強くより反響させる。


「ぐっ……ぐぅうぅぅぅうぅぅう!!」


 それに伴って耳を押さえて苦しみ出すミーゼン。その隙を見計らってレギウスはアトラスとディラリスを担ぎ上げた。


「ひとまず逃げるよ! 二人とも!! 皆もうこの場所を離れてるからさ!」


 アトラスはなんとか首を回して仲間の姿を探すも、一人たりとも見当たらない。キマリも、皆も避難することはできたようだ。

 安心しきったアトラスの意識はより遠くなって、


「ぅ、うん、わかった。ごめん、レギウス」


 アトラスとは細々とした声でレギウスへ言葉を紡ぐ。レギウスは何よりも真剣な表情で、アトラスと戦ったときの柔らかさはどこにもなかった。


「俺にも意地があるからな、ディラリスを死なせるのは嫌なんだよ」


 ──レギウスはそう呟いて、森の中を疾走する。


「……すまないね。僕にも相手の能力がどんなものか想像がつかなかった。下手をすれば死んでいたよ。ありがとう、レギウス」


 ディラリスも暗闇に落ちゆく意識の中で、レギウスに礼を述べた。

 残されたミーゼンは、その場でぽつりと呟く。


「なるほど、のがよさそうでござるな」


 ──先ほどまで戦っていた場所に残っていたミーゼンは人差し指を顎に当て、レギウスのことを興味深そうに見つめていた。



 ***



「むぅ、アトラスは無茶ばっかり。心配させないで……!」


 先に避難した他の生徒たちのところへ合流すると、真っ先にキマリがアトラスに駆け寄った。キマリの表情は見るからに不安そうで、両手を胸の中央で握り合わせている。口調はいつもよりも、心なしか抑揚がついているようにも思える。

 ──それくらいキマリは焦っていた。

 レギウスに背負われていたアトラスは、地面に降ろされて、力なく膝をつく。やがてアトラスは立ち上がるとキマリに謝った。


「キマリ、ごめん」

「ううん、絶対に許さない。これは絶対……ヒメカに叱ってもらう。私も心配した……から」


 そう言ってキマリは背伸びをして、アトラスの頭を撫でようと手を伸ばす。


「むぅ……」


 キマリはアトラスよりも身長が低くて腕も棘が突き出しているので、なかなか手が届かない。キマリはかなり不満そうに頬を膨らませると、アトラスの肩を無理やり下へ押し込んで、下がった頭を優しく撫でた。


「キマリ……?」

「怪我人は動かない。じっとして」


 キマリはただただアトラスの頭を、髪の流れに沿って撫でる。それには思わずアトラスも目を閉じてしまう。


「ん……!」


 怪我や疲労が溜まっていたのだろう、アトラスは屈んだままの状態で眠りについてしまった。屈んだままなので、ぐらぐらと揺れて今にも倒れてしまいそうである。アトラスはこてん、と頭蓋をキマリへ預けた。


「もう、寝るなら横になればいいのに。アトラスは本当に馬鹿」


 キマリはぼそりと呟いて地べたに腰を下ろす。そしてアトラスの頭をそっと自分の膝へ乗せる。


 ──そして暫くの時間が経過して、


「んぅ」

「……起きた?」


 アトラスが目を覚ますと、自分の真正面にキマリの顔があった。思わずアトラスは起き上がろうとするも、身体が思うように言うことを聞いてくれない。

 そのままアトラスの頭は元あった場所へ。


「っ!?」


 ふにっとした柔らかな感触と、とても近くに見えるキマリの表情。赤い太陽の光がキマリの悔しそうな表情をより哀しく映し出していた。


「え、ええと……あれ?」

「いいから寝てて。お願いだから」


 アトラスはキマリに言われるがままにもう一度、眠り始める。キマリはそっとアトラスの瞼の上に右手を乗せて、


「とても心配したから、その責任はとって……」


 誰に言うこともなく、そう独りごちた。



 ***



 ──そしてディラリスはというと、


「レギウス……『タランの森』は何と言っていた?」

「ええと、父さんは『いいよ』だってさ。手伝ってくれるって!」


 レギウスに頼んで、『タランの森』の助力を要請していた。ディラリス自身も片手が使えない状況にある。その上、他の協力がなければギレルユニオンは倒すことができないと考えた。


「そうか。ありがとう、レギウス……」

「うーん、それじゃあ、今度お礼にご馳走を所望するね!」


 レギウスも両手を頭の後ろで組ませてニヤリと笑う。


「ははは……そうか。今度僕が何か奢ろう」


 ディラリスも力なく微笑んで、レギウスの強請ねだりを快諾した。

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