第三章

氷の記憶(前編)

 一方その頃。『タランの森』へ向かった者たち──ヒメカやギンヤを含めて、無事に『タランの森』に到着していた。

 一行はタランの巫女をはじめ、その森の住民から歓待を受けている。


「皆さんのはるばるのご到着、お待ちしておりました。今夜はどうぞこの宴の席で、ごゆるりとしてくださいね」


 壇上でそう締めくくると、白い翅を持つ少女は袖の緩いころもを身に纏い、両手で大きな器を持つ。一歩、二歩と、丁寧な足取りで生徒たちのほうを廻る。

 生徒たちもお椀を差し出して、器の中に入っているお酒を注いでもらう。

 全員にお酒が行き渡ると、少女は再び壇上に登った。


「それでは、乾杯!!」

『乾杯!』


 生徒たちもお椀の中の酒を啜り、嚥下する。

 顔を少し顰める者もいなくはないが、ほとんどの生徒が一緒に出されている食事──殻人族によってメニューの違うご飯を食べて、雰囲気に酔っていた。

 ヒメカはお酒を口に含んでそれを飲み込み、腐葉土を葉に乗せて上品に食べている。


 ──しかし、ギンヤはというと。


「うえぇ……気持ち悪い」


 完全にダウンしていた。

 身体の表面を冷たい汗が伝って、目に活力がない。情けないことに、ギンヤはべろんと舌を口の外へ出して食卓の上に伏していた。


「ギンヤ。貴方……情けないわよ?」

「う、うるせぇ。俺はこれ、絶対に飲めねぇと思うぞ。一瞬、死んだばあちゃんの顔が見えた、から……吐きそう」


 三途の川を渡りかけたギンヤは現実に引き戻されて、そのまま吐き気を催したらしい。隣にいたヒメカは急いで他の場所へ連れて行こうとした。


「えっ!? ちょっ、ちょっと待って!? 早く別の場所へ」

「もう、無理……うっ!」


 ──オボロロロロロロロロロロロロロ!!


 しかし、別の場所へ行こうとして立ち上がった瞬間、机の上には吐くまいと横を向いてギンヤは体内のものを吐き出した。


「えっ!? きゃっ!? く、臭……。う、ううぅぅうぅ……」


 ギンヤの口から飛び出した汚物は見事にヒメカの膝を汚し、ギンヤとヒメカは共に涙目だ。ギンヤは咄嗟に手で口を押さえていたため、ギンヤの手は汚物で汚れて悪臭を放っている。


「ええと……どうすれば?」


 ギンヤは涙と嘔吐物で汚れたまま、状況を確認しにきた『タランの森』の学校長に訪ねた。


「ふむ、そうだな……。とりあえず片付けておくから、身体を洗い流してきなさい」

「は、はい……」


 ギンヤはゆらゆらと立ち上がって、白い翅の少女に案内されるままに浴場へと向かった。


「えぇ……? 私は、どうしたらいいのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 残されたヒメカは涙目のまま、大きな悲鳴を上げたのは言うまでもないだろう。


「うぇぇ……」


 顔色の悪いまま、ギンヤは風呂へと案内され、男湯の暖簾を潜ろうと、


「着替えは今、ここで渡しておきますので、お風呂から上がったらこれを着て下さいね」

「あ……はい」


 替えの服を渡すと、白い翅の少女はその場を去っていく。

 ギンヤは汚れていないほうの手で服を受け取ると、その後ろ姿を見て、


「白い翅……? あれ? どこかで──」


 ギンヤの脳裏に少女の後ろ姿が、何時いつしか見た少女の背中と重なった。


「まあ、気のせいだろ。とりあえず、身体を流すか……」


 そしてギンヤは汚れを洗い落とし、湯船に浸かった。


「ふぅ……疲れが取れるな」


 今の時間は皆、宴を楽しんでいるので風呂場にいるのは、ギンヤ一人だけだ。

 ギンヤは浴槽の角に頭を預けてくつろぐ。


「誰もいない風呂というのも、なかなか新鮮だよなぁ……」


 ギンヤはそう、独りごつ。

 そしてギンヤは風呂に浸かりながら、昔に見たを思い出した。



 ***



「ほーら! 早く行かないと遅れちゃうよー?」


 ギンヤが幼かった頃、ギンヤには腐れ縁の少女がいた。

 少女は白い翅を持っていてギンヤよりも年上だが、そんな年の差なんて気にせず、ギンヤと接してくれている。


「今日は甲殻武装の使い方をアラガールさんに教えてもらうんでしょ! ほら、一緒に行くよ!」

「えー、俺にはまだ早い気がするけどー?」

「しょうがないじゃない! 折角の機会なんだし、一緒に教わろうよ!」


 この会話から分かるように、少女の性格は天真爛漫。幼いギンヤにとってはいつも振り回されてばかりだった。アラガールさんは気前が良いことで有名。

 ギンヤは少女に振り回されながらも、アラガールさんから甲殻武装について教わることとなった。


「おう、良く来たな! よし早速始めるぞ」


 アラガールは腰に手を当てて、説明を始めた。


「まず、脚跡の鎧クラストアーマーを前へ伸ばすことをイメージしろ!」

『わ、わかりました!』


 ギンヤも、少女も揃って目を閉じる。

 そして脚跡の鎧クラストアーマーを前へ伸ばすようにイメージして、


「ん……! んぅ……!」

「っ……!?」


 ギンヤと少女は苦悶の表情を浮かべた。

 脚跡の鎧クラストアーマーが伸びるというイメージがわからず、苦しんでいるのだ。


「ん? ああ、イメージがわからないのか。それなら俺が手本を見せよう」

『ありがとうございます……!』


 そう言って、アラガールは目を瞑る。

 横腹の脚跡の鎧クラストアーマーを前へ伸ばすように、イメージをする。すると、アラガールの横腹が伸長して、赤銅しゃくどう色の蛇腹剣が姿を現す。


「つまり、こうやるんだ」


 アラガールの手本を真似て、二人も再挑戦。

 今のアラガールの手本で、おおまかなイメージがついたようで少しずつではあるが、脚跡の鎧クラストアーマーが伸長する。


「よし! できたぁぁぁぁぁっ!!」


 ギンヤが取り出したのは、銀色に輝く槍。

 刃の部分は鏡になっていて、ギンヤの顔を映す。


「あー! ずるい! 私よりも早いなんてー!!」


 少女は駄々をこねた子供のような口調でぶうたれる。それには流石のギンヤもため息をつかずにはいられなかった。


「なあ、カレン……俺よりも年上なのになんか、ガキみたいだぞ!」

「違うもーん! 私はギンヤのお姉ちゃんなんですぅー!!」


 ギンヤは再び大きなため息をついてこめかみを押さえる。それは鬱陶しいからなのか、それとも腐れ縁の醜態が恥ずかしいからなのか。

 とにかく疲れた表情をしていることには、変わりはない。


「もー! どうして私よりも早くにできちゃうのよー!!」


 少女──カレンは不平をもらす。

 ギンヤの手にある槍を見て、カレンの頬がさらに膨らんだ。はたからその光景を見ているアラガールも苦笑をこぼし、ため息をつく。

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