生存、共生

「なぁ、仲間に入れてくれよ」


 そう言われたのは突然のことだった。

 アトラスの隣にいるレギウスと瓜二つ──否、まったく同じ容姿をした殻人族が声をかけてきたのは。


 その殻人族とは、アトラスたちと激闘を繰り広げた『破壊魔蟲』の異名を持つ災厄。

 『破壊魔蟲』ギレファルだった。両端には敵対していたはずのパラワンとミーゼンの姿もある。


「何故だ! お前らは敵だろ? ってかどうしてその姿なんだよ」

「それは仕方ねぇだろうがよ変えられないんだから。まあ、気が変わったんだよ」


 レギウスの姿のまま、女物の服装でギレファルは答えた。ギレファルの目は斜め下を向いていたが、すぐに前を向く。背丈もレギウスと同じなので、ちょうどレギウスと見つめ合うような形だ。


「そっちの二人はなんでここにいるんだよ!? お前たちはディラリスの技で閉じ込められたはずだ」


 ギレファルが生きているのも不思議だが、それ以上にパラワンとミーゼンが目の前にいること自体が信じられなかった。


「それはだな。石として閉じ込められた後、もがいているうちに石が崩れ去ったんだ。そうしたらギレファル様が倒れているところを丁度見つけた」

「その時は死んでいるのではないかとゾッとしたでござるよ」


 ディラリスの命の灯火が消えたからなのだろうか、石化から脱出できたという。そう考えるとレギウスは妙に納得できてしまった。


「今はもう、いないんだよな」


 憧れの人と死別してからしばらく時間が流れたが、早くもディラリスの死を受け入れていた。しみじみと思いだすことはあっても不思議と涙は流れない。

 今は自分がディラリスの立場にあることもあり、泣いていられる余裕も無い。


「ディラリスは、お前たちが!」

「生かしてくれるならなんだってする! 頼むから、仲間にしてくれないか」


 何故そこまでして仲間になることを望むのか、それがレギウスにはわからない。しかしギレファルが次に放った一言で状況がすべて変わる。


「おそらくだが、アタシたちはに追われている」

「あいつ?」


 今度はアトラスが首を傾げる。『幻影魔蟲』コーカスも誰かを恨んでいるようだった。ギレファルの言う『あいつ』とは恐らく、コーカスを蘇らせた人物のことだろう。

 そしてコーカスが言うには、ルーツがアトラスと同一の能力チカラであると。

 故に蘇らせた黒幕と対峙しなければならないとアトラスは考えていた。


「ギレファルを蘇らせた奴の名前は?」

「……サタンっていういけ好かねぇ野郎だよ。ああ、顔を思い出しただけで苛立ってくる」

「サタン。そいつが黒幕の名前……」


 アトラスはぐっと拳を握りしめて、そのまなこに怒りの色を浮かべた。


「あいつはアタシを蘇らせてから、一切関わってこなかった。それにどうやら、アタシたちは奴に監視されているらしい」


 ギレファルが木々で暗くなった影の中を見やると、カサカサと葉音を響かせながら、それは姿を現す。


「やあ!」


 現れたのは、少し身長の低い殻人族。黒髪に一房の白のメッシュがあり、瞳は薄暗い赤色。その上に紅の頑固が迸る。

 形の無い甲殻武装を浮遊させて、両腕を頭の後ろで組んでいた。

 場違いに軽い様子でサタンは無邪気に嗤う。


「よくもコーカスとギレファルをやってくれたね?」


 その紅の視線は、ただ一方向。アトラスへ向けられていた。


「──ねぇ? アトラス。そうだよね? お前がめちゃくちゃにしてくれたんだよな?」


 アトラスの背筋にひどく冷たい悪寒が走り抜ける。アトラスの額には、汗が滲んでいた。


「…………」


 アトラスは何も答えない。ぞくりと駆け抜ける悪寒は殺気とは異なり、どこか別の危うさがある。この殺気と似て非なる冷たさに、アトラスは口を動かせないでいた。


「あれ? どうして何も反応を返さないの? あ、もしかして……俺に怯えてたりして!」


 時が止まったかのように、アトラスも、レギウスも皆、動かない。サタンはにやりと笑い、白い炎を放つ甲殻武装を浮遊させて、それを両刃の剣に変化させる。


「おい、お前! 何故アタシたちを追いかけた!」


 ギレファルが叫ぶ。


「そりゃもちろん、僕の手駒を潰してくれちゃってる誰かの顔を拝みにさ! まあ、これも最期だから関係ないか!」


 サタンはアトラスに気味の悪い笑顔を向ける。サタンは両手を外へ広げ、大袈裟に言い放った。


「予め伝えておこうか。まずこれは、俺の娯楽なんだ! 昔の時代で暴れ狂った奴らを全て蘇らせたら、それは想像もできないカオスが生まれる!」


 すぐさま片手で甲殻武装を剣へと変形させ、それを握る。サタンは手前で剣を構えた。


「っ!?」


 姿の変化する甲殻武装に、アトラスの目が驚きの色に包まれる。それぞれ色は違えど、アトラスの甲殻武装と瓜二つの能力チカラ

 予備動作なしに、サタンはアトラスへ接近する。


「来てくれ、俺の甲殻武装!」


 アトラスも刀を取り出すと上段からの振り下ろしを受け止める。しかしサタンの勢いが凄まじく、後方へ押されてしまう。


「っ……!」


 やがて押し返せない勢いは衝撃となってアトラスを襲った。


「はははははははは!! まだまだ、もっとだ!」


 サタンは暗く嗤いながら、アトラスに追い討ちをかける。一度離れた距離を再び詰めて、アトラスの喉元を狙った。


 ──バリンッ!


 回避が間に合わず、刀を盾代わりにするもサタンはそれを薙ぎ払う。折れた刀が地面に突き刺さった。

 さらなる追撃が差し込まれたところで、目前にレギウスが現れた。薙刀をよじるようにして、サタンの剣を受け止めている。


「アトラス、大丈夫か?」

「あ、ああ」

「俺が奴の油断を誘うから、アトラスはその隙に一撃を入れろ」

「……わかった」


 甲殻武装、バロックランドゥスの能力チカラを発現させる。身の逆立つような不快な音が空間を包む。


「うぐぅ! なんだ、これ……ああ、ムカつくなぁ!」


 サタンが怯む中、その隙に一度に距離を詰める。そして刀を取り出すと下から上へと斬りあげた。


 一際大きな破裂音。

 音の出処を探れば、サタンの甲殻武装はあっけなく破壊されていた。しかし、サタンは痛みすら感じていないのか、顔がまったく歪まない。


「まあ、最初はこんなもんか。俺の甲殻武装とお前のチカラは似ているが、やはり気に食わないな」


 サタンはぎりぎりと歯音をたてながら睨む。


「次に復活するのは……最強の災厄さ。せいぜい覚悟しておくんだね!」


 苦し紛れの台詞を吐き出すと、サタンは一瞬にして姿を眩ませる。


 ──次は容赦しないからね。覚悟しておけよ?


 そんな一言がアトラスの耳に残っていた。

 そのせいで手加減という言葉が脳裏を過ぎる。


「はぁ……」


 アトラスは思わず溜め息をついた。



 ***



「ありがとな。助かったよ」


 ギレファルはアトラスとレギウスに礼を述べる。しかし、アトラスとレギウスはどこか不快そうだ。


「お前らにアタシたちを守る理由がないのもわかってる。でもこれだけは言わせてくれ。ありがとう、そして……助かった」


 ギレファルが頭を下げると、後ろの二人も揃って頭を下げた。

 ギレファルは手を力強く握りしめて、自分の不甲斐なさを悔いる。


「アトラス……お前はどう思うか?」


 レギウスはそうアトラスに尋ねる。それが意味するところは、自分たちは目の前にいる『災厄』だったものたちを受け入れてもよいのか、ということだ。アトラスも指を顎に当ててしばらく考え込む。


 ──今までのギレファルと今、目の前にいるギレファルは同じ部分もあるが、異なる部分もある。

 具体的には、日常を求めるところは今までと変わらない。

 強いて言うなれば信用する人が増えた。人と人とを隔てる心の壁を取り外したというのが異なるだろうか。

 アトラスから見たギレファルの印象は前向きなものだった。


「なあ、アトラスはどう思う?」

「俺は……」


 言葉に詰まる。


「アトラス。お前がどう思うかだけでいい。正直なところを教えてはくれないか?」

「……俺は、信じてもいいと思う」


 レギウスの質問にアトラスは、自分の思うままに信じたいと伝えた。


「そうか、良かった。お前のお陰で決心がついたよ。おい、ギレファル!」

「それでアタシはどうなるんだ?」


 レギウスは一呼吸おいて、一秒、二秒、三秒。


「俺は……俺とお前は今日から、一心同体だ!!」

「は? 一心同体……どういう意味だ?」


 ギレファルはレギウスの意図がわからず首を傾げた。


「お前は俺の仕事を半分手伝え。それならお前も退屈しないだろ? あ……服はそのままでいいからさ」


 レギウスと同じ容姿なのに服装は女物という違和感はあるものの、レギウスは特にそれを責めなかった。


「服装はそのままでいい。お前は俺の写し身みたいなものなんだから、これからは一緒に生きていこう!」

「ああ、それならアタシも喜んでお前たちの仲間になるよ」


 そんな中レギウスは顎下に指を当ててどこか考えている様子だ。「そうだ」と言わんばかりの興奮した面持ちで口を開く。


「俺と一緒に仕事をするにあたって今日からお前の名前は……ファルとでもしておこう! よろしくな、ファル!!」

「ふぁ、ファル? ははっ、可愛らしい名前はアタシにはまったく合わねぇけど、まあ気に入ったよ」


 ギレファルは男勝りな性格だ。

 ファルという名前はやはり可愛らしくて、性格には似合わないかもしれない。

 しかしギレファルはファルという新しい名前に格好の良い笑みを浮かべていた。


「改めてよろしくな! ファル!!」

「ああ! もちろんさ!」


 そして二人は握手を交わす。

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