第二の故郷(前編)

 『破壊魔蟲』ギレファル──ファルはレギウスと協力してマディブの森を管理することとなった。具体的にはレギウスが住民や書類の管理を行い、ファルが災害時に脅威を取り除く。


 今まではディラリスが一人ですべての作業を行っていた。

 しかしディラリス亡き今、レギウスがこれらすべてこなすのはかなり荷が重い。ファルは何も問題を起こすことなく、むしろ嬉々として災害を鎮めていた。


「はぁ。ここまでくると驚きを通り越して笑えてくるな。今まで何が彼女をそうしてきたのか全くわからん」


 あまりの変貌ぶりにレギウスは乾いた笑いしか出て来ない。ついでに言えば、付き従うパラワンとミーゼンにも大きな変化があった。

 今やパラワンは大人と仲良くなっているし、ミーゼンに至っては特徴的な語尾のせいかちびっ子たちに絡まれる──もとい、遊び相手となっていた。

 どちらも満面の笑みが浮かんでいることは一目瞭然だった。


「でも、そのお陰でレギウスも助かってるんだろう?」

「まあ、そうだけど」


 アトラスの言葉に釈然としないと言わんばかりに返す。


「でもレギウスからすれば、パラワンとミーゼンは──」


 アトラスは今更ながらレギウスの心情を察した。

 レギウスにとってパラワンとミーゼンは憧れを奪った存在である。そう簡単に割り切れるものではないだろう。

 アトラスにとっては、レギウスの横顔が寂しく見えた。


「そうだよな。たとえあいつらがディラリスを殺したとしても、俺がやり返したもいい理由にはならないもんな」


 レギウスはしみじみとした表情だ。

 二人で長話をしていると太陽は傾き始めていた。夕陽が二人の影を朱く染める。

 空と陸の境界には薄らと青い線が浮かぶが、すぐに暗く染まることだろう。


「ねえ、レギウス。俺は元々、ブルメの森から来ただろ? そろそろ校舎も修復が終わるみたいでさ」

「そうなのか?」

「だからお別れを済ませてこいって、先生が言ってたんだ」


 アトラスは目に涙を浮かべていた。


「だからさ、また会おうなレギウス! 今の俺にはこれしか言えないから」

「──そうだな。それじゃあ、またいつか。また会おうぜ!」

「それじゃあ、のところ。なんだかディラリス先生みたいな言い方だったぞ?」

「ああ、それは勿論。少し意識してみたんだよね!」


 そして二人は笑い合って涙を流す。



 ***



「お別れは済ませてきたかな?」


 メアレーシはアトラスに問う。

 メアレーシの後ろにはブルメ出身の学生たちが集合していた。

 皆揃って帰ることを惜しんでいた。マディブの森で仲良くなった者もいれば、ギレルユニオンとの戦いで傷を負った者もいる。

 それでも皆何かしらの思い入れがあったのだろう。惜しむ声が次々にあがる。


「……俺はブルメに戻ります」


 アトラスはメアレーシにそう告げた。


「そう、か。出発は明日の明朝の予定だよ。それまでに準備をしておいてね」

「はい」


 アトラスはヒメカ、キマリ、ギンヤのところへ向かうと、なぜか地面にぺたりと座り込んでしまった。全身から力が抜けたように背中は丸く、腕はだらりと伸びている。

 そして瞳には──涙と決意が浮かんでいた。


「アトラス? どうしたのよ?」


 思わずヒメカが尋ねるが、アトラスは表情を変えずに口を大きくあけた。


「次会うまで、俺は頑張るからぁぁぁぁぁぁぁ!! 待ってろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「うわっ!? な、なんなのよ……び、びっくりしたじゃない!」


 アトラスは声高に叫んだ。

 その目の前にいたヒメカは目を白黒させてアトラスの突然の行動に怒鳴る。

 アトラスは、サタンの言う『最強の魔蟲』と戦うことになるだろう。故に叫ぶことをやめられなかった。


「ごめん、ヒメカ。『最強の魔蟲』と戦わなければならないと思うとね。一体、誰が魔蟲となるのかはわからないけれど」


 アトラスはため息をつく。


(そのためにはもっと強くならないと!)


 自分の甲殻武装に宿る能力すら、未だにあやふやだ。能力の本質を根本的に理解できていない。

 だからこそ自分の能力チカラについても理解しなければならないとアトラスは考える。


「とりあえず帰る準備を進めましょ。アトラスが何を考えてるのかは……想像もつかないけれど、それよりもまずは帰る準備よ!」


 ヒメカはアトラスに寄り添って、ブルメの森へ帰還するための準備を促した。

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