第二の故郷(中編)

「ふふっ……。もしも私がこっそり紛れ込んでいたら、どんな顔をするでしょうか……?」


 白い翅の少女は珍しく、いたずらっ子のような表情で荷物を確認する。そこでふと、少女は自分が入るのに良さそうな袋を発見した。


《まあ待てカレン、儂の意思はどうなるんじゃ?》

「ええとね、セツもたぶん会えると思いますよ。セツが探している『日食魔蟲』に……! 『破壊魔蟲』は違ったのでしょう?」

《うむ。『破壊魔蟲』……いいや、ファルからは見つからなかったのじゃ。ところで、カレンはついていけば『日食魔蟲』に会えると思うのか?》


 白い翅の少女──カレンの中に宿る『氷雪魔蟲』ユシャクはカレンに語りかける。しかし、ユシャクは『魔蟲』とはいっても、『災厄』ではない。

 ユシャク自身が『魔蟲』と名乗っているだけである。

 実のところ、ユシャクは敵対する側の殻人族だった。だからなのか、カレンの発した『魔蟲』という言葉に耳聡く反応してみせた。


「だから、いきませんか? こっそりとついて行けばきっと大丈夫ですから!」

《むぅ、そうか。それならばついて行くべきなのじゃが……》


 判断がつかないといった様子でユシャクは何かを悩む。


「セツ、何を悩んでるのですか?」

《いや、しかしのぅ……》


 ユシャクはアトラスの仲間にギンヤという少年がいる、そのことで悩んでいた。カレンが失った記憶の中で、ギンヤはとても大きな存在で、かけがえのないものだったからだ。

 カレンの記憶が戻ることはユシャクにとっても素直に嬉しい。それでも、カレンは自分という存在を恨むかもしれない。

 ユシャクにとって、それだけが不安だった。


「それにセツ……私にとってはそれだけが理由ではないのです」

《ギンヤという少年のことかの?》

「えっ? どうしてそれを……!」

《……今のお主を見ていればわかるのじゃ》


 本当に申し訳なさそうに、ユシャクはをついた。否、カレンの様子から鑑みて全てが嘘ではないかもしれないが、どうしても悪い後味が残る。

 カレンは自分の右手を胸にあてた。


「セツ、私は何があろうともセツを嫌いにはなりませんよ。それが今明かすことのできないことだとしても、私はセツのことを絶対に嫌いにはならないでしょう……。だから自分で確認したいんです!!」


 それが、カレンの本心。

 時々脳裏をちらつく影──妙に懐かしさを覚える少年が、本当にあのギンヤという少年なのか、カレンは意地でも確かめるつもりだった。


 ──だから、荷物に紛れ込む真似をする。


 カレンは荷物の中で丸まって、しばらくすると静かな寝息をたてていた。




「そろそろ、出発しようか! 皆、荷物を持って!!」


 メアレーシの合図に皆は揃って荷物を持ち、立ちあがった。

 中でも特に大きな荷物があり、それはヒメカとキマリの二人で持とうと互いに端と端を掴んで、


『せーのっ!!』

「──きゃっ!」


 勢いよく持ちあげると中から悲鳴のような声が聞こえた。


「え? な、なにっ!?」

「……なんだろう? 誰か、いるの?」


 咄嗟にヒメカが両手で自分を抱きしめて、キマリがこてんと首を傾げる。

 ヒメカも気になって、恐る恐ると包みを開けた。


「な、なんでこんなところに!?」

「……なぜ? もしかして、ついてくるの?」


 二人がそれぞれの反応を見せるが、中にいた少女、カレンはあたふたと声にならない反応を示して、


「わ、わた、私は……え、ええっと……」


 カレンは頭が混乱してきているのか、言葉が出ない。先程から『わたし』という言葉しか口から飛び出ておらず、目があちらこちらへ移動して、ぐるぐると回している。


「まあ、ついてくる理由があるなら、私は貴女を止めるつもりはないわ」

「ん、同意」


 ヒメカもキマリも、なんだかんだでカレンに寛容な部分を見せた。


「実は、私は『タランの森』出身で、巫女をやっています。今回は、少し事情があって……そちらの銀髪の方は見覚えがあるのですが、黒髪の方は……名前はなんというのでしょう? 戦いの時、名前を聞いていませんでしたから」

「ええ!?」


 唐突のカミングアウトにキマリは素っ頓狂な声をあげる。名前を聞かれているにも関わらず、突然のことに忘れていた。

 カレンの出身は、『タランの森』ということになっているが、本当のところは不明だ。


「改めて、私の名前はヒメカよ」

「私の名前はキマリ。確かにあの時は紹介する暇もなかったから」

「ねえヒメカ。それなら『タランの森』に帰すべき……?」


 キマリもこれには首を傾げて、元の場所へ返そうかと思考が頭を過ぎるが、一度口の外に出てしまった言葉を撤回する気にもなれなかった。


「嫌です! 私は巫女になる前の記憶がないから……! これについていけば、絶対に何か思い出すはずなんです!!」


 カレンは更に大きなカミングアウトをする。失った記憶という何よりも危険で、大切な事実を。

 カレンは両手を握りしめ、肩を震わせる。もう、絶対にこの機会を手放したくはないという意思が色濃く表れていた。


「そう。そうなのね……それならついてくるといいわ」

「ん、賛成」

「あ、ありがとうございます!」


 ヒメカとキマリはカレンの事情をようやく知った上で、カレンの要望を快諾した。


「でも、バレてはいけないから、荷物の中でじっとしててね?」

「……はい」


 ヒメカは無慈悲にも、カレンにそう告げる。

 カレンは元々同行する予定ではなかったのだから、こっそりと秘密にしておかなければならないのも道理だった。

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