第二の故郷(後編)

「よし出発だ! 帰るよブルメの森へ!!」


 メアレーシは声を弾ませて皆に伝える。

 生徒たちも他の森の友達に別れを告げて、故郷に戻る準備をしていた。上手く言葉に言い表せない寂しさとに反して、期待感を募らせる。

 その証拠に、どの生徒も目が爛々としていた。


 つい最近まで『幻影魔蟲』コーカスによってブルメの校舎は半壊した状態だった。楽しみで楽しみで仕方がない。思わず脚も弾んでしまう。


 期待感に浮ついた脚取りで進む中、突如地響きが鳴った。


「ん? なんだ? 皆、少しの止まってくれ」


 メアレーシは地響きのする方へ小走りで進んでいく。すると、見えてきたのはずんぐりとした体躯と橙色の爪。爪先は鋭利に尖り鈍い光を放つ。地表面より上に顔を覗かせると、それは咆哮をあげた。


 ──グギャアアアアアアアア!!


「よりによって、なんでまた土竜ドラゴンが出てくるんだよ?」


 しんみりした雰囲気がすべて台無しになったことに、アトラスは落胆する。往路も土竜が出現していたために、「理不尽だ」とアトラスは激怒した。


「もう、何でこうなるんだよ! 行きもそうだったじゃん!」


 金属を引っ掻いたような甲高い音が耳を刺す。


「皆、後ろへ下がって。僕がアレを倒す」


 メアレーシは斧──アビスホーンを肩に担いで、土竜のいるほうへ近づこうと一歩踏んだその時。アトラスが声をかけた。


「……先生、俺がやってもいいですか?」


 立て続けに出現する土竜にうんざりしているのか、アトラスは既に刀を携えている。


「うん? あ、うん。それなら任せたよ……?」


 メアレーシは戸惑いながらも、手に握っていた甲殻武装を仕舞いアトラスに委ねた。


「行くよ、アトラスパーク!!」


 刀を片手で握り、アトラスは斬りかかった。土竜の振るう硬い爪を躱して脇の下を潜る。そのまま視覚の外側へ逃げると、土竜の無防備な眼球を狙う。

 アトラスの刀には刃が存在しないため、ある意味鈍器のようなものである。


 ──眼球を狙い、一突き。


 切っ先が眼球を貫通し、刀身は土竜の脳へ到達した。間脳が潰れ、呼吸が止まり、心臓の拍動さえも停止する。


「うわぁ。グロ……」


 瞼に空いた穴から真紅の液体が流れる様子に、誰かが思わず零す。


「はぁ、行きもそうだったけど。どうして土竜がこんなに上へ出てくるんだ? しかもどれも暴れてる……」


 アトラスはふと呟く。

 土竜とは通常、地底で生活する動物だ。視界も暗い場所に適したつくりとなっており、太陽の光は眩しすぎて日の下で目が見える訳が無い。それなのに現状土竜は暴れ出している。アトラスの中に疑念が募っていく。


「そうは言っても、原因は僕もわからないよ」


 メアレーシは困惑したように頭をぼりぼりと掻く。アトラスも地底に何かが起こったのかと不安でならなかった。


(地底で何が起こっているんだろう?)


 一度、地底さと帰りでもするべきなのか、アトラスの中で様々な考えがせめぎ合う。

 地底で問題が起これば自ずと地上世界も大混乱となってしまう。そのため地底の状況を知る方法がないか考える。


「せめて、父さんが近くにいれば」


 ここにいない人物のことを考えても状況は変化しない。無駄な思考を頭の隅へ追いやって、アトラスは土竜の死骸のほうへ視線を向けた。

 以前に行ってもらったようにモーラに亡骸を燃やしてもらおうと考えていたが、近くにモーラの姿は無い。

 特徴的な碧い翅も見当たらない。アトラスの知る人物のうち炎を扱える者は彼女しかいなかった。


「先生、あの亡骸はどうするべきでしょうか?」

「彼女のように高温な焔を扱える者は特に限られている。近くにいるなら頼めばいい。いなければ代わりに僕がなんとかしよう」


 アトラスはモーラを探しに亡骸から少し離れる。やがてモーラを連れてアトラスは戻ってきた。


「モーラ。申し訳ないけれど、火葬をお願いできるかな?」

「勿論アトラス君の頼みなら構いませんよ。出てよ私の甲殻武装、モルフォバーナ」


 取り出されたのは、長いロッド。モーラはそれをくるくると回転させて蒼炎の渦を生み出す。それは瞬く間に土竜へと迫り、土竜の亡骸を骨の髄まで焼き尽くした。


「やっぱりおかしい。土竜は地底に生きているはずなのに」

「ん? 何か言ったかな、アトラス?」

「え、いや……なんでもないです」


 以前に地底の話題が恐れられたことから、なかなか言い出すこともできないアトラス。

 それ以上口にするのは、はばかられてしまった。


「アトラス君、ちょっといいかな?」

「なんですか? モーラさん」

「さっきの代わりと言ったらなんだけど今度、一緒にどこか出掛けない? ほ、ほら! 私の翅について褒めてくれたのはアトラス君が最初だったしさ」


 アトラスは困惑した。そして背後で真っ黒い炎が燃えるような感覚。火の粉がバチバチと音を立てる幻聴。

 アトラスはまだこの悪寒の正体を知らない。


「ぶっ! モーラさんまで!? 何があったっていうの……」

「これは難敵?」

「キマリ、やっぱりあなたも」


 様々な感情が渦を巻く。背筋を走る悪寒にカタカタ震えながらアトラスは肩に荷物を背負う。


 そして彼らは帰路を進み出した。

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