継承篇

第一章

不完全継承

「レーカ! そっちは危ないぞ!」

「あ、ごめんなさいお父さん……」


 しゅんとした表情でアトラスのもとへもどってくる。アトラスの視線の先には銀髪の幼い少女の姿があり、その奥に深い段差があった。


「もう、あなた。いくらなんでも過保護すぎるわよ?」

「いや、でもさ。ここはヒメカのいた地上世界よりも危険がたくさんあるんだよ? 過保護にならないほうが無理だって」


 アトラスとヒメカ。サタンとの死闘からいくらかの月日が流れ、二人の間には娘が誕生していたのだ。逃走したハイネは行方不明で、ハイネの広めた間違った情報が今も尚後を引く。

 今は地底で暮らしているがハイネの一件もあり、アトラスは再び地上を見なければならないと考える。


「ヒメカ、レーカ。ねぇ、引っ越さない?」

「は……?」

「ふぇ?」


 ヒメカはジトっとした目をアトラスへ向けた。レーカはよく分かっていないようで真紅の瞳を揺らすが、アトラスは話を続ける。


「ハイネは行方不明だし、その……結婚してから地底でかなり過ごしてるけど、今の地上世界を見ていないからさ」

「それって、まさか──」

「そう、地上世界に移住しよう!」


 アトラスは目を輝かせて言い切った。



 ***



 ──時はサタンを倒し、アトラス達が英雄となった頃に遡る。

 彼らは地底および、地上世界を救ったことでそれぞれの森から感謝と、褒賞を与えられた。その褒賞は莫大な財産と言っていいような食料や珍味。他に純粋に価値のある宝石などだ。

 キマリやギンヤたちは地上世界での生活を望み別れることとなるが、アトラスやエルファス、そしてヒメカが地底での生活を望んだ。


 それからまたして、アトラスはヒメカへプロポーズ。やがて後に娘、レーカが誕生する。

 卵から孵り、アトラス達は目を見開いた。


「……ない。脚跡の鎧クラストアーマーがない」


 脚跡の鎧クラストアーマーの欠陥。アトラスが脚跡の鎧クラストアーマーの片方を失っていたことで、後天的なものが遺伝してしまったようだ。

 つまりそれは、甲殻武装も持たないということになる。それもアトラスの過保護の一因でもあるのだが、やはり甲殻武装と能力が使えないというのが惜しい。

 しかしレーカはお転婆だった。だから余計にアトラスの不安を煽る。そんなこともあり、現在の親バカアトラスが誕生した。


「こら、危ないぞ」

「ぶぅー、わたしだって大丈夫だもん!」


 またしてもアトラスがレーカに心配の声をかけ、当のレーカはとても不満そうである。


「いや、だってな。お前には脚跡の鎧クラストアーマーがないんだよ。だから心配なんだ」

脚跡の鎧クラストアーマーがないからってわたしは大丈夫だもん、子供扱いはやめて!」


 その不満が積もりに積もり、ある日レーカは悪戯を決行。


(お父さんたちが寝ている間に、出かけちゃお……)


 レーカは脱走──もとい、夜の探索へ走った。洞窟の中をすたすたと走り、大きな段差をジャンプ。

 それから道の分岐点に立たされた。


「うん、こっち!」


 ある方角を指さして、まっすぐに進む。しばらくして、レーカはこぼした。


「ここ、どこ……? お、お父さん!」


 名前を呼んでも声は返ってこない。レーカは自分自身で、アトラスの手を放した。自分自身で理解していても、冷たい土と暗い雰囲気がレーカの心を不安にさせる。


「うぅ。お父さん、お母さん…………」


 ついに大きな声で叫んでしまった。

 レーカにとっての脅威を呼び寄せてしまうほどに、その叫びは反響する。


「グギャアアアアアアアア!!」


 土竜ドラゴンの登場だった。レーカは完全に萎縮してしまい、尻もちをついてしまう。レーカは身体を震えさせ、口を開けたままだ。

 土竜とじっと睨み合い、やがて土竜が動く。

 大きな爪を伸ばし、レーカへ迫った。


「ぅ、きゃあぁぁぁぁぁ!! 誰か、助けてぇぇぇ!!」


 反射的に爪を避けて、一直線に逃げ出す。

 脚が土まみれになることも関係なしに、段差を駆け上がって逃げる。


「うわぁっ! うぅ、ぅ……」


 ほんのわずかな段差に脚をとられ、レーカは転んでしまう。自分の行動に対しての後悔とともに、涙が零れ落ちる。

 手や脚に力が入らない。レーカの顔に絶望の色が浮かぶ。

 そこへ、黄緑色の光が流れた。


「まったく、本当に手を焼くなぁ……」


 現れたのはアトラス。

 手に刀の甲殻武装を握り、黄緑色のオーラを纏っている。


「俺の娘に、よくも威圧してくれたな!」


 アトラスは横一文字に刀を一閃。鮮血を散らして真っ二つにしてみせる。

 その姿は奇しくも、亡きマルスの姿にそっくりであった。


「お父さん……ごめんなさい」

「いいんだよ、レーカ。でも、心配はかけさせるなよ?」

「その心配って言葉、きらい」


 レーカは下を向いてぽつりとこぼす。


「じゃあ、心配の何が嫌なんだ? 言ってみて、レーカ」

「だって私がなにかするたびにいっつもいっつも、心配って言うんだもん! 私はそれがいや!」


 嫌。嫌、嫌…………。

 その叫びにアトラスは思考をどこかへ見失った。しかしすぐに元通りになり、アトラスはレーカを諭す。


「レーカ、これだけは覚えてほしい。別にお父さんとお母さんは不自由にさせているわけじゃないんだ。ただお前はまだ身近にある危険をすべて知っているわけじゃないだろう?」

「……うん」

「俺たちが心配というのはそのことだよ。だから、何が危険なのかとか、何が正しいのかを学べばいいんだ」

「うん」


 レーカの顔色がやや明るくなった。そして前を向く。


「わかった。私、勉強する!」


 レーカはぱあっと笑顔を咲かせていた。

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