英雄の娘(前編)

 レーカは甲殻武装を持たない。だから戦う力はないと思われていたが引っ越す手前で、レーカは生まれ持った力の片鱗をみせた。アトラスの心配もよそに地底世界を走り回り、再び土竜に遭遇した出来事があったのだ。土竜は爪をレーカに突き立てようとする。その際に腕で己の身を守ろうとしたのか、頭を腕で覆う。


「……え?」


 確かに爪がぶつかった感覚があった。しかし土竜の爪はレーカの細い身体を穿っていなかったのだ。具体的に言うと、腕が本来の昆虫──外骨格のように硬化して爪を弾いていた。その皮膚は鈍色になり、光を反射する。やがて駆けつけたアトラスがその光景を目の当たりにしてしまった。

 それからヒメカの耳にも入り、二人はレーカの武器となり得る力に興味を持つ。


「レーカ、どうやったら身体が硬化したんだ?」

「うーん、わかんない! あの時は必死だったから……」

「じゃあその時、普段と違うなと思ったことはない?」

「うん、思い出してみる……」


 レーカは必死だったその時の感覚を思い出して、何かしらの変化を探す。しばらく唸っていると、突然眼をぱあっと輝かせた。ええっとね


「あった! あったよお父さん」

「どんな感じだった?」

「ええっとね、身体が熱かった!」

「そうか……」


 純粋に体温が関係するのか、それとも血液が全身を駆け巡っていたのか。そこまではアトラスにも分からない。でも身体が熱くなるという感覚になれば身体が硬化するかもしれないとアトラスは考えた。アトラスはこのレーカの特異体質について目を向けなければならないと考えつつ、地上世界への移住について計画を立てる。


「うん、そうだな。このルートがよさそうか……」


 アトラスはそう呟いて、ヒメカとレーカの二人に目を向けた。




「よし、二人とも。これから移動するよ!」


 アトラスの声の張りようは、ワクワクを抑えきれない様子が滲み出ている。ヒメカとレーカの二人は大きく頷いて、アトラスの後ろをついていく。

 地底世界の通路を歩きながら、過去にヘラクスが残した地底の傷跡──巨大な穴へ向かった。今やあの空洞は地底と地上を繋ぐ通路として機能しており、危険のないように整備もされているくらいだ。


「レーカ。手、つなぐよ」

「わかった!」


 レーカはアトラスと、そしてヒメカと両手を繋いでアトラスとヒメカは空を飛ぶ。レーカの身体も浮かび上がってそのまま地上世界へと向かった。


「お父さん、ここはたくさんの人が通ってるんだね!」

「そうだね。みんなが移動してる」


 この道を見る度にアトラスは同時に暗い気持ちを。亡き父親、マルスの顔とともに。

 しかしアトラスは既に、この暗い気持ちとはケリをつけている。だから死者を悼む気持ちはあれど暗い気持ちになることはなかった。


「ほら、もうすぐだよ」

「うわぁ……!」


 眩しい太陽の光が視界を埋め尽くす。そしてレーカは地上世界を初めて目の当たりにした。

 一言で言えば爽やか。それでいて、発展している建築物などがたくさんある。レーカは思わず息を呑んでしまった。

 緑が溢れ、褐色の幹が葉の隙間からちらりと見える。遠くの葉ほど青く見え、木の幹には部屋のような穴が沢山あった。


「うわぁ! すごい! ここがお母さんのいた、地上世界なんだね!」

「ええ……そうよ。久しぶりに来たけれど、やっぱりすごい光景よね!」


 レーカもヒメカも気分がとても良さそうで、特にヒメカは感慨深そうな表情をしている。アトラスはヒメカの横顔を見ながら、そっと微笑んだ。


「あ! あれは何!?」

「うん?」


 レーカが灰色の服を着た殻人族たちについて質問した。


「レーカ、気になるか?」

「うん!」

「あの服は学生服だよ。学校に通う殻人族たちが着ることになってるんだよ」

「……学校? 前にお父さんの行ってた?」

「そう。みんなで勉強する場所さ」


 アトラスも楽しかった学生時代を思い出しながら答える。レーカも勉強と聞いてますます目を輝かせた。


「お父さん、お母さん。私も通いたい!!」


 その言葉にアトラスとヒメカは揃って頷き合うと、口を揃えてこう告げる。


「「もちろん、レーカが行きたいなら行きなさい」」

「うん! 私、学校に通う!」


 少しだけ寂しく感じなくもないが、アトラスたちの予想よりも早くもレーカは己の決心をしていたことを二人は嬉しく思うのだった。



 ***



 アトラスとヒメカは今や英雄と言われる殻人族である。だから道を移動するだけでも、周りの目を引く。


「レーカ、少し速めに進むよ」

「そうね……!」

「う、うん……」


 ヒメカが頷いて、レーカは戸惑いつつも頭を縦に振った。大通りをまっすぐに進み、かつてアトラスたちも楽しい時を過ごした学校へ到着する。


「わぁ。ここが、学校!」

「そうだよ。ここで俺はヒメカに出会ったんだ」

「……でも、最初はすごく最悪な気分だったけどね」

「? どういうこと?」


 アトラスは気まずそうに頬を指でかいて、ヒメカは少し頬を染めながら言う。


「お風呂でね、全部見られたのよ」

「え!? お父さん、最低……っ」


 その言葉にアトラスはがくりと顔を下げる。少ししてアトラスは頭を持ち上げると、学校の入口へと向かった。その受付で、レーカのことを説明する。


「なるほど。次の時期から娘を入学させたいということですね? でしたら入学試験を受けてもらえますか?」

「……どういうことだ?」

「英雄様が在籍していたときとは違い、賢者ハイネがもたらした常識の正誤をしっかりと正すために、学年制度を設けたんです」

「それはどういうものなのかしら?」


 今度はヒメカが質問した。返ってきた返答は決められた月日のなかで学び、上の学年へと階段を登るというものだ。

 そして、学ぶことが学年で決まっていると受付は説明を付け加える。


「なるほどね、わかったわ。レーカ、試験を受けられる?」

「うん、もちろん! 今すぐにでも!」


 試験の内容は身体能力と一般知識を問うもので、主に教員がその生徒を把握するためのものだ。

 今すぐにでも大丈夫というレーカの気持ちから、空いていた教員に受付が試験を頼む。すぐに試験をすることとなり、レーカの運動能力を確かめる。


「それでは、準備はいいか?」

「はい!」


 教員が日時計を設置して、刻を確認した。

 レーカの身体能力を確かめる試験の内容は森の中を走り抜けること。予め決まったゴール地点まで走り抜ける時間で評価するというものだった。

 レーカは森を走ることが初めての事であるはずなのに、レーカは恐れる様子もない。


「それでは始め!」


 レーカは一直線に森の中へ飛び込んでいった。

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