戦士の覚悟(後編)
必死になって洞窟のなかを進んだ。
目的地は襲撃のあった村。それは丁度、出発した村から東の方角にある。
「お願いだ……! 力を貸してくれ! 【グランドバスター】!!」
エルファスの甲殻武装は大剣の姿をしている。柄のところには亀を連想させる、正六角形が敷き詰められた模様。刃の部分は片刃で分厚く、『斬る』というよりも『叩き斬る』ほうが得意そうだ。
それを引き抜いたまま、エルファスは洞窟内を走り抜ける。やがてエルファスは目的地の村へ辿り着いた。
「なっ……! これは……!」
瞬間、エルファスの顔が、腕が、心が、凍りつく。
エルファスは伝わってきた情報を確認するためにやってきたわけだが、それは事実だった。しかし、エルファスが凍りついた理由はそれだけではない。
「なんだ、この凹みは……!」
そう、凹んでいたのだ。否、凹みという言葉だけでは語弊があるだろう。
実際には、村全体を覆うほどの超巨大なクレーター。隕石が注ぎ込んだわけでもなく、何かに抉りとられたようなクレーターだった。
ついでに言えば、
「う、嘘だろ……! こんなことができるはずがない……。殻人族にも殻魔族にもできるはずがない!」
笑い続ける膝が自分の言うことを聞いてくれなくて、エルファスはその場に尻もちをついてしまった。
見渡すだけでも、どれくらいあろうか。
巨大なクレーターはエルファスの視界だと端から端まで収まりきらず、形容し難い大きさだ。
笑い続ける膝に無理に力を入れて、地面の上に両手の平をぺたりとつける。
なんとかして立ち上がると、エルファスはふと呟いた。
「これは……いつまでもここにいるわけにはいかないな。すぐに、マルスのもとへ情報を伝えなければ──」
「これはこれは、随分と楽しそうなお客さんですね!」
どこからか柔らかい声がする。ただしその声の温度は、凍えるように冷たい。
「誰だ!」
「申し遅れました。私は【日食魔蟲第一使徒】毒霧のイロハと言います。以後、お見知り置きを」
「日食魔蟲……っ!? まさか──!!」
それですべてを悟った。
騒動の裏で糸を引いているのはあのマルスの息子、サタンであることを。
サタンが『日食魔蟲』ヘラクスを復活させたのだろう、とエルファスは容易に想像できてしまい、事態の危険さは今まで以上だろう。
「でも何故、殻人族と手を組んでいる! ヘラクスとお前も、敵同士のはずだ」
最もな疑問。エルファスは殻魔族と敵同士になるはずの殻人族──『日食魔蟲』ヘラクスを手を組んでいることに、甚だ疑問だった。
「そんなことは関係ないのです。私は、ヘラクス様へと仕えるだけですから」
「くっ……! こんなんじゃどうにもならねぇ!!」
エルファスは【グランドバスター】を両手で握り、イロハの眼前に突きつける。
「……このままお前を通すわけにもいかないからな。ここで止める!」
そして、走り出した。
前へ、前へと、重そうな大剣を上段に構えながら距離を詰めていく。
「どうか、力をお貸しください……! 【モノトートカブト】」
誰に向かっての言葉なのか、前腕の手の平を胸の前で重ね合わせて祈る。そして背後の腕は花咲くように上から下へ円を描く。
すると鋭くて長い何かが、イロハの両横腹から前面へ飛び出した。
甲殻類が持つ脚のようにしなって、折れ曲がり、地面へ突き刺さる。
やがて横腹の付け根から分離して、二振りの剣となった。刀身に『節』のようなものがあり、どこか禍々しい。
「いきますよ? せいぜい私を楽しませることです」
イロハは二振りの剣を地面から引き抜くと、剣を下から上へクロスさせるように斬りあげた。
「こんなもの、一瞬で! ……何っ!?」
エルファスは受け止めようと大剣を前に構える。しかし斬りあげて、やってくるであろう斬撃はやってこない。
数瞬の後になって、それはエルファスを襲った。
「ぐっ……!」
頬や上腕の一部を軽く切り裂いて、黄緑色の鮮血が舞う。エルファスはそのまま一歩も引くことなく、己の【甲殻武装を横薙ぎに払う。
切り結んだところで、エルファスはニヤリと笑みを浮かべる。
「何、うっ……!」
──何かに引き寄せられるような感覚だ。
手脚を動かすことはできても、やはり引き寄せられている。
引力の元を辿れば、そこにあるのは『結晶』だ。
「それがあなたの能力ですか……! はぁっ!!」
二振りの剣を鞭のようにしならせて、その結晶を破壊する。結晶が割れると途端に自分を引き込む引力は消失した。
「なるほどな、それこそが遅れてやってくる攻撃の正体か……厄介な!」
「別にあなたほどではありませんよ。褒めてあげましょう」
イロハの扱う二振りの剣は『蛇腹剣』という、変幻自在の武器だ。剣としても、鞭としても、多種多様な攻撃を可能としている。
「ハッ! 面白い……っ!!」
それでもエルファスも獰猛な笑みで、目をぎらつかせていた。
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