日食のはじまり

「ああ、そうですか。別にこちらは……なんともありませんけどね。既には打っているのですから……!」


 ──ドクンッ!


 全身の動悸とでもいうのか。血流が速まり黄緑色のオーラがエルファスを包む。


(なんだ、これ……はっ!?)


 全身が熱い。全身が焼け焦げるようにじりじりと、痺れるような感覚。身体中の血管が急いで血液を運ぼうと波打って、心臓も鼓動を速くする。


「それは私の毒……。私の甲殻武装によるものよ。安心しなさい、直ぐに果ててしまうでしょうから」

「うっ……! うが……っ!」


 身体はドクドクと流れる血液がますます速くなる一方で、それと同時に身体能力が上昇しているようにエルファスは感じた。


(これが火事場の馬鹿力ってやつか……? まあいい、せめて情報は持ち帰らねぇと……なっ!)


 そして、エルファスは自己を奮い立たたせ、大剣を振るう。

 振り切った後、停止の部分で光が集約されていき、『結晶』がうまれる。

 それは周囲のあらゆるものを引き寄せて、吸い込んでしまう。


「二度目は通じません、よ……!」


 イロハは余裕そうな表情で、息を吸う。呼気をそのままに息を吐くと同時、二振りの【モノトートカブト】の切っ先を結晶に突き刺した。

 さっきまでの鞭のようなしなりとは明らかに異なり、今度は鋭利さが目を引いている。

 イロハは両手をそれぞれ外側へ引き離し、完全に『結晶』を破壊した。


 ──そのままエルファスへ、接近。


「くっ……!」


 咄嗟に【グランドバスター】で受け止めるも、重い一撃に特化しているエルファスにとっては分が悪い。

 イロハの動きは速く、もっと速くなる。次々にエルファスの皮膚を切り裂いて、血を滲ませた。


 ──ドクン! ドクンッ!!


 さらに速まる血液の流れ。それに伴い、黄緑色の発光が強くなる。言うなれば、それは蛍のような──命の灯火が光となって必死に燃えているようだった。


「それなら! こうする……までだぁぁぁぁぁぁっ!!」


 エルファスは手に持つ大剣を水平に持ち、自分自身を起点として回転する。すると、刀身の先端が光を帯びた。

 回転を続ける大剣は一秒前よりも、今のこの瞬間よりも、確実に力強くて重い斬撃へと変貌を繰り返す。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 俺は……戦士の帰還を待ち望んでるんだ……! こんなところで、負けていられるかよ……っ!」


 エルファスは大きく雄叫びをあげて、渾身の一撃を叩き込んだ。


「ふっ、もう無駄なんですよ? そんなこともわからないのですか?」


 イロハは両手に握る【モノトートカブト】でエルファスのすべてを乗せた重たい一閃を受け止めようと、蛇腹剣の刀身を交差させる。

 しかし、その攻撃はやってこなかった。


「っ……!? まさか……!」

「そうだ! お前が今までにやってきた……! それを今、何倍にもして返してやる!」


 エルファスは一撃を叩き込もうとしたときに、刀身を振り切る直前で停止させていたのだ。それから【グランドバスター】の切っ先の前に──引力を発生させる『結晶』を生み出した。

 先ほどまでとは明らかに違う、巨大な渦を巻くほどの引力を。


「なん、ですって……っ!? これほどの力をどうやって!」


 エルファスは次の攻撃のモーションへと、身体の重心を移動させながら答えた。


「それはな、溜めるんだよ……! 引力を!」


 エルファスはそのまま、大剣を袈裟斬りの要領で振り下ろす。


 ──肉を断つような、そんな感覚。


 しかし、イロハは左の前腕を犠牲にして受け止めた。肘から先の部分がちぎれ飛び、鮮血とともに落下する。


「くっ……! 殻人族にも、ここまでのやり手がいたなんて、想定外でしたよ……! 今回はここまで。引き下がることに致しましょう」


 そして右の前腕で傷口を押さえながら、イロハは姿を消した。血液が滴り、イロハの去った方角を指し示してくれるが、今のエルファスには追いかける余力などはない。


 ──残りは、マルスたちへ情報を持ち帰るために使うのだ。



 ***



「はぁ、はぁ……っ!!」


 エルファスは疲労と毒の影響で、地面に崩れ落ちる。手足は過度な負荷による酸欠も相まって、震えていた。

 荒い息を吐いては吸って、吐いては吸っての繰り返し。エルファスの体力は限界に近づいている。


(あ、あいつに、これを伝えないとな……! まだ、もう少しの辛抱だ、俺……!)


 朧気に回転する思考をむりやりに動かして、エルファスは立ち上がった。身体はやけに寒く感じる上、手足の感覚もいまいちわからない。

 つまり、感覚が鈍くなっていたのだ。


「皆の、為にも……っ!」


 己の甲殻武装を杖代わりにして、一歩一歩を確実に進む。途中、呼吸が途切れ途切れになって、膝をついてしまうこともあった。

 それでも、エルファスの心は決して挫けない。膝が軋みをあげ始めても、ひたすら気が遠くなる道を一直線に進む。

 エルファスはどうにかして、これらの情報──『日食魔蟲』についての情報を伝えねばならかったのだ。


「この先が村と入口……あとは、マルスのもとへ行くだけだ……っ!」


 やがて村に到着すると、マルスの家へと向かう。今まで通ってきた脚跡は蛇行していたり、歩幅がまばらだったりで、エルファスの身体は危機的状況だ。

 手の平を上から覗き込んでも、まだ震えている。視界が徐々にぼやけていき、色彩がわからなくなってきた。


「はぁ、はぁ……っ! なんだ……これ?」


 頬が冷たい壁にぶつかった。そして浅い呼吸を繰り返している。


 ──エルファスの記憶は、そこまでだった。




「──ァス! おい、エルファス!!」


 誰かに呼ばれている。揺さぶられている。

 エルファスは重たい瞼をピクピクさせて、やがて目を開けた。


「エルファス、大丈夫か!?」


 マルスの声は心配そうで、自分の身体の傷も毒に犯されていた身体も、何らかの手当がされているようだ。

 その証拠に、手を持ち上げても何も震えはない。加えて寒気もなかった。


「あ、ああ……。俺は、どうなったんだ?」

「お前は三日も眠っていたんだぞ! 俺があのとき、少しでもマシであればお前を止められたかもしれないのに……! エルファス、本当に悪かった」


 そうマルスは謝罪する。自分の不甲斐なさを悔いているようで、マルスの表情はとても苦そうだ。

 眠っていたのは、三日。その間に手当もなされたということだろう。エルファスはふと気になって毒についても尋ねた。


「毒も、消えているみたいだ……! 俺の毒はどうなったんだ?」

「お前もシロナの甲殻武装を知ってるだろ? シロナの甲殻武装はものの効果を反対にするんだ。だから毒の効果を反対にしてもらったんだよ」

「あの甲殻武装にそんな使い方があったのか……!」

「うふふ! あなたも、エルファスが回復してよかったわね……!」


 隣では、口元に手を当てながらシロナがクスクスと笑っていた。シロナもエルファスが助かって、ほっとしているようだ。目尻に涙の乾いた跡があり、エルファスの回復をマルスと一緒に喜んでいたことも想像に難しくない。


「ああ、本当によかったよ……! 色んな意味でな」


 気の許せる仲間や今の自分の状態にエルファスは涙を零す。


「おっと……! でも、これだけは伝えとかないとな。マルス、緊急事態だ」

「ん? どういうことだ?」

「おそらくだが、『日食魔蟲』が復活している……!」

「な、にぃ……っ!?」


 突然の情報に、マルスとシロナの表情が凍りついた。

 ──『日食魔蟲』ヘラクス。この災厄は底なしの知識欲で災いを呼び起こした殻人族である。


「それで、消えた村のほうは……何かに抉られたようだった……! それはヘラクスの仕業だと思ってるんだが、マルス……お前はどう思う?」


 エルファスは自分の憶測を、マルスへ投げかけた。


「ああ。俺もそうだと思う。でも、やはり目的がわからないな……」


 マルスは一度、頭を上下に振って頷いた。しかしマルスの言うように、なぜ殻人族であるはずの『日食魔蟲』ヘラクスが殻人族の村を襲うのかについては分からない。


「それよりも、『日食魔蟲』は殻魔族と結託していた……! 俺も毒霧のイロハとかいう奴に襲撃されたからな。それについて、サタンも関わっているかもしれない!」

「そうか」


 少し瞳に影を落とし、肩の力が抜ける。

 マルスは視線を遠くへ向けながら、どこか悲しそうだ。


「エルファスの目から見て、その毒霧のイロハという奴はどれくらい強かったんだ?」

「いいや、わからない。しかも【日食魔蟲第一使徒】と名乗っていたんだ。だからが複数体いると考えると、ゾッとする……」

「っ……!?」


 第一使徒。

 数字がつくということは、第二使徒も第三使徒もいると推測できる。予想の斜め上の強敵に加え、それが複数存在するという事実に二人は顔を歪ませた。

 なによりも、『日食魔蟲』は強い。

 その強さは、すべてを無に帰したとされる逸話があるくらいなのだ。


「村を壊滅させた手段として逸話が本当なら、村を無に帰した……のか? それがわからないと、どうにもならないぞ」

「その可能性が高い、か」


 エルファスの説明にマルスは同意する。手の平を握ったり、開いたり。静かに怒りを燃やしてマルスは口を動かす。


「アトラスの未来のためにも……俺は──」


 と、その時。殻人族の誰かが遥か上を指さして叫んだ。


「っ!? 上に何かいるぞ……! あれは、殻魔族!? なんであんなところに!」


 空洞の上には蜘蛛の脚を内壁につけて真下を見下ろす災厄──『日食魔蟲』ヘラクスの姿。


「この村の迎える最期……っ! この矢で貫くのは背後……っ! 宙から狙い撃つ……!!」


 そして金色に輝く甲殻武装を引き抜いた。同時に木製の弓を取り出して、弓を真下へ向けて構える。弓矢を引いて溜めをつくり、矢の先端が蛇の顔のようになる。大きく口を開けて、放たれる瞬間を待ち望んでいるかのよう。


「……っ!? そんなことは、絶対にさせねぇっ!!」


 マルスは咄嗟に翅をはばたかせて、上へ上へと飛び上がった。


「来い! 炎を纏えッ! 【アグニール】!!」


 両方の脚跡の鎧クラストアーマーからそれぞれ一振りずつ、甲殻武装を取り出して両手に持つ。ぐっと握る力がこもっているのがわかる。そして、炎熱を纏わせることでそれは赤く、そして黄色く輝いた。


「おらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 マルスは接近しつつも、ヘラクスからある程度の距離を置く。両腕を右側斜め後ろへ引き、二振りの甲殻武装を斜め上へ振り上げた。

 その瞬間熱から炎へ、炎から焔へ。黄色に輝く焔とともに、二つの斬撃がヘラクスを襲う。


「っ……!? お前、なんのつもりだ?」

「……決まってんだろ、お前を止めるんだよ。この地底をお前らの好きにはさせねぇ!!」


 マルスは片方の手に持つ【アグニール】の切っ先をヘラクスに突きつけて、そのように言い放っていた。

 地底の底──村の中央から上を見上げて彼の戦友、エルファスは呟く。


「やっと、やっとだ……。俺たちの英雄ゆうしゃが帰ってきたんだ」


 その瞳は歓喜に彩られ、それとともに大きな安心感で包まれていた。

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