命の代償(前編)

「俺は、お前みたいな熱いのが苦手なんだ。墜ちろ……っ!」


 ヘラクスは金色の矢をマルスに向けて放つ。矢の先端は蛇のような顔をしていて、大きく口を開けている。

 口の大きさはマルスを丸呑みできるくらいで、刻一刻とマルスのもとへ迫っていた。


「薙ぎ払え……っ! 【アグニール】!!」


 マルスはヘラクスの放った矢を刀を交差させることで下側から受け止める。しかし、脚が地についていないために、踏ん張ることができなかった。

 翅だけの力で、矢を抑え込む。そんな過酷な状況だった。


「くっ……! こっちにも、意地があるんだよ! おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 翅をよりいっそう強く動かして、マルスは矢の進む向きを上へ変えてみせる。腕も節を上手く使って自分自身が攻撃を受けないように、マルスが下へ移動しながらの受け流し。

 そして矢は、天井を


「なッ!? 地上と、繋がった……!?」


 地底と地上を隔てる大地の壁を穿いて、大きな穴があく。

 そこから太陽の光が差し込み、あまりの眩しさにマルスは瞼を片手で覆ってしまった。


「戦闘中に余所見できる余裕があるのか? 隙だらけだぞ!」


 ヘラクスは壁に後腕二つと、脚二つをぴたりとくっつけていたが、片方の脚を離してマルスを横から蹴り飛ばす。


「ぐわぁ……っ!!」


 地底の内壁に叩きつけられて、岩が一部だけ窪む。マルスは痛む背中に力をいれて、踏ん張った。


「こんなところで……やられてたまるか!」

「大人しく寝ていればいいものを、何故折れない……?」


 マルスの身体は既にボロボロだ。

 脚跡の鎧クラストアーマーの周りにもかすり傷や引っ掻いたような切り傷があり、そこから血が滲んでいる。額も冷や汗をかいて、片腕でそれを拭う。


「そんなもん、決まってんだろ! アトラスに……俺の息子に、かっこいいところを見せる。それだけだ!!」

「ふん、親馬鹿が……っ!」

「親じゃなけりゃ、この気持ちは分からねぇだろうよ! さらに熱を……! 燃えろ!! 【アグニール】!」


 マルスは己の甲殻武装に更なる熱を纏わせて、両手を握りなおす。武器から漏れ出る高熱でマルスは勢いよく飛び上がった。

 熱気はマルスの身体を押し上げるほどで、翅の動きも相まって超加速となる。


 ──しかし、攻撃は届かなかった。


 突然、マルスの攻撃が弾かれる。それも何か硬い円盤のような板に。周りを囲む土壁というわけでもなく、それこそ全く別の──殻だった。


「【日食魔蟲第二使徒】岩石のコガネ。ヘラクス様、助太刀します!」


 それは盾だった。盾のついたレイピアというほうが正しいのかもしれない。レイピアの柄の外側には盾があり、刀身自体もとても鋭いように見える。


「このお方だけは、絶対にやらせません! 殻人族の皆さん、覚悟してくださいよ」


 周囲の温度が数度下がったような感覚。

 そして岩石のコガネと名乗った敵は長い金色の髪を靡かせてレイピアの先端をマルスへと向けた。



 ***



『なんだ、あれは? 眩しい……っ!』


 地底の民は天井から降り注ぐ眩い光に、目を細めるも、そのなかにいくつかの影があることに気がつく。


「あれは……父さん!?」


 ぽっかりと空いた空洞の壁には、全身が壁にめり込んだ満身創痍のマルスの姿が。マルスの手には【アグニール】が握られていて、指先が痺れているのか上手く握れていない。


「父さん! 父さん……!!」


 マルスは手から【アグニール】を落としてしまい、地の底に突き刺さる。

 そして、逆光の中に見えた父親の痛めつけられる姿に、アトラスはいてもたってもいられなくなった。

 そして、飛び込む覚悟を決めてのところへ向かった。


「ギンヤ! 力を貸してくれ!」

「っ!? おい、どうしたんだよ……アトラス?」

「父さんが……っ!」

「何だって!?」


 アトラスが向かったのは、ギンヤのところ。ギンヤはトンボの殻人族であるため、飛翔することができる。

 だからアトラスはギンヤを頼ったのだ。


「で、アトラス、俺は何をすればいいんだ?」

「一緒に戦ってくれ!」

「ま、まじかよ……。って、もう今更か。ところでアトラス、戦うんならあの二人も協力してもらえばいいんじゃねぇの?」


 ギンヤが思い浮かべた二人の殻人族──ヒメカとキマリはそれぞれ、『蔦を伸ばす能力』と『ものを鋭利にする能力』を持ち合わせている。

 だから彼女らの力があればより上手い連携が可能だった。


「いや、みんなは巻き込みたくないんだ。だからギンヤに頼んだんだよ」

「俺の意思は無視か!? ははっ、わかったよ。まあ、お前の気持ちもわからなくはないしな。俺とお前で……お前の父さんを助けるぞ!!」


 ギンヤは諦めたように、軽く笑ってから甲殻武装を引き抜く。

 目を細めて、空を見上げればマルスは穴の内壁でコガネに組みつかれており、その横でヘラクスは今にも矢から【オーラムエクリプス】を放とうとしていた。


「父さん……今からいくよ。頼んだギンヤ! 根源開放!!」

「ああ、もちろんだ! 我が身を映せ! 【ベクトシルヴァ】!!」


 アトラスはディラリスから教わった身体強化の手段で、黄緑色のオーラを纏う。ギンヤは自身の虚像を生み出して、分身する。

 アトラスは地面を蹴って、ギンヤは四枚の翅を交互に動かして、空高く飛び上がった。


「父さんを……離せぇぇぇぇぇぇ!!」


 限界に近い。マルスの肉体は身体中傷だらけ。

 ヘラクスは既に矢に力を溜め込んでいて、あとは放つだけの状態だった。


「来てくれ、【アトラスパーク】!! レギウスの武器の形に……っ!」


 かつて『マディブの森』でライバルとなったレギウスの甲殻武装は薙刀の姿をしている。

 アトラスは薙刀の形に甲殻武装を取り出して、回転するように手を動かす。

 その結果、ヘラクスの【オーラムエクリプス】を弓ごと弾くことに成功した。


「お前、何者だ? 薙刀使い……っ、俺の敵っ!!」


 弾かれた矢は力を失い、地底の遥か底へ落下してカランと音をたてた。自分の獲物を失ったヘラクスは横腹から再び甲殻武装を取り出そうと手を回す。


「俺はアトラス……マルスの息子だ!! お前は──!」

「ん? 俺のことか? いいだろう、教えてやる。俺の名は『日食魔蟲』ヘラクス。俺が最強の魔蟲だ」


 その姿は既に殻人族のものとは程遠く、腕が余計に増えている分醜悪な見た目だった。ヘラクスは前腕の先を下へ向けて、


「コガネ、下だ」

「かしこまりました」


 ──はあぁぁぁぁぁぁっ!!


 槍の大振り、それはギンヤの攻撃だ。

 槍はコガネのレイピアに弾かれて、軌道がわずかにずれる。しかし、コガネの左肩を貫くことに成功した。


「なんのこれしき」

「させるか……よっ!」


 コガネの刺突がギンヤへ迫った。自身の飛行能力と合わせて、攻撃を最小限の動きのみで回避。そして槍の先を、ヘラクスの喉元へ。


「させません!」


 壁面がせり出して、ギンヤの突きを防ぐ。

 第二の使徒、岩石のコガネが岩石を動かしたのだ。岩石に阻まれたギンヤは歯を食いしばって、落下。

 そして頬が、


 ──鏡の虚像だった。


 パリンと割れて、鏡の破片が本当のギンヤの場所を映す。しかし時は既に、遅い。

 ギンヤがいたのは空洞の中心部で、高さはヘラクスのいるところから少し高いところ。

 ギンヤは力を抜いて、背中から落下するような動きで、


「根源開放……!」


 ギンヤは黄緑色のオーラを纏う。そのまま落ちて、落ちていき、コガネを通り過ぎるその刹那。

 素早い突きがコガネの胸へ放たれた。


「アトラスの邪魔はさせない! はぁっ!!」

「くっ……!」


 突きはコガネの右肩付近を直撃。よろめいたコガネは後ろに重心が傾いてしまう。うめき声をもらし、コガネは壁に叩きつけられた。槍ごと括り付けられ、コガネは身動き一つとれなくなる。

 やがて、ギンヤは地の底スレスレで体勢を元に戻す。そしてギンヤは、呟いた。


「はぁぁぁぁぁ──っ!! なにアレ怖っわ! 生き残ったのが奇跡だったわ!」


 ギンヤは下のほうでじっとしながら、眩しい空を見上げる。


(アトラス、俺はやったからな! あとはお前がマルスさんを助けられるかどうかだぞ……!)

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