動いた身体
「っ……!?」
腰を落としたまま思わず後ずさってしまう。ニヤリと笑みを浮かべたハイネはゆっくりと歩をプリモのもとへ進めていく。プリモの恐怖心が限界まで達した瞬間、ハイネの表情が一変する。
顔の上には何も無い。何も感じられない。興味を失った
ハイネは杭の先をプリモの腹部めがけて射出する。咄嗟に腕を突き出し
「く……ぁ、かはぁ…………っ!!」
「っ、プリモ……ッ!!」
唾の中に血が混じる。痛いと訴える腹部から何かが込み上げて、プリモは吐き出した。
「レー、カ…………」
「プリ、モ……っ! うぅ、うぅううあぁぁぁぁぁ!!」
既にボロボロの身体に鞭打って、叫びとともに立ち上がる。そしてレーカは姿勢を低く落とした。
「そんな状態で、何ができる?」
「私は今できることをやる、それだけよッ!」
ハイネの台詞にレーカは自分の決意とも言えるものを吐き出すと、レーカは甲纏武装──【ヤタノムシヒメ】の
「さあ来い。目的の為、ここで叩く!」
「っ、はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
レーカは一度に血液を全身へと回し、一瞬の間に接近。ハイネの腕関節を狙った一撃を放つ。
しかし、関節部に到達する前に手首の装甲に阻まれてしまった。反対側の手刀で同じく狙うも、鋼鉄のような肉体に弾かれる。
二手、三手と繰り返すも、すべて弾き返されてしまう。
強いて言うならば、装甲の表面に傷がつくのがやっとだろうか。レーカの攻撃はハイネに届かない。
「くぅ……!」
またしても分厚い装甲に阻まれる。その硬さはクローゾの障壁と同等か、それ以上。頭の中で打開策を捻り出そうとも、戦いながら見つけるのは不可能だ。
ハイネの拳が頬をかすめ、杭の先が手首をそっと撫でる。二つのかすり傷ができるが、それも意に介さず、レーカは必死に手刀を薙ぐ。
「ふむ。まだまだ、甘いね。これは返すよ」
そう言ってハイネは手刀を
その瞬間、次なる一撃がレーカを襲った。
鮮血が舞う。
レーカのか細い身体は後ろへ倒れ、噎せ返るような咳と吐血。しかし外傷は見られない。
あの瞬間、ハイネの掌打がレーカの腹部に炸裂していたのだ。衝撃だけがレーカに届き、内側からダメージを与える。
ハイネの放った技──それは所謂、発勁と同質の一撃であった。
「これでチェックメイトさ。英雄の娘……」
甲殻武装、【メフィストクロウラー】を手に、杭の先をレーカへ向ける。何とか身体を動かして後退するも、移動できる距離は微々たるものだ。
そして遂に、杭は放たれた。
***
「──ネフテュス。お前の能力に硬直が付きまとうなら、その時間をどう活かすかだ」
先生に言われて俺は気がついた。
硬直の間を有効活用するよりも、どうにか硬直しないようにキープすることができれば、思い通りに戦えるかもしれないと。
その日から俺は来たるべき日に向けて準備を進めた。小手先の技術などではなく、真に蒸気の量をコントロールできるように。それが実現すれば硬直することは無くなる──。
そして、今。
幾度となく宿命に立ち向かっていった少女が窮地に陥っている。俺の身体はとうに限界を超えた。だが、
「レーカッ!!」
俺は叫んでいた。
全てのものがゆっくりと見える。思い切り脚を前へ踏み出し、距離を縮めた。俺はレーカの前に出て、
「……ッ!? ネフテュス!!」
悲鳴が聞こえた気がする。誰かの涙で頬が生暖かい。
気がついた時には身体が動いていて、俺はレーカをかばっていた。
***
あの戦いで窮地に陥った後、レーカはネフテュスにかばわれるという形で一命を取り留めた。しかし、ネフテュスも深い傷を負いハイネは無事である。
それからハイネはレーカへと迫り、甲殻武装を胸に突き立てようと──。
「ッ!? これは、脚が……動かないだと?」
脚元を確認すれば、
そして、ハイネが気づくよりも先に拳を叩き込む。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
レーカとの距離が開き、レーカの前で大きな背中を見せた。そしてレーカのほうへ振り向いて、伝える。
「レーカ、一度撤退するんだ。ここは俺たちに任せてくれ」
「そうよレーカ。ここは私たちに任せてくれないかしら」
ハイネの背後で脚を封じていたヒメカがレーカのもとへ近づく。手を差し出して引き上げると、ヒメカは思う存分レーカを抱き締めた。
「お父さん! お母さん!」
レーカが二人を嬉しそうに呼ぶと、アトラスの目が変わる。
「俺たちが一旦場を凌ぐから。レーカ、お前は次にハイネを倒す準備をするんだ。あの姿となったハイネは恐らく、お前じゃないと倒せない」
いくら甲殻武装を頑丈に強化しようとも、全身が鋼のように硬いハイネには届かない。希望があるとすれば、同じく殻人族という種から変化しつつあるレーカだけだろう。
だからアトラスは、レーカに逃げるよう伝えた。
そしてヒメカが蔦を伸ばし、結界──ハイネと自分たちを残し、周囲を蔦で覆い尽くす。
「お父さん! お母さん!」
レーカの叫びが、虚空に響く。
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