護る力と戦う力
「編入して早々に、決闘ですか……?」
「はい。私が担当していた時に編入希望者が二人いたのですが、何やらトラブルがあったようでして……決闘を申し込んだそうです」
「それなら仕方がありませんね。基本的に、生徒同士の問題は生徒たちに任せていますからね」
アトラスが手続きをした時の受付の者と、学校長がアトラスの入学早々のトラブルについて話し合っていた。
「決闘を承認します。少し時間はかかりますが、会場の設置を進めておいてくださいね」
最後はとても軽い口調で受付の者に伝える。どうやら、学校長も二人の編入生に興味があるようだ。そしてしばらくして、決闘が執り行われることとなる。
***
「ちゃんと来てくれたようね? 来ないのかと心配したわ……」
「知らなかったのは事実だ。それでも俺は故意じゃないことを証明してみせる!」
「そう。それなら良かったわ」
これから編入することとなる学び舎。しかもアトラスにとっては学校生活一日目の朝。アトラスとヒメカは、コロッセオと呼ばれる場所に脚をつけていた。これも木の中をくりぬかれて会場になっており、観客席のようなものが木の中に存在している。
天井はなく、ただただ青い空が見えていて、日差しがコロッセオの中を温める。
控えめに言っても、壮観だった。
そんな状況の中、アトラスとヒメカは向かい合いながら決闘開始の合図を待つ。
「それでは、決闘を始めます。準備は良いですか?」
「はい」
「俺も大丈夫です。」
「それでは始めます! 三、二、一……始めっ!!」
戦いの火蓋は切られた。
「来てくれ! 甲殻武装、アトラスパーク!!」
横腹の
それとともに、横腹の脚跡の鎧は消失した。
「来なさい! ローザスヴァイン!!」
ヒメカの横腹から脚のようなものが伸び、地面に突き刺さった。ヒメカは細剣──レイピアを引き抜く。レイピアは鈍く黒金のような光を灯す。硬さとしなやかさを併せ持つ刀身と柄の間には一本の枝があり、樹木のような印象も与えていた。
「行くわよ! はぁっ!!」
正面からの突きがアトラスを襲う。
──瞬間、刀身の付け根から
蔦はうねりをあげて、アトラスへ絡みつこうとする。
「はあっ!」
アトラスは蔦を剣撃で弾き飛ばして、くるっと一回転。そして、反撃。
「くっ……!」
ヒメカはステップで後方に避けて、再びアトラスを突こうとする。ヒメカの一撃はアトラスの前髪を靡かせるほどに速く、鋭い。
さらに、ヒメカは素早く地面を蹴ることで速度をさらに上げる。
「いくぜ……! 後悔するなよ」
アトラスはその正面からの突きを身体を捻ってかわし、横からヒメカの細剣をはじく。
「まだまだ!」
はじかれた細剣をすぐに手放して、ヒメカは足でアトラスの横腹へ蹴り上げた。
「うぐっ!」
アトラスが怯んでいるところで、ヒメカは自分の甲殻武装を握りなおす。姿勢を構えると、蔦を放射状に伸ばした。
──アトラスの逃げ場を塞ぐために。
それと同時にヒメカは突きの動作へと移る。
「これで終わりね。はぁっ!」
刀を握る手は突きの動作を受け止めるのに対して不十分。怯んでいたために力があまり入っていなかった。
──避ける手段もなければ、逃げ場もない。
そんなとき、時間なんてものがもとより存在しなかったかのように、一筋の閃光がアトラスの瞳を走り抜けて、
「いや、まだだ! 地上に出ていきなり罪人扱いとか。そんなの絶対に嫌だ……! 見るもの聞くものが全て新しいものなのに、何もできないなんて嫌に決まってる!」
この瞬間、アトラスは自分の甲殻武装に宿る
「なあ、アトラスパーク。やっと気がついたよ、お前の能力。刃がないのは
アトラスは自分自身の甲殻武装に語りかける。
「人を傷つけないため……いいや、誰かを護る。そのためなんだろう?」
すると、甲殻武装は強く発光した。
「今、俺に力を貸せ! アトラスパーク!!」
アトラスの言葉に感応するかのように刀は激しく明滅を繰り返す。
明滅がおさまると、アトラスの甲殻武装は形の存在しないものとなっていた。液体のような、それでも鏡のように光を反射する。
その見た目はさながら水銀のよう。
そしてそれが盾となり、ヒメカの突きを防ぐ。
「アトラス……貴方一体、何なのよそれは!?」
「これか? どうやら、これが俺の甲殻武装の能力みたいだ」
アトラスの顔には強い意思が宿っていた。
「まだ……っ!」
ヒメカは己の甲殻武装を一旦手元に引き戻して、くるっと一回転。身体を翻す。
そして二度目の突きがアトラスを襲う。
「俺の剣となれ! アトラスパーク」
アトラスはヒメカの攻撃に対して防御ではなく、反撃の姿勢に移る。
すると、アトラスの甲殻武装は形を変えて刀の姿に戻った。
「今度はこっちの番だ!」
アトラスは刀を左斜め下から右斜め上へ振り払う。
ヒメカはそれを細剣で受け止めるも、そのレイピアは横からの攻撃にめっぽう弱かった。斬る──というよりも、叩き折るといった形でヒメカの甲殻武装は刃の中ほどからぽっきりと折れてしまう。
そして甲殻武装が折れたということは、同時に激しい痛みがヒメカを襲うことを意味する。
「う、ぐ……っ!!」
ヒメカは辛そうなうめき声をあげて、倒れ伏した。
「そこまで!」
決闘の終わりを告げる審判の声がコロッセオに響き渡り、辺りが歓声に包まれる。
──つまり、アトラスの勝利だった。
***
「あなたは本当に何も知らなかったようね。まあ、だいたい分かってはいたけれど」
「俺こそ知らなかったとはいえ……は、裸を見てしまったのは間違いないから。ごめんなさい」
「っ!? いちいち言葉にしなくていいわよ!! 恥ずかしいから!」
ヒメカは顔を赤くして怒鳴った。
しかし、すぐに表情は一変することとなる。
その理由は言うまでもなく、アトラスの甲殻武装についてだ。聞いたこともない、未知の甲殻武装について。
「とっ、ところでアトラス、あなたの甲殻武装……あれは何なの!? 変形するものなんて、聞いたこともないわ!」
「俺に聞かれてもなぁ。元々、刃の部分がなくて何度も木の根に斬りつけては壊しての繰り返しだったよ。父さんの教えでこんな風に鍛練してたんだ。でも、そのときは変形なんてしなかった。能力が使えたのもあの決闘が初めてだし」
「え? 何度も壊す、ですって……!?」
「うん、そうだけど?」
ヒメカは何か恐ろしいものを見たような表情に変わった。
「何度も壊したって、まるで『日食魔蟲』みたいなことするわね……! 貴方の父親もそうだけれど、どうして『日食魔蟲』のようなことをするのか理解できないわ」
『日食魔蟲』はかつて、己の甲殻武装を壊すことで強くなったといわれているらしい。アトラスは魔蟲について存在は知っていたが、詳しいことは知らなかった。
「甲殻武装って壊すほどに強靭になるんじゃないの?」
「そんなのとっくに根拠が無いって否定されたわよ。実際にそれをやったのは『日食魔蟲』ぐらいだったしね。いくらなんでも、知らなすぎるわよ?」
「そうなのかな」
「その自覚も無さそうね。はぁ」
ヒメカはため息をついて、呆れたような顔をする。
(そんなに昔の話だったのか?)
どうやら、壊すほどに強くなるというのは迷信のようだ。とっくの昔に切り捨てられた手段らしい。
「うーん。根拠がないにしては、実際に強くなったのにな……!」
それでも、アトラスにとってこの事実は、迷信にしてはやけに現実味がありすぎる。それに加えて、父親のマルスも決して嘘をついている表情でもなかった。
マルスは普段、おちゃらけた気分屋のような一面がある。
それでも、あのときのマルスは自分自身の経験からものを言っているようにしかアトラスには見えなかったのだ。
「その顔は本当に迷信を信じていたようね」
「え、えっと……うん」
「アトラスはとんだ世間知らずね」
アトラスは力なく頷いた。
すると、思わずヒメカの口から更にため息がこぼれてしまう。
「昔は父さんたちと地中で暮らしてたから『森』にはかなり疎いんだと思う」
「はいはい、もうその冗談は聞き飽きたわ」
「いや、別に冗談を言ってる訳じゃ」
「そんなことより、そろそろ校舎に戻るわよ! ほら!」
そう言ってヒメカは己の右手を差し出した。
アトラスは流されるままに、その手を握った。
「それじゃあ行こう!」
「っ!? どうして手を繋がなくちゃいけないのよ!? 握手よ、握手!!」
「え、ああ! ごめん!」
「ま、まあいいわ。早く戻りましょ」
ヒメカは早口にまくし立てて、校舎へ向かう。アトラスもそれについて行くように、小走りでヒメカの後を追う。
──記念すべき学校生活の第一歩は、ヒメカと仲良くなることだった。
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