蜻蛉と蟷螂

「今日は皆に編入生を紹介したいと思います! 二人とも、入ってきて!」


 先生の言葉でヒメカとアトラスは多くあるうちの一つの教室──大樹の内部につくられた空洞ポケットに入る。


「さあ、二人とも! 自己紹介をして!」

「はい。私はヒメカといいます。馴れ馴れしくされるのは苦手なので程良く仲良くしてくださいね?」


 そう言って、ヒメカは隣にいるアトラスを横目で睨む。すると、アトラスは状況が理解できず──


「えっ!? 何、どういうこと!?」


 戸惑いの声をあげてしまった。


「……静かにしてよ! まだ私の自己紹介の最中なのよ!?」


 ヒメカは小声でアトラスを怒鳴るが、すぐに前を向いて自己紹介の続きをした。


「え、ええと……。このアトラスみたいに馴れ馴れしくなければ、是非仲良くしたいわ! よろしくお願いします!」

(え、ええっ!? 俺ってそんなに馴れ馴れしかったのか!?)


 反応に困ったアトラスは愛想笑いを顔面に貼りつけるほかない。無理に口の端を持ち上げているために、ぎこちないものとなっている。


「それじゃあ、こっちの君も挨拶をしてもらおうかな?」

「はい! さっき隣にいるヒメカにも言われた通り、俺はアトラスといいます。まだ森に来て間もないので、色々と教えてくれると嬉しいです! よろしくお願いします‼」


 アトラスは深くお辞儀をして、自己紹介を終えた。


『よろしくー‼』


 アトラスとヒメカのクラスメイトとなる者たちは明るくはきはきとした声で二人を歓迎する。


「よろしく!」


 アトラスも軽快な口調で返すと、先生の言葉が教室を支配した。


「二人の席は……そうだな、あの二つの席だな!」


 先生は大樹の外側に近い席二つを指差して言った。その二つの席は言うならば、〝窓際の席〟にあたる。

 ヒメカは一度アトラスのほうを見て、それから自分の席へ座った。アトラスもヒメカに倣って自分の席に着席する。


「改めて! 僕の名前はメアレーシといいます! アトラスとヒメカもよろしくね!」


 そうして先生──メアレーシはニカッと笑った。


「まず最初に……特にアトラスとヒメカに聞いておいてもらいたいことなんだけど、ここで学ぶことは主に三つある。基礎的な教養と甲殻武装クラストウェポンの扱い方、それと殻人族社会におけるルールだね」


 メアレーシは言葉を更に続ける。


「基礎的な教養と甲殻武装クラストウェポンの扱い方については授業でやることになってるんだけど、殻人族社会におけるルールは今のうちに色々な経験を積むのが一番だから、学校での生活で覚えるようにね! 分かったかな、二人とも?」

「はい!」

「分かりました!」


 アトラスとヒメカはそれぞれの反応で返した。


「それじゃあ今回が二人が編入してから初めての授業だから……少しゆっくりめで進めるからね? 皆もそれで大丈夫?」

『はい、大丈夫です!』

「うん、わかった! それじゃあこれから、授業を始めます。起立! 礼! 着席‼」


 メアレーシの合図で皆が一斉に立ち上がって、一礼をして再び着席する。


「うーん、授業の順番……どうしよう。そうだ! まずは甲殻武装クラストウェポンの扱い方からのほうが場も盛り上がるかな? だから外に移動するよ!」


 どうやらアトラスたちの記念すべき最初の授業は甲殻武装クラストウェポンについてのようだ。


「ええと、まず甲殻武装クラストウェポンについてだけど……取り敢えず皆甲殻武装クラストウェポンを取り出してもらえる?」


 メアレーシの言う通りに、皆が行動をとり始めた。


「来てくれ! 【アトラスパーク】‼」


 アトラスもそれに続いて己の甲殻武装クラストウェポン──【アトラスパーク】を出現させた。

 甲殻武装クラストウェポンを取り出したアトラスの横腹には当然のように脚跡の鎧クラストアーマーはなく、アトラスが甲殻武装クラストウェポンを出現させていることを裏付けている。

 アトラスの【アトラスパーク】は今まで通りに、刀の姿で現れていた。

 しかし、それもすぐに液体のような姿へと変化してアトラスの周りを浮遊する。


「ん! 不思議な甲殻武装クラストウェポン……!」


 ──アトラスの姿を見て、誰かがそう呟いた。


「さて、皆それぞれ違う甲殻武装クラストウェポンだけど、最初に言っておこうかな。実は甲殻武装クラストウェポンっていうのは根本的には同じものなんだ」


 メアレーシは自分の知っている事実を先に述べた。武器である甲殻武装クラストウェポンの扱いよりも先に、知識を学ぶのは至極当然のこと。


「どうしてだと思う? 皆、考えてみて!」


 アトラスもメアレーシの言葉に従って甲殻武装クラストウェポンについて考えを巡らせる。


(同じ、同じ? そういえば、取り出す前ってどれも同じ場所にあるような……! ということは!)


 アトラスの目は輝き出した。アトラスの様子に気がついたメアレーシは、アトラスに問いかけるように言う。


「おや? アトラスは何か分かったのかな?」

「ええと、合ってるかは分からないけど……いいですか?」

「それは勿論! チャレンジするだけでも良いから言ってみてよ!」


 メアレーシは大きく頷くと、顎をくいっと動かしてアトラスを催促する。


「俺たち、殻人族の祖先……ですか?」


 アトラスはそう予想を立てた。


「おおっ、正解だ! 僕たち殻人族という種族は今は誰よりも強い種だと思う。昔は土竜とか天敵がいたらしいけど、今はもう圧倒的に殻人族のほうが強いとされているんだ」


 メアレーシはそう言うと、己の甲殻武装クラストウェポンを取り出す。


「来い! 【アビスホーン】‼」


 メアレーシの甲殻武装クラストウェポンは──巨大な戦斧。

 メアレーシの容姿には全く似つかわしくないそれを、軽々と肩に担いでメアレーシは言った。


「でも、昔……僕たちの祖先はとても弱かったんだ。そんな中、祖先たちが少しずつ……本当に少しずつ身体を造り変えていったからこそ、今の僕たちになったんだ。このことを進化、と僕たちは呼んでいるよ。つまり、甲殻武装クラストウェポンは進化という現象の名残なんだ!」


 メアレーシは一度皆から距離をとって、その巨大な斧を振り回す。そして風圧を遥か遠くへ届かせるように斧を振った。


「まあ、そういう訳だ。皆も離れて甲殻武装クラストウェポンを使ってみてくれ!」

『はい!』


 アトラスも皆に倣って甲殻武装クラストウェポンを上から下へと振り下ろす。振り下ろした瞬間、吹き荒れる風がアトラスの前髪をなびかせた。


 ──その風は速く、そして重たい。


「うおっ……! なんだこれ!」

「やっぱり、不思議な甲殻武装クラストウェポン……」


 近くで甲殻武装クラストウェポンを扱っていた二人の殻人族の男女が目をつむり、腕で顔を覆っていた。


「お、お前! すっげーな‼ どうやったらこんなに重い風が吹くんだよ!」

「その甲殻武装クラストウェポンの力?」

「いや、これは父さんの稽古の賜物だよ。なんてったって、父さんは村一番の戦士だったんだからな!」


 アトラスは二人の言葉に優しい笑みで返す。

 しかし稽古の賜物、というだけでは収まらない。アトラスの努力あってこその力であることは、当の本人は全く自覚していないようだ。


「そうなのか! お前の父ちゃんがすごいんだな‼」

「いや、これは稽古以前の問題だと思うけど?」

「いや、父さんの稽古がなければきっと今ぐらいのことは出来なかったと思うよ。えっと……」


 アトラスは再び反応をしようとして、立ち止まる。話かけてくれた二人の名前が分からなかったのだ。


「あー、そういえばまだ言ってなかったな。俺はギンヤだ、よろしくな!」

「えっと、私は……キマリ。よろしく」


 ギンヤは細長い二対の羽を持っていて、髪はかなりトゲトゲとした鈍色にびいろ。そして甲殻武装クラストウェポンは槍の姿をしていた。そんな特徴を持つギンヤは蜻蛉の一種であるギンヤンマを祖先に持っている。

 また、キマリは手首から肘へ向かってブレードのようなものが突き出していて、髪はおかっぱ。中性的な容姿だが、制服はスカートだった。このことから雌の【殻人族】であることが見てとれる。

 甲殻武装クラストウェポンは鎌の姿をしていた。その特徴からキマリはオオカマキリを祖先に持つことが分かるだろう。

 ギンヤは槍を振り回して一通りの突きの動作をこなしてみると、能力を使ってギンヤの姿が二つに増えた。二人に増えたギンヤの動きは何から何まで、すべての動作が全く同じだ。揃って同じ突きを放つと、分身に罅が入って割れてしまった。

 キマリは鎌をどう動かせばよいのかを考えながらゆっくりと手を動かす。そこで能力を使ってみると、鎌の表面が光り、鎌の切れ味がより一層、鋭くなったように見える。


「それにしても、決闘のときも見てたけど……アトラスの甲殻武装クラストウェポンはどうして姿が変わるの?」


 キマリは鎌を動かしながら、アトラスに尋ねる。

 アトラスの甲殻武装クラストウェポンはやはりと言ってよいのか、皆にとって異様に映るようだ。


「ごめん、俺にもなんでか分からないんだ。一つ言えるのは、『何かを護る力』だってことだな!」

「護る、力……?」


 キマリは一旦、手を止めながらアトラスの話を聞く。


「そう。俺の【アトラスパーク】が教えてくれたんだ。自分の甲殻武装クラストウェポンの名前って、教えてくれるのは甲殻武装クラストウェポン自身でしょ?」

「……そうね」

「あの決闘のとき、俺の【アトラスパーク】が教えてくれたんだ!」

「……そうなんだ。やっぱり、すごい」


 少ししんみりとした口調でキマリはアトラスを褒めた。アトラスはキマリの表情までは前髪で隠れてしまったために窺い知れず、首を傾げている。

 そこへ丁度、メアレーシの声が響く。


「よし、そろそろ時間だね! 皆、授業もこれで終わりだから教室に戻るよ!」


 メアレーシの言葉でアトラスも皆も、教室のほうへ戻っていった。



 ***



 アトラスたちが大樹の中にある教室へ戻ると、アトラスはふと思い出したように呟く。


「腹減った……」


 ギンヤも自分の腹をさすりながら、


「そういえばそうだな! さっき体を動かしたせいか、すっかり腹がぺこぺこだぜ!」


 それでも、あと一回分の座学が残っている。


「あともう一回授業を受けたらご飯だろうし頑張ろうぜ!」

「うん! そうだな‼」


 アトラスは空腹感を顔に出さずに大きく頷いた。

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