蜘蛛人の楽園(後編)

「確か、あなたの名前はレインといったわよね?」

「ええ、そうよ」

「本当の名前はなに? さっきからこの子がうるさくて……」


 そう言って先ほど取り出していた甲殻武装──が格納された脚跡の鎧をニーオは撫でる。

 嘘を発見する。

 どうやらそれがニーオの能力らしい。


「っ!? まあ、いいわ。今はわけあって名前を変えているの。本当の名前はレーカよ。今はレインと呼んでくれると助かるわ」

「じゃあレイン! 私のお友達になって欲しいの!」

「は……」


 あまりにも直接的な物言いに頭が思考停止エラーを起こす。


「べ、別に構わないけれど……随分と真っ直ぐに言うわね」

「そう?」

「…………」


 レインは微妙な雰囲気に笑顔を貼り付けてその場をしのぐ。


「それと、隣の二人も名前を教えて」

「私は、ルリリ。よろしくね」

「ぷ、プリモよ!! よよよよよろしく頼むわ!」


 プリモにとって最初の異種族の友人の誕生に声がうわずさる。震えた手を差し出してニーオと握手。そしてレインはとルリリが「いつもの威勢はどうした」と言わんばかりの眼をプリモに向けた。




「じゃあ、今日は来てくれてありがとうね」


 ニーオは笑顔でそう笑顔で告げると、大きく手を振って見送った。話を弾ませた後、レイン達三人はいくつかの服を購入し、店を出る。土で固められた道を歩きながら、レインは二人に話題を投げた。


「プリモ、ルリリ。ニーオのこと、どう思う? 信用してもいいよね?」

「そうだね。私はあの子のこと……直情的でいいと思う」

「私はこの街の全員、信用に値すると思うわ!」

「プリモはそうかもしれないけど……」


 レインは若干呆れた表情で答える。レインには、心の中で巣食う懸念があった。それは『殻人族と殻魔族とが再び友好を結べるのか』ということ。ただでさえヘラクスとサタンの一件から交流はズタズタに引き裂かれ、実際に交流をしていなかった。

 もしも友好を結べれば心強い味方になると同時に、この街がブルメ、マディブ、タランの森に加え、第四の楽園として成長を遂げるかもしれない。そんな淡い期待もレインにはあった。


 ──今後のハイネとの戦いを見据えてここは何としてでも友好を結びたい。


 レインは強く思った。



 ***



 ニーオの店から数件離れたところに『それ』はあった。

 『それ』の煙突からは甘いような、爽やかな香りが立ち込めている。その香りが宿へ帰り際の三人の鼻をくすぐった。


「「「……っ!? これは」」」


 樹液と、樹液とは異なるもう一つの香りがする。三人のお腹が鳴るのはほぼ同時だった。


(ごくり……)


 誰かの喉が音を立てる。レイン達三人は香りのする方向へ足を運ぶと、そこにはちょうど小屋くらいの小さな飲食店があった。外装は街並みと同様だが、内装は違う。食べる席が見えなかったのだ。「立って食え」ということなのだろうか。

 恐る恐る、扉を開ける。


「いらっしゃいませ。おや、これはこれは、珍しくお客さんだねぇ」

「「「ははは……」」」


 苦笑する三人。女店主は彼女らの反応に目を細めると、やはりここにいる理由を尋ねた。


「あ、実は」

「──ぷぷっ! なんだいなんだい、ここの飯が気になって来てくれたんだねぇ!!」

「え、ええと、私たちは殻人族ですよ? 大丈夫なんですか?」


 ルリリは新たな質問で返す。すると一瞬真顔になった後、女店主は大爆笑した。


「なにを今更! 飯を求めて来てくれる者に善し悪しなんてないよ。客は客だ。にしてもあんた、面白いこと聞くねぇ。はははっ!」


 ある意味、当たり前のことで返されて顔を染めるルリリ。


「店主さん、ここのおすすめを頂戴!」

「はいよ。店の外で待ってな」


 食事を待てそうにないプリモは女店主におすすめのメニューを尋ねた。




 やがて出てきたものは様々なフルーツや樹液シロップ、いくらかの小さな昆虫とナッツ類を小麦由来の生地でくるんでこんがり焼いたものだった。サイズは手で握れるほどである。

 それは所謂、食べ歩き用のメニューだった。


「むッ……!? ふはっ…………!」

「プリモッ!?」


 プリモは早速それを一齧り。口の中で程よい甘味と歯ごたえがぶつかり合い、意識をノックアウトする。バタリと倒れるが、顔はとろけた表情であった。涎が口の端から顔を出す。


「うん、おいしい」

「あれ、これ中に虫入ってない!?」


 レインが驚愕する。プリモが倒れたのは中身のによるものだったのかもしれない。慣れない街でハプニング続きだったが、三人とも笑顔が光る。


 それからしばらく、三人は蜘蛛人の街を楽しく散策したのだった。

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