第三章

マディブのふたり

「今頃、あの子はどうしているだろうか……」


 マディブの地で、レギウスはブルメの学校に転校した少女に思いを馳せる。その横では、ファルがソファーに腰掛け、脚を組んでいた。


「フン、アタシには関係ないね。ここを出て行ったんだ。アタシらにも今、するべきことがあるだろう?」

「そうだね、ファル。でも、そこまで意地を張らなくてもいいんじゃないかな?」

「うっ、それは」


 ファルは言葉を詰まらせるが、レギウスはそれを暖かい目で見つめる。書類に目を通しながら、レギウスはファルに話しかけた。


「それに、噂程度の話だけど」

「ん? なんだ?」

「ハイネが圧力をかけているらしいんだ」

「圧力だぁ? たった一人が圧力をかけて何になるんだよ?」


 レギウスは、噂にしてはあまりにも馬鹿げている話を口にする。

 それはハイネが化け物へと変貌してしまったということ。そのためにブルメの皆が恐れているということ。


「な、に……っ!? そんなことが、本当に有り得るのか」

「いや、真実は俺にもわからない。でも噂で流れて来るくらいだ、何かしら似たことが起こっているんだろう」


 レギウスは簡単に憶測を口にする。ファルの頬に冷たい汗がツーッと流れた。その時、ドアをノックする音が響く。


「どうぞ。入ってくれ」

「はっ! 失礼します……でござる」

「なんだ、ミーゼンか」

「それは酷いでござるよファル様……」


 部屋に入ったミーゼンに小言を吐き出すファル。ファルのため息を見てミーゼンは凍りついたような表情を浮かべた。その反応を見てファルは微笑む。


「……冗談だ。で、要件はなんだ?」

「ええと、ファル様が目にかけていたあいつが帰ってきたんでござる」

「プリモが!? それは本当か!?」


 ミーゼンはゆっくりと頷き返す。レギウスもミーゼンのほうを振り返り、そして窓へ視線を向けた。


「そっか、どうやら噂は本当だったみたいだ」


 そう、呟きを残してレギウスはプリモのもとへ出向く。



 ***



「もう少しでマディブに到着するわね。レインとルリリはマディブに来たことはあるの?」

「いいえ、来たのは初めてよ」

「マディブは一度もないよ」


 プリモの質問にノーで返すレインとルリリ。それならばと、プリモは笑顔で話す。


「なら、おすすめの場所を沢山案内してあげるわ。覚悟しなさい?」

「う、うん……。楽しみにしておくわ」


 やけに自信満々なプリモ。レーカは若干、中身のほうに警戒しつつもこくりと頷いた。


 ──そして、マディブの森に到着。


「おおおおぉ……!」


 ルリリが街の様子に目を輝かせている。

 それもそうだろう。今のマディブは昔とは大きく違う。街の賑わいが異なるのだ。人々の喧騒はお祭り騒ぎでそらには提灯がたくさん登り、蛍が街を照らす。その中で笑い声が止むことはなく、住民の心と心の距離がとても近い。そんな楽園だ。


「すごいわよね。これも師匠の偉業なのよ」


 ふふん、と胸を張って上機嫌に語るプリモ。プリモの師、ファルは元魔蟲としての実力をこの居場所マディブのために惜しみなく使っていたのだ。

 街の中を散策して、遂にマディブの学校の中へ入る。


「やあ、久しぶりだね。プリモ」

「ふん、なんだ。もう根をあげたのかプリモ……いや、違うみたいだな」


 レギウスとファルが出迎える。プリモは一歩前に出て、声を張りあげた。


「ねえ! 帰ってきて早々だけど……お願いがあってここに来たの!!」

「お前がここに来て、大体の察しはついたよ。ハイネの噂だろう?」

「うん……。力を貸してもらえませんか? どうか、お願いします」


 プリモは必死に頭を下げる。目の下をくぐる汗が、地面にポタリと落ちた。


「ああ、もちろんだ。ハイネの奴は、アタシにも借りがあるからな。いいだろう? レギウス」

「いいよ、俺も久々に戦うから」


 レギウスもプリモの頼みを了承すると、腕を持ち上げて背中を伸ばす。短くため息を吐き出して、レギウスは更なる提案をプリモへ持ち掛ける。


「プリモ。それに、レーカとルリリも、聞いてくれるかな?」


 名前を呼ばれ、慌ててプリモに駆け寄る二人。


「俺からもう一つ提案だ。この後でタランに向かうのはどうだろう? それとその時に、二人を連れて行って欲しいんだ」

「二人?」


 プリモが首を傾げる。しかし背後から聞こえた声の主に、顔を大輪の花のように輝かせた。


「プリモ~! 久しぶり~!!」

「その声は、ミツハ! 久しぶりね……!」

「久しぶりだな、プリモ」

「ショウも久しぶり」


 再会の喜びを分かち合う横で、レインはレギウスに尋ねる。


「あの二人も連れていいんですか?」

「ああ、いいんだ。あの二人も寂しかっただろうし、なにより心強い味方になるだろう?」

「……はい!」


 レインは強く首を縦に振ると、空を見上げた。空を行く雲はちょうど、タランの方角へと流れている。レインは一瞬見えた不安を隠すと、プリモ、ミツハ、ショウ、そしてルリリへ目を向ける。


 やがて、虫は飛び立つ──。


「ファル! レギウス! 今まで、ありがとう。それじゃあ、いってくるね!」


 プリモは二人に挨拶を交わすと、ショウ、ミツハを連れてレインとともにタランへ向かう。賑やかな彼らの背中を見て、ファルは呟く。


「……寂しくなるな」

「うん、そうだね」


 レギウスはそっと頷き、分身ファルの肩の上に手を乗せる。心のどこかがいた感覚とともに笑顔を浮かべる二人。

 旅立つ瞬間が、なんとも嬉しかったのだ。



 ***



 そうして、ミツハとショウが仲間に加わり、これからレインたちはタランの森を目指すことになるのであった。

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