タランの暗雲

「えーっと、プリモはブルメにいたとき、どんなことをしていたんだ?」

「え、ええと」

「ブルメはどんなところだったんだ? 街並みは? 街灯は?」

「あ、あははは……」


 タランへ向かう道中、ショウは久々に再会したプリモに質問を連投していた。若干困惑した表情に気づくことなく質問を続けるショウにプリモは乾いた笑いをこぼした。


「ショウ。聞きたいのも分かるけど、一旦落ち着きましょう~」

「そうよショウ。プリモに嫌われてしまう、なんてこともあるかもしれないわよ?」

「なッ!?」


 ミツハが窘め、レインが冗談交じりに答える。その言葉を真に受けたショウは目を剝いた。どこからともなく、クスクスと笑い声が聞こえる。


「あらあら。ショウ、顔に出てるわよ~」

「ふーん、なるほどね。だいたい察したわ」


 前から顔見知りのミツハはともかく、レインはこの三人の関係性を悟った。暖かい日で覗き込んでくる二人に、ショウは困惑する。


「な、なんだよ? その顔は!?」

「いいや、なんでもないわよ? ねぇ、ミツハ?」

「そうそう、ショウの気にすることじゃないよ~」

「ぐぬぬ」


 ショウは何か不服そうだ。しかしそれ以上の文句を言うことはなかった。



 ついにタランの森に到着する。空を雲が覆い、もうじき雨が降りそうな空気だ。それに、住民の表情はとてもレインたちを歓迎しているようには見えない。


「これは、難しそうね……」

「うん。そうだね、レイン。ここにいる皆は、私たちを快く思ってないみたい」


 ルリリが頷く。

 ルリリが言うように、住民はレインたちから距離を置いている。ある者は家の中へ閉じこもり、窓からレインを覗く者もいた。いずれにしても、レインに対して否定的な態度に変わりはない。


「いきましょ、レイン。私たちにはやるべきことがあるでしょう?」

「ええ、そうね。皆、中央へ向かうわよ」


 進むにつれて街灯ホタルの灯りが強まり、幻想的な光景が広がる。対照的に住民の顔は見えなくなっていく。

 そう、が怖いのだ。誰もハイネの厄災を振り撒いてほしくはないのである。


「……これは、バレてるわね。今更だけどレイン、何故わざわざ名前を変えたの?」


 プリモはレインに尋ねた。この質問に対してレインは目を瞑り、首を横に振った。


「ううん、本当の理由はまだ言えないわ。ハイネを欺くためなんだから」


 そう、言葉を濁す。


「そっか。それなら、聞かないことにするわね」

「そう言ってもらえると助かるわ」


 レインとプリモは視線を交わすと、タランの街中を進む。その口元にはぎゅっと力が込められていた。



 ***



 タランの森、中央区──。

 活気づいていたはずの街は静まり返り、商店街を歩く影は少ない。

 レインは睨まれ続け心を痛めながらも、前に進んだ。

 目的地はレギウスの父親でもあるランドゥスの元。まずはそこで助力を得られなければ、レインの作戦は通用しない。

 だからこそ、ここで踏ん張らなければならなかった。ランドゥスのいるであろう建物のドアをそっと開ける。


「──騒ぎからお前たちが来ることは分かっていた」


 部屋の奥から声が聞こえた。年老いた老虫ろうじんがそこにはいたのだ。

 扉が開いたと同時にこちらを振り向きレインを睨む。

 

「レーカ……いや、今はレインだったか。お前は何を思ってここへ来た?」

「タランの方々の、助力を得るためです」


 レインは臆せずに答える。するとランドゥスは重い空気を纏わせた。


「……帰れ。タランの皆を、騒動に巻き込む訳にはいかん。その様子だと、レギウスを味方につけたのだろうが、こちらにも事情がある」

「事情、ですか? それはどのような?」


 すると、ランドゥスは己の過去を語り出す。


「まあ、いいだろう。その事情とは……かつて、私はハイネとともに仕事をしている時期があった。だからあいつの行動にも何かしらの理由があると思うのだよ」


 ランドゥスは言葉を続けた。


「だからハイネのことも信じてみたい。だからせめて、時間をくれないか?」

「……分かりました。こちらこそ突然の訪問、申し訳ありませんでした」

「時間をもらう代わりと言ってはなんだが、しばらくここに滞在していくといい。私が許そう」


 威厳に満ちた声でランドゥスは宣言する。


「それまでには答えを出そう。だから、頼んだぞ。お前たち……」


 レインたちは頷く。レインにはまだあと一つ、切り札となり得るものがある。ギンヤから渡された手紙はまだ取っておこうと思うレインであった。


 ──ギリギリまで、温存するのである。

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