活気の死んだ街
ランドゥスが答えを出すまでの間、レインはタランでいくらかの時を過ごしていた。案内された部屋に篭ってしばらく経過したが、ある時レインは突然口を開く。
「よし、街を見て回りましょう」
「さっきまでの話聞いてたレイン!?」
プリモが素っ頓狂な声を上げた。しかし、レインはその反応の答えとなるものを持っている。
「それは最もなことだと思うけれど、多分違うわ」
「レイン、どういうことよ?」
「何か考えてるの、レイン?」
プリモに続いてルリリも興味を示した。レインの握っている答え、それは──。
「街の変化を、実際に住民はどう考えているのか、知りたいと思って」
確かに都市の代表者が言うのと住民それぞれが言うことが同じなのかと問われれば、それは違う。もしかすれば大多数に反する──レイン達に対して好意的な印象を持つ者もいるかもしれないし、無関心な者もいるだろう。
だからその実態をまずは知りたいとレインは考えていた。
「なるほど」
ルリリは関心する。しかし、プリモは依然として白目のままだ。
「それで、本音は?」
「……ちょ、ちょこーっとだけ、街を見てみたいなと思って」
プリモはこめかみのあたりを押さえながら、背中を向けた。その仕草が、何やら考え事をしているようにも見える。
「わかった。行くわよレイン、ルリリ」
「うん!」
「わかった、了解」
「……俺とミツハは久々の長旅で疲れたからここで待ってるぜ」
一理ある考え方に、プリモは街を回ることに賛成した。そして彼女らはすぐに街中へ駆け出したのである。
***
「やっぱり、歓迎はされていないみたいね」
レインの口から思わず言葉が漏れる。すごく残念そうな表情になりながらも、街に棲む面々の顔をちらりと覗く。こっそりと観察していると、恐怖心や無関心を貫く姿勢がやはり多い。
しかし無関心そうに見えて、期待感を込める者も若干数いるようだった。レインは偶然目に留まった店のドアを開ける。
「……なんだ。お前たちに出す飯はねぇ。帰りな」
どうやら飲食店だったようで、店主が鬼のような形相でこちらを睨みつけていた。
「待ってください! 話を聞いてください」
「こっちから聞きたい話はねぇんだよ。さっさと帰れ」
これは入り込む隙がないと、そうレインは悟る。しかし続けなければ住民が振り向くチャンスは一向に訪れない。
「……次に行くわ」
「了解よ」
次に扉を開けた店は服屋だ。この店主も話を聞いてくれる様子はなく、無関心。または塩対応だ。住民が英雄の娘を押しのけてまで、平穏を望む姿勢は明らかに異常ともとれる。ハイネの力はそれほどまでに強大なのだろうか。
一抹の不安が脳裏をよぎる。
「うん、次に行きましょ。次」
三店目は薬屋。こちらも年老いた男が店主を務めており、シワの寄った目で睨まれる。
何度目かも分からない同じ対応に、レインの心は折れかけていた。
「レイン、大丈夫?」
「大丈夫よルリリ。それよりも、ハイネの暗躍を止めないと、行けないから」
「レイン、一旦休みましょうよ。いくら平気と言っても、目が平気って言ってないから、ね?」
「ええ、分かったわ」
レインは用意された部屋のほうへ一度戻る。しばらく心を休めた。
休む片手間、横になりながらレインはどうしてハイネにこれほどまでの影響力があるのか考えてみる。
ハイネは確かに強い。最近では異形ともよべる能力を手に入れたと聞いた。それでも、地上各地に棲む殻人族を恐れ、慄かせるには力不足だと思ってしまう。
いくら頭が良かろうが、力が足りなければこんな影響は与えられない。だとすればどのような要因があるのかレインは考える。
(まず一つは本当に強大な力を手に入れた場合だけど……これはクローゾとキースを取り込んだときよりも強くなったとして、あまり現実的ではないわね。あとは……)
レインが考えた別の要因──それは、大きな力を集落ごとにぶつける方法だ。それなら想像できないほどの力は必要なく、容易に民を支配できる。
それにもし皆が
「っ……」
ふと気がついて、身体を起こす。
苦虫を噛み潰したような表情で、レインの目が見開かれた。
「そう、そういうことだったのね」
ハイネはあえて街の活気を奪い、選択肢を狭める。そうすることで、タランの森を容易に支配下に置いていたのだろう。
怒りがふつふつと沸くが、まずはこの情報をランドゥスへ伝えなければならない。レインは直ぐに着替えて部屋を飛び出していった。
──街の意識を変えるには、まずその頂点に立つ者から変革していけばいい。
レインはランドゥスのいる執務室の扉をノックする。
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