蜘蛛人の楽園(前編)
「マルス、か。懐かしい名前だ……」
「では、あなたがたは……地底世界から生き延びたのですね」
「ああ」
男は頷く。遠い昔に思いを馳せながら、
「それじゃあマルスは、お前の……」
「ええ、その通り。マルスは私の祖父にあたります」
「そうだったのか」
男はレインの表情をじっと見る。そして一言。
「……その物怖じしなさそうな目は、アイツに良く似てるよ」
緊張の解けるように、ため息を吐き出す。褒めているのか呆れられているのかは分からないが、レインはとりあえず礼を述べる。
「ありがとうございます」
「褒めてねぇよ」
どうやら違ったらしい。
「アイツは初対面の頃から本ッ当に馴れ馴れしい奴でな、何度距離を置こうと考えたことか……! まあ、とにかくだ。アイツの孫娘とその友人なら歓迎しよう。宿、取っていくんだろ?」
レインは目をぱあっと輝かせると、大きく頷いた。
***
部屋を取り、客室のドアを開ける。内装も外観に似て、粘土質の土を固めたブロックで積み上げられ、壁が幾何学模様を描いているようだ。
「わぁ~これはすごい」
部屋の雰囲気にルリリがうっとりとした声を漏らす。規則的な模様がしっとりと落ち着いた印象を与える。
ルリリだけでなく、レインやプリモも部屋の暗い色合いに魅了されていた。
「レーカ、じゃなくてレイン。これからどうするの?」
「そうね。少しの間、ここで交流をしてみましょ」
「いいわね! それは名案よ!」
大きく反応したのは、プリモだ。確かに良い手段であると、プリモは思う。と、同時に興味本位な部分もあった。
プリモは殻魔族という種族に興味を持ったのだ。
「じゃあ、しばらくはここで生活することにするわ。ルリリもそれで大丈夫?」
「うん、私も大丈夫。それに……私も、話してみたい。あの
「了解よ!!」
しばらくの間、この街に滞在することに決定。プリモは眼を輝かせながら街の中へ繰り出して行った。
「「待ってよ、プリモ!」」
街はやはり焦げた土の赤茶と地面を固める黒色の土がモノトーンに近い印象を与えてくれる。その中でグレイのブラウスと黒のレギンス──髪色までモノトーンなレインは周囲に溶け込んだ。
ただでさえ視界を狭める霧の中であり、ルリリとプリモの目が自然とレインへ向かう。
周囲から奇異の目で見られながらも、街の中を気ままに進む。
「あれは……服屋ね!」
プリモの声、表情が興奮に彩られる。物怖じしないのか、ズカズカとドアに迫り、そして──ドアを開けた。
「レイン! ここにはどんな服が売ってるのかしらね! ほら、入りましょうよ!!」
「貴女方、店の前で大声をあげないでください!」
店の奥から怒声がプリモに浴びせられる。
「ひぃっ!?」
「なんです、か……貴女たち。その、腕…………!?」
店の奥にいた少女は腕四本。対してレインたちは腕二本。明らかに異なる腕の数に少女は顔を青ざめさせた。
「あ、いえ。私たち三人は殻人族で……殻魔族とは別の種族なんです」
「っ、貴女たちが私たちの居場所を奪った殻人族なのね? なら、許さない!!」
突然に横腹から太刀をを取り出して、目の前で構える。
「違う違う! 違うわよ! その殻人族は私たちの敵でもあったの。一旦落ち着きなさい!」
必死にプリモが弁明。少女は驚いた表情を見せた後、店の奥の椅子に腰をかけてプリモをじっと睨む。
「なら、何があったのか教えてくれない? 私、見ての通りの年齢だから何も知らないの」
少女は両手を軽く広げ、眉を
「そうね。なら私じゃなくてこっちのレインのほうが詳しいわ。レイン、お願い」
「ええ、もちろんよ。任せなさい?」
そしてレインは、アトラスから聞かされていた災厄の復活と【滅星魔蟲】を名乗ったサタン、裏で手を引くハイネ──それらに纏わることを話し始めた。
***
「……そっか、そうだったの。うぅ、うぅぅううぅぅぅ!! ぐすっ……!」
少女は涙を流しながら、同胞や命を落とした殻人族に思いを馳せた。涙脆いのか、タオルで目元を拭いながら号泣している。
「ぐすっ、ごめんなさい。疑って悪かったわ、私はニーオ。こんなで良ければ仲良くしてね」
「是非とも仲良くしたいわ。よろしくね」
横でプリモもルリリが何度も頷く。しかしレインは心の中で同胞が多数命を落としたことと、
──今になっては些細な事になりつつあるが、こんなことで争いになりたくはない。
そう、考えるのだ。
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