地図にない村
「ふぅ~。やっと出られたわね」
プリモは土の中から顔を出す。傍から見れば顔から下が土の中に埋まっているというなかなかにシュールな光景だが、誰にも察知されずにマディブに向かうにはベストな手段だった。
「っぷはぁ、やっと上に出れたわ……」
「うん、空気が美味しい気がする」
レインとルリリも地上に出て息を大きく吸う。そして辺りを見回すと、雑に茂った木々の中だった。きのこが足元に生えていたり、手入れの入った『森』や集落に比べると差し込む光は少ない。
ここからマディブの森まではそう遠くはないだろう。汚れたら衣服を脱ぎ去って、物陰で買っておいた服に着替える。
「「「ぷっ、はははははっ!!」」」
水面で姿を確認した三人はかなり似通った服装に思わず吹いてしまった。レインはグレイと黒のモノトーンなカラーリングとスタイルの良い身体が見事にマッチしている。ルリリも髪色とは反対にピンクのトップスだ。一見反対色にも見えるピンクは限りなく白に近く、桜の花弁に似ている。
そしてプリモは瞳の色に近い紺色の服に黒のレギンスだった。プリモのスラッと長い体型と暗い色で統一されたコーディネートはボーイッシュでクールな印象を与えてくれる。
「ルリリ。その服装……思いのほかピンクが似合ってるわね。とても可愛らしいわ」
「なっ! れ、レーカ!? じゃなくてレイン! 急にどうしたの!?」
「二人とも乳繰り合わないの。いつまでもそうしてるとここに置いて行くわよ?」
「「はーい」」
レインとルリリはスタスタと歩くプリモに小走りで追いつきながら、マディブの森がある方角を目指す。マディブまでの道のりは長いというわけではないが、雑木の中を進むために如何せん歩きづらい。広がった木の根に生えたきのこで転んでしまうかもしれない。地面を気にするくらいには、歩む道はでこぼこだった。
池で水分を補給し、顔を水で洗う。三人とも服が濡れないよう、手で水を掬っていた。
ひと休憩を終えると三人は再び歩き出す。それから数十分が過ぎた頃に、異変は訪れた。
「あれは……」
目の前に、村が見えるのだ。それもただの村とはいえない。視界に入った光景は各々の知識にない、土を固めたブロックで積み上げられた住居だったのだ。地底世界でもそのような住まいは見たこともない。
──別の言葉で置き換えるならば、それはレンガ住宅だった。そんな家がいくつも並んでいる。
「レイン、とりあえず入ってみましょ。なんとなくだけど、あの村に行っても大丈夫な気がするの」
「そうね、私も同じようなことを考えてたわ。ルリリは大丈夫?」
レインの問いに頷くルリリ。
三人は見たことも聞いたこともない、言うなれば『地図にない村』へと足を踏み入れたのだった。
***
村の中は霞がかったように薄暗い。街を歩く人影はあまり見えないが、影に目を凝らすと腕が四本あるように見える。そして背中の翅は見当たらなかった。
(四本の腕、聞いたことがある……!)
レーカはその特徴から、かつてアトラスから聞かされてきた殻魔族という種族──その生き残りが暮らしているのかもしれない、そのように考える。
「殻、魔族……?」
「レイン?」
思わず口に出た言葉にルリリが首を傾げた。レーカは咄嗟に首を横に振る。
「ううん、違うの。殻魔族っていう種族がいたという話を思い出しちゃって」
「じゃあその生き残りがここに棲んでいるのかな?」
レインはその可能性があると信じ、頷き返す。同時に話が通じれば、味方につけることも可能だろうと考えた。
「そっか。話ができるといいね」
「そうね」
しばらく街の中を散策していると、なにやら宿屋のような建物が視界に入る。周囲の建築物よりも二回りほど大きく、いくつかの部屋の窓が目視できた。
「……すみません。どなたかいらっしゃいますか?」
宿屋の扉を開ける。出入り口から見渡すと薄暗い部屋の中にぼんやりと
「…………」
「すみませーん!」
「っ、うおっ!? 誰だ──!? まさかお前、殻人族か?」
レインの大声に男が飛び起きた。
「はい、私たちは殻人族です。確か、殻魔族の方々はあの戦いでいなくなってしまったと聞いていたのですが」
男は傍に置かれていたジョッキの中身を飲み干して、声を荒げる。
「そう簡単にくたばってたまるか! 俺たちはまだ生きているぞ!! それよりもお前たち、あまりこの街に留まるな。殻人族がいても、いいことはないぞ」
遠回しに出ていけと、男は言っていた。そのニュアンスを聞き取って尚、レインは──レーカは祖父のことを尋ねてみる。
「では、その前に一つだけ。マルスという名前に聞き覚えはありませんか?」
「っ!?」
男の表情が、明らかに色を変えた。
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