第三章

慈愛の旋律

 ルリリたちは今、シロキの故郷で労働を強いられていた。過疎状態にある村は人手も当然少ない。村の周りで雑に生い茂った木々を伐採し、葉を整える。それから採取した資源を集落へと運び、一か所に集めた。そんな作業を繰り返して、退屈な時間を過ごす。


「これ、いつまで続けるんだろう……」


 ルリリの精神は疲弊しきっていた。冷たい汗が流れる。背中を湿らせながら、労働を繰り返す。


「うん、そうだね。いつまでこのままなの……」

「今の俺たちは何も行動するわけにはいかない。まず、シロキの真意を探らないとな」


 ロニの呟きにギンヤが返す。

 なぜ仲間だったはずのシロキが敵の手の中にあるのか。その心当たりはルリリが知っていたはずである。


「そうだ、あの時」


 全てを聞き取れてはいなかったが、シロキは確かに弱みを見せていた。


「先生」

「なんだ?」

「多分シロキは、助けを求めてる……と思う! 私、微かに聞こえたの」

「……そうか。なら、みんな。俺に考えがある。少しだけ聞いてくれ」


 一斉に耳を傾けるギンヤの教え子たち。そして彼らはある時点チャンスを境に、行動を開始することを決意する。




 時は丁度、薪を集落へ運ぶ途中。

 数の少ない住民たちが目を光らせる中、薪を地面に置いた途端に走り出す。全力疾走。必死にシロキの姿を探した。

 しかし、見つからない。というよりも、見つかる前に追手が迫り来ているのだ。言うまでもなく、それは住民である。


「はぁ、はぁ、はぁ!」


 息を切らしながら、ルリリたちは逃げ回った。

 数は少ないが、全員が虚ろなのに素早い。ルリリの思考に焦りが生じる。じりじりと照りつける太陽に精神諸共、焼かれているようだった。


「ルリリ、このままじゃジリ貧だ。お前たちはあっちを探せ!」

「……はい!!」


 ギンヤ、ネフテュスとルリリ、ロニの二手に分かれて、別々に行動を開始。ギンヤたちは村の外れのほうへ向かい、ルリリは村の中央部から反対側へと向かう。

 それによって村のすべてを探し尽くそうというわけだ。


(どこ、どこなの)


 ルリリはシロキに再会できることを願いつつ、数人の追手から逃走する。曲がり角を過ぎ、大通りらしき道に出た。


「なに、これ……!?」


 ルリリの表情は、蒼白そのもの。目の前の大通り──否、その跡地は沢山の露店が並んでいたのだろう、朽ちた木材が瓦礫のように積まれている。大樹が横に倒れ、見るも無残な光景。

 ルリリは衝動に駆り出されるまま、走り出した。その瓦礫一つ一つを確認していく。

 一箇所、気になる部分があった。そこは薪を売っていたらしく、丁寧に皮を剥き、乾燥させた木材が瓦礫の中に紛れている。


「──ルリリ。その残骸に触れるな。お前たちが触れていいものじゃない」

「っ!?」


 背後に、いた。

 殺気立った眼光でルリリを睨みつけている。


「シロキ! あなたはどうして!」


 後ろを振り返り、ルリリは叫ぶ。その問いにシロキはため息をついて、顔を一瞬下に向けた。そしてルリリのほうを見ながら口を開く。


「俺は、故郷をハイネに奪われたんだ。この場所を見れば分かるだろう? しかも、俺の両親はハイネの手の内にある」

「……っ。それで?」

「俺は、あいつハイネに従うしかなかったんだ!!」


 それがシロキの本心だった。故郷を亡くし、親を奪われ、一人で生きてきたのだ。話してくれたのは仲間と認めてくれているからだとルリリは信じる。

 しかし、どうにも歪な本心だと感じた。


「それならなんで、私たちに村を再興させるような作業をさせたの?」

「俺はこの村のみんなを失った。だから、取り戻したかったんだ。ハイネに言われていたのは、捕らえろってことだけだったから」

「……そうだったんだ。私と、同じなんだね」


 ルリリの反応にシロキの心が荒ぶる。ルリリは理解されるはずもないことを理解しているような物言いだった。そのことがシロキには許せない。


「お前に何が分かる!! 高名な親に信頼できる仲間、何もかももってるお前に!」

「私だって両親はいないの! 本当の、親は、いないの。本当よ……」


 ルリリは涙を浮かべながら強く想いを伝える。

 ルリリはレーカと出会い、最初こそシロキと同じコンプレックスをレーカにぶつけていた。今は乗り越えているが、レーカに会うまでは全く同じ弱さを持っていたのだ。

 だからルリリは、シロキを抱擁した。慈愛の旋律を奏でるように、シロキの背中を優しく撫でながら耳元で囁く。


「みんなを頼っていいんだよ、シロキ」


 ルリリの優しさに、シロキの押し込めていた感情が溢れだした。


「うぅ、うぅうぅぅうぅ……」


 大粒の涙を流し、シロキは号泣する。その様子を見て、ルリリも安堵してため息をついた。

 ──なぜなら、シロキは自分たちを信頼できる仲間だと思ってくれているのだから。

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