零距離の一閃
レーカは右手の太刀を強く、握りしめるとハイネに双眸を向けた。その瞳に映る感情は、怒と
「ハイネ、お前は殻人族の存続が危ういと嘆いていたわ。でもそれは違う! 多様化しているだけなのよ」
「っ、黙れ!!」
ハイネは立ち止まって激昂するが、それをレーカの言葉が塗り替える。
「確かに殻人族が多様化するのは破滅を生むかもしれない。でもそれならどうして、原生種から進化した私たちは
レーカの疑問。それは殻人族に至る過程で必ずあるはずの、世界の変化。
その革新は彼らに試練を与え、時に進化させる。
ハイネの目的が殻人族のあるべき姿に戻すことならば、レーカは伝えなければならないことがあった。
「──それに、どうして私はこんな姿なの……?」
「姿だと? 君の姿が一体なんだと言うんだ。そんなものは関係ない。現にそこにも、子を成していない
ギンヤを指差してハイネは叫ぶ。そして遂に、本心を吐き出した。
「今の殻人族は生産性にかけているッ!! だから俺は……この世界を淘汰する」
「なら私はこの世界と、私が私であることを証明するために……戦うわ」
レーカの持つ太刀が一層、青く輝く。瞬間、ハイネはレーカに接近する。
「はぁぁぁっ!」
するとレーカは【ムシヒメノツルギ】で空を一閃した。普通ならその一撃は空振りに終わり、斬撃は相手に届かない。
しかし、今のレーカは違っていた。この
指の先の先、直線空間を硬化して剣としていた
今は間合いを無視して斬撃を届けることができる。レーカの想いを乗せた一撃が、ハイネに直撃した。
「ぐぅ……ッ!?」
零距離の一閃。
その一振りで大地は割れ、鋼の肉体に亀裂を入れる。ハイネは咄嗟に腕でガードするも、肘のあたりに切り傷が入った。傷跡からは黄緑色の血液が滲んでいる。
遂に、明確なダメージが入った。この事実にハイネは驚愕し、レーカたちに戦いの勢いが回ってくる。
ギロリ、とハイネは視線を鋭く睨み付けた。ハイネは接近戦に持ち込むことができないという状況を強いられている。
これでは鋼の肉体も意味を成さないか、それに等しい。
「はぁッ!!」
垂直に一閃。大地を割るかの如く地面は鳴り響き、斬撃がハイネに迫る。白刃取りの要領でハイネは攻撃を防ごうとするが、これは防げないと悟ったのかすぐ横へステップして回避。
それを見据えたようにレーカは横薙ぎに振り払った。
「くぅゥゥ……!!」
腹部関節を捻り、通常では有り得ない軌道で宙を回転する。脚は上へ跳ね上がり、斬撃を見事に躱していた。
「君の一撃は確かに強い。しかしねレーカ、距離が関係ないからといって、何になるんだ?」
腕を振り払うモーションの一つでハイネは攻撃を予測し、それを避けることができる。レーカに距離的なリーチがあれど、これでは決め手に欠けてしまう。
しかしそれはハイネも同様。
接近は不可能な上、自慢の甲殻武装も、レーカの元へ到達する前に斬られて終わりだ。そこでハイネは思案する。
「ふむ。そうだな」
甲殻武装のスパイクから空気を噴射し、地面に突き刺した。そのままスパイクは地中を進み、時には向きを変える。
そしてハイネはレーカに接近した。レーカは下に潜らせたスパイク諸共、縦に斬り落とそうと剣を振るう。
──しかしそれは、叶わない。
「ふっ……背後に注意ぐらいしておけよ? じゃないと思わずスパイクが突き刺さってしまう」
「ぐっ……あぁっ!!」
レーカの太もものあたりにスパイクが突き刺さっている。鎖のもとを目線で辿れど、地面へ繋がってはいない。
恐らく地中へ潜ったスパイクは斬ることができていただろう。ただ、地上に出ているスパイクを斬り落とせてはいなかったのだ。
ハイネの接近と同時に射出された棘。その瞬間を把握出来たとしても、回避は間に合わない。地面スレスレを飛んだ棘は、見事レーカの太ももに命中していた。
(痛ぅ……! このままじゃ、勝てない!)
恐る恐る周囲へ視線を巡らす。
プリモは気絶、ロニとネフテュスは立ち上がるので精一杯なほど、無数の擦り傷があった。
ギンヤは全身に打撲痕があり、目は閉じられている。
ルリリは顔が下を向いていて、その表情は窺えない。今、アトラスとヒメカに助けを求めれば、その間に隙が生まれてしまう。
それに大見得切った手前、今更助けを求めるなんてことは絶対にしたくなかった。
絶体絶命。
この戦いに勝てる可能性はゼロに近くなりつつある。跳躍の軸となる太ももも痛みで自在に動かせるとは言い難い。
──そんな時、誰かの怒鳴り声がレーカの耳に響き渡った。
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