黎明(後編)
胸に槍が刺さって尚、出血は確認されない。しかし、刃が刺さった痕跡はある。分厚い外骨格の丁度中間あたりまでしか、攻撃が届かなかったとでも言うのだろうか。レーカ達とは異なり、戦いに不慣れな者であれば確実に戦意を消失していたことだろう。
今、目の前の存在はそれほどに強大だ。大きな知力とありとあらゆる攻撃を跳ね返す
それをカバーするかのように、プリモも位置を変えてレーカに目配せ。レーカが頷いたと同時に巨大な斧で周囲一帯を一閃する。レーカは体勢を低くして攻撃の範囲から脱出しつつ、脚をハイネの腕に絡めて捻ってそのまま横に飛ぶ。その後、プリモの大振りな一撃がハイネの胸板を穿つべく迫り来る。
土煙が舞う。視界を塞ぐ煙が晴れると、ハイネのその姿を捉えた。胸の傷は確かに深くなった気がする。しかし、依然として出血は来たさなかった。
ハイネは着地後のレーカを狙い、素手で足首を捕まえると、遠心力に乗せて遠くへ投げる。
「ぅ、く、っあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
レーカが壁に打ちつけられたのを確認するとすぐに、視線はプリモへと向けられた。
プリモは思わず唇を噛み、次の攻撃を読む。攻撃の手を何本か残し、あとは防御に回すつもりで触手を変形させた。左腕を前方へ出し、右腕を後方で構える。
「ほう……」
ハイネは一呼吸の間に距離を詰めて、プリモを殴り飛ばす。衝撃は触手を伝って左腕へと響いた。腕の表面に無数の打撲傷のようなものが現れ、激しく痛む。
「くっ!? ぁ……!」
触手は罅割れて、左腕は使い物にならない。形容し難い痛みに喘ぐも、プリモの双眸は依然として態度を変えない。
「まだやる気か、まったく。自分の立ち位置を把握していただろうに。実力差を考えずに動くなんて……これだから殻人族は駄目なんだ」
プリモの視界から外れつつ、ハイネはプリモの痛々しい腕の傷を蹴り飛ばした。
「っくぁ……ッ!!」
歯をぎりりと食いしばって、必死に痛みをこらえる。おそらく腕が折れているのだろう、プリモの傷の周囲には血液の緑色が浮いて見える。涙なのか鼻水なのか分からない、苦しさを象徴する液体が地面を濡らした。
「プリモに、手を……出さないでッ!!」
満身創痍の身体でレーカが戦闘に復帰した頃には、プリモの腕は危険信号を鳴らしていた。その光景は戦意を奪うことさえ可能なくらい、見るも無残なものだった。
だがこの瞬間も、姿を見せていない男がいる。
「ッは、そう来ると思っていたよ。ギンヤ」
「悪ぃな。どうせなら次世代の奴らに任せたかったが、これ以上お前の好き勝手にさせる訳にはいかねぇんだ」
光の屈折によって姿をくらませたギンヤの一撃をハイネは手首で受け止めた。しかし腕はがくがくと、石と石をぶつけ合うかのごとく震えている。激突はやがて反発を生み、隙間が空く。
その隙をハイネが見逃すはずもなく、拳を繰り出した。
「だろうと思ったよ、ハイネッ!」
当然、ギンヤもハイネの行動を予想している。だから、迫り来る拳を槍のリーチを活かして、上から叩き落とした。そのまま腕を地面に押さえつける。
しっかりと腕の上に槍の穂先が触れたのを確認すると、冷気を纏う──。
「【幻氷開放】……!」
その瞬間、周囲の温度が数度下がる。それに伴い動きが鈍っていく。ギンヤは脚を地面から離し、宙に浮かせる。浮いた脚を百八十度回転させる勢いで、ハイネを蹴り飛ばす。
今なら腕で受け止めることも不可能、勢いを相殺することは叶わない。
「ぐぅぅぅううううう!!」
脚を引きずりつつ、後方へ吹き飛ぶ。踏みとどまったハイネとの距離はおおよそ十メートルほど。一気に加速し、間合いを詰める。ハイネの胸板についた傷痕を目掛け、槍を突き刺した。
「やはり、狙ってくるか」
ハイネは槍の柄を捕まえようと手を伸ばすも、ギンヤは華麗な手捌きで槍の穂先を地に突き立て棒幅跳びの要領で跳躍。ハイネの背後へ回る。そして放たれる鋭い蹴り。リーチの長さを上手い事利用して、戦いを優勢に進めていた。
そこに満身創痍のルリリが光弾を放つ。何度かに分けて撃たれるのは鋼の肉体を持つハイネにとっては邪魔以外の何者でもない。
「くっ、邪魔だな。そんなもの、こうしてやる」
ハイネは真横へ飛び、宙を踊る。時には回転をつけることで光の弾丸を回避するが、その着地点をギンヤに狙われてしまった。
「ちィ……ッ!」
ギンヤの脚首を掴み、ぐるりと捻る。だらりと力の抜けた脚先を持ちながらハイネは何度も地面に叩きつけた。
「がぁっ! あぁぁぁぁ!!」
「せ、先生!」
「他者の心配をする暇があるのか? はっ、余裕だね」
ハイネは強引に接近し、ルリリの手首を捻り上げる。そしてそのまま、遠心力の向くままに投げ飛ばした。
「っあああぁぁぁぁぁ!!」
ルリリの身体は背中から接地して、若干上に跳ねる。その様子を見たレーカはなんとか立ち上がり、
「ッ!? ルリリ……!?」
薄らと霞む意識の中突然、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。
その感情はやがて渦を巻き、カタチとなる。その右手には、真っ直ぐに伸びた太刀が握られていた。
──【
新たな
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