第六章

黎明(前編)

 ──歩きながら、意味を考える。

 何故、昆虫は人の姿へと至ったのか。

 何故、昆虫のみならず他の節足動物が同じ進化をしているのか。


 蜘蛛人の集落に滞在することで気づくことができたと、レーカは思う。そして何故、自身が甲殻武装を持たないのか。

 その意味が漸く解った。


「レーカ」

「うん、わかってるわよ。ルリリ……。お父さんたちが戦ってるんだから」

「そうだね、急ごう!」


 レーカ、ルリリに加えて、ネフテュス、ロニ、シロキ、プリモ、そしてギンヤが横に並ぶ。まっすぐに、ブルメへと進行する。やがて見えてくるのは蔦で覆われた巨大な結界。


 蔦の網。その目の前で、一斉に甲殻武装を引き抜く。


「お願い、【ブルームスター】!!」

「いくぞ。【テトラポセイドス】……!」

「現れて。【ローゼンゴルドー】!」

「いこう、【バセトラボーン】!」

「来なさい、【プレモスフィーガ】!!」

「姿を現せ【ベクトシルヴァ】!」


 一致団結。能力が実体へと変わり、結界を破壊するべく動き出す。同時にレーカも手先を硬化させ、壁の先を見つめた。


「……【ヤタノムシヒメ】ッ!!」


 手の甲──その先の延長線上を一振の大剣に見立て、硬化させる。彼らは各々が持つ攻撃を繰り出した。

 レーカが蔦の壁を縦に一刀両断したことを皮切りに、光球を射ち出し、斬撃を一閃。複数回にも及ぶ攻撃や槍の投擲。

 次第に蔦はボロボロと崩れ、終いには大きな穴を穿った。


「やっと来たか」

「待ってたわよ、レーカ」

「お父さん、お母さん。今まで本当にありがとう。二人は下がっていて。ここからは、私がやるわ!」


 レーカの声が響く。アトラスとヒメカの他にレーカを睨む双眸はもう一つあった。


「っ!? やはりこうなるのか。全く、忌々しいぜ」

「待たせたわね、ハイネ」


 アトラスとヒメカは後方へ下がり、レーカ達七人が前へ出る。レーカの低い声が、ハイネへ向けられた。


「貴方はどうして、世界を滅ぼそうとするのか。それから、どうして私に固執するのか。その答えが漸く解ったわ。だから私は……お前を止めるッ!!」

「…………フッ!!」


 ハイネの口元が醜く歪んだ。距離を縮め、右フックの要領でレーカの鳩尾を狙う。


「いくら強くなっても、そういうところは変わらないんだね……ッ」


 それでもハイネは一切動じていない。視界に映るレーカは青白い光を身にまとったような姿で、拳を片手で受け止めていた。

 瞬間、レーカはハイネの二の腕を掴んだ。そしてそのまま背負い投げ。

 鈍い感触がレーカの手に伝わるがそれでも決して油断は出来ない。勢い良く頭から地面に落ちたにも関わらず、肩を鳴らしながらハイネは起き上がった。「ああ、やはりか」といった表情でレーカの口元が強ばる。


「勇者の家系のくせに油断ならないねぇ。本当に、どっかの甘ったれとは程遠い」

「それはこっちのセリフよハイネ」


 レーカは手先を硬化させ、横に一閃。一帯を包んでいた蔦の壁が丸ごと切り落とされる中、ハイネはその強靭な肉体でけろりとしている。


「今だよ、皆!!」


 その合図が契機となって、レーカが一歩下がると同時に一人の影がハイネへ肉薄した。軽く脚を踏み出し、空中で血流を加速させる。そして──。


「いくぜ、【天蒸開放】!!」


 瞬間、甲殻武装の噴出口から橙の蒸気が火を噴く。瞬発力を向上させ、ハイネの胸板にザクリ、と傷をつけた。

 すると直ぐにネフテュスはハイネから距離を取る。


「この……ッ、よくもやってくれたね」


 ハイネの眉間に皺が寄った気がした。距離をとったハイネに更なる追撃が迫る。ロニの黄金に輝く大剣。それを上段から振り切る。咄嗟に腕で弾くも、やはり衝撃と痛みまでは殺せない。ロニを蹴り飛ばしつつ、そのまま踏み台にしてハイネは空高く跳躍する。


「ほぅ……まさか、君まで俺を阻むのかいシロキ?」


 ハイネと同じ瞬間とき、共に地を蹴っていたのだ。ハイネの頭上から斧が迫り来る。綺麗な放物線を描いて、途中で軌道は歪む。斧を弾かれたと理解した瞬間、腹部に鈍痛が走る。


「でもまあ、仕方がない」

「ッ!? ぅ……ッ!!」


 腹部が凹むくらいの鋭い一撃に鎧は砕け、シロキの身体はぼろ雑巾の如く吹き飛んだ。


「シロ、キ……!」


 シロキの身体はルリリの真横を通り抜けて、後方で動きを止めた。声にならない叫びがルリリの口から零れる。

 その瞬間、ルリリは走り出していた。甲殻武装の能力──光球を操りながら、剣を振り切ると同時にそれをぶつける。

 しかし、そのどれもがハイネの肉体を傷つけるに至らない。自慢の剣も、分厚い装甲に傷一つ付けることすら叶わない。手で押し返されてしまい、ハイネはルリリの喉元を掴み上げた。殻魔族たちの想いを乗せた防具の、軋む音がする。


「ぃや、ぁ……」


 呼吸が思うように行えず、ルリリの口から呻きが漏れた。喉元を掴むハイネの腕とルリリの口元の隙間を縫うように、漆黒の斧が振り下ろされる。ハイネはルリリを手放し、数センチ程の隙間を空けた。


「ルリリはやらせないわ! 行くわよ【プレモスフィーガ】!」


 手甲の先。それぞれの指に対応する形で、伸長した触手が武器を形づくる。複数の刃を以て、横薙ぎの一閃を見舞う。ハイネは飛び上がると、斜め横に回転しつつ斬撃を避ける。プリモの側面へと回り、手刀を薙ぐ。


「そう来ると思っていたわ」


 プリモは第六の刃──肘付近の孔から髪色と同じ橙の触手を伸ばした。それは瞬く間に槍の姿となり、ハイネを穿つ。


「っ!? まさか、その能力がここまでとはね……想像以上だよ」


 胸の中央に突き刺さった槍を素手で引き抜くと、ハイネは悪態ついた。

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