死した戦士の祝福

 殻魔族たちが生活する集落の一角。木製の看板に『修理屋』の文字が掘られた小さな店。そこは異様な光景で満ちていた。魔殻武装──蜘蛛人の武器ではなく、木製の槌やのこぎりを振るう一人の男。男が打ち付けているのは金属でも樹皮でも、ゴムの類でもない。


 亡骸なきがらだ。

 それも昆虫の亡骸ではない。既に死亡している殻魔族の遺体だ。


「これが上手くいけば、少しはこいつらも報われるに違いない。な、そうだろ……みんな」


 鍛冶師のような作業を繰り返すこの男。かつては地底を棲み処にしていた頃、一族の長であるゼアカに仕えていた。『日食魔蟲』ヘラクスが乗り移った状態でも尚、傍にいたために、ヘラクスの配下として戦ったイロハやコガネのことも当然ながら知っている。

 サタンやハイネに復讐心を燃やすも自分自身には戦う力がない。持っているのは物を加工する器用さくらいだろうか。




 ──ある日のことだ。


 ハイネと戦った殻人族たちがこの地を訪れたという知らせが男の耳にも届いた。その情報は正直、嬉しいとは思わなかった。勿論、男もハイネが暗躍し続けていることは知っているが、だからといって全て受け入れられる寛容な心は持ち合わせていなかったのである。

 どうせ滞在するのは数日だけ。そう括って、ただただ無関心を貫いた。


 それからさらに数日が経過して、男のもとに客として訪れた。


「すみません。こちらにユーレイルという方はいらっしゃいますか?」

「殻人族が俺になんの用だ? 頼むから帰ってくれ」

「──せめて話だけでも、聞いてはくれないか?」


 店のドアを軽く開けたまま、客は穏やかな表情を見せる。銀を水の底に沈めたような髪に琥珀色の瞳。何より特徴的な楕円状の四枚翅。

 男、ユーレイルは目を見開いた。噂を耳にしたに過ぎないが、目前の男は『あの戦い』の渦中にいた──後に英雄と認められたその一人だと。


「そうか、お前がギンヤか。部屋を片付けてくる。少しそこで待っててくれ」


 ばつの悪そうな顔で、ユーレイルは一度ドアを閉めた。



 ***



「それで、いったい何の要件だ? 生憎、俺は依頼で忙しくてな。正直なところ、直ぐに帰って欲しいと思っている」


 まっすぐな目でユーレイルは話す。こぼれた本音もギンヤに本心で話してもらうための布石だ。


「俺たちに、防具を作って欲しい」

「っ!? お前、言ってる意味が分かって言ってるのか!? それは──」

「ああ、意味は理解しているつもりだ」


 攻撃から身を守るための消耗品を作れという意味と同義である。ふつふつと込み上げる怒りをどうにか押し殺して、ギンヤの次の言葉を待つ。


「俺たちはハイネと戦わなければならない。でも、被害を受けた殻魔族たちも、同時に戦うべきだと考えている。それは戦いの強要じゃなくて、お前らの問題のすべてを自力で解決しないといけないと思っているからだ」


 ギンヤの言葉に耳を傾けていると、ユーレイルははっと驚いた。ギンヤは浅はかな理由で依頼した訳ではない。

 殻魔族にも己の問題に真摯に向き合ってほしいという意味を込めて。


「まあ、なんだ。要は、そのまま逃げてるだけでいいのか? ユーレイル、お前は地底でのあの戦いを見ていたんだろう? 本当にそのままでいいのか?」


 ギンヤの目つきが一変、威圧するような目でユーレイルを睨んだ。視線が一度、横へ向く。

 そして、視線を正面へと戻す。


「……はぁ、わかったわかった。確かにこのまま逃げてるだけなのは癪だ。俺も協力させてもらう」


 表情も今までとは明らかに異なり、未来を見つめるような──使命感とも呼べる感情が現れていた。




 そして現在に至る。


 ユーレイルは仲間の魂を込める意味合いで同胞の装甲、その一部を防具に組み込む。基材は機動力を奪わないよう木板を積層したもので構成し、その上に意匠として装甲を取り付ける。そして、革紐で組み立てていく。


「これがあと何人分だ? 慣れない作業だが、悪い気分じゃない」


 ユーレイルの口から思わず零れた感情。

 死んでいった仲間を想うと心が温かくて、悲しみを中和させてくれる。そんな歓喜の情に口元を綻ばせながら、ユーレイルは作業し続けた。




「できたぞギンヤ、依頼の品だ。それと、悪かった……」


 まずは完成した防具を並べ、ギンヤに確認をとる。その後、ユーレイルは初対面の時の態度を謝罪した。


「ああ、それは全然いいんだ。むしろ……こちらこそ急に訪問して悪かったな。あの戦いを見ていたんじゃあ、そりゃ嫌な気分になっても仕方がない、よな」


 次はギンヤが頭を下げた。態度が高圧的だったかもしれない、物言いが傲慢だったかもしれないと、ギンヤは羞恥心を覚える。

 でも不思議なことに、今の会話でどこか振り切れたようだ。お互いに笑顔を向けている。


「じゃあまた今度、受け取りに来るから。その時はよろしくな」

「って、おい! これはどうするんだ──」


 そう言ってギンヤは店を後にした。その背中を見てユーレイルは一言。


「ったく。やっぱりあいつ、俺の苦手な性格だ」



 ***



 それから数日が流れ、出立の瞬間が訪れた。


「ショウ、ミツハ。二人はここで待ってて」

「ちょっ、話が違うぞ!? 俺たちも協力するんじゃなかったのか?」

「そうよ……どうしてプリモだけなの?」


 二人の質問にプリモはすぐに答える。


「どうしても待ってて欲しいの。私の居場所を守ってて欲しいのよ……お願い」


 プリモの仲間の輪。もし負けたとして、その全てを失うのはあまりにも辛いことだ。どうせなら勝っても負けても、繋がりが残っていて欲しい。そんな想いで、プリモは伝える。

 真摯な言葉に二人は頷くと、一歩後ろへ下がった。


「レーカ、ルリリ。行ってらっしゃい。……気を付けてね」


 ニーオが声援を送る。そして、ニーオの目線の先には木の層を重ねた特注品の防具。黄土色の木目はみっちりと詰まっており、とても丈夫そうだ。


「うん、行ってくるよ。皆さん、ありがとうございました!」

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