遠い破滅

 ロニはプリモに挑むことで、互いに高め合うことが出来ないかと考えていた。一度に大ダメージを与えられるプリモの甲殻武装とダメージを受けた分だけ攻撃力が上昇するロニの甲殻武装。ロニを戦闘不能になるまで追い込むことができればプリモの勝ちであるが、倒し損ねればプリモに待っているのは敗北の二文字。

 ロニは勝つか負けるか、ギリギリの戦いを繰り返せば強くなれると考えたのだ。無論、それはプリモも同様。極限状態でこそ、思考が真にクリアになる。


「了解よ。その決闘、受けて立つわ」

「……ありがとう。本当に、ありがとう」


 模擬戦の準備をして、プリモとロニは立ち会う。互いに武器を取り、背中合わせに立つ。


「あの木の実が落ちた瞬間を合図にするでどうかな?」

「いいわ」


 そう言ってロニは落ちている枝を投げ、見事にヒットさせる。すると木の実は自由落下。


 金色の大剣と紺色の手甲──手甲に握られている斧が始まりの合図を待つように、光を反射した。


 瞬間、ボトリと鈍い音が鳴った。

 素早い動作で後ろを振り向き、プリモは斧を振り下ろす。対してロニは読んでいたというばかりに距離を空けるように前方へステップ。ステップで宙を浮く瞬間に腹を軸に横捻り。プリモのほうを向く。

 大剣で大ぶりな一撃を見舞うも、それは手甲から伸びた触手に阻まれる。

 甲高い音が響いて気がつけば、プリモは体勢を立て直して横薙ぎの一閃を見舞う。そして、腰を低く落としたまま、地を蹴った。


「う、くっ……!」


 苦戦にロニの表情は歪む。プリモは間合いを詰めて、追撃の振り下ろし。しかしロニの視線に気がついて、今までの勢いが──削がれた。

 苦戦を強いられているのはプリモも同じだった。端的に言えば、決め手に欠ける。大きく勝負に出れば、その分逆転されるリスクが跳ね上がってしまう。だからプリモは大きなアクションがとれない。

 たとえロニの視線誘導がブラフでも、プリモは逆転の可能性を恐れた。


「っ……ッ!!」


 プリモの頬を冷たい汗が伝う。ギリギリ肌に当たるか当たらないかの領域をプリモの斧は通り抜けた。ロニの二の腕付近には擦れ傷のようなものが入り、同時に甲殻武装が明滅する。受けたダメージがチカラに変換されているのだ。


「プリモ、ここからは強めに……いきます!」

「ええ、かかってきなさい! 勝つのは私なんだから」


 大剣を下段に構え、少ない力で地面を蹴る。軽々としたステップで跳躍し、プリモの触手を躱しながら距離を詰めていく。プリモとの間にある距離は間合い一つ分。リーチはプリモのほうが圧倒的に大きいが、ロニはあえて間合いの内側へ潜り込んだ。


「私が斧を使えないくらいに接近するのは良いけど残念。後ろにご注意よ」


 触手は、ロニの背後から迫っていた。そして触手は鞭の姿を象った。ロニの腰部分をからめとり動きを封じようとしたその時、はっと気がつく。

 ロニの口元は、笑っていたのだ。咄嗟に身を翻し、巧みな剣捌きで触手を切り裂くと、すぐにこちら側を睨む。


 絶体絶命。

 プリモは咄嗟に手甲から四本の触手を伸ばすと、そこからさらに指の本数を上回る六本目の武器を出現させた。


「ッ!?」

「で、できたわ……」


 ロニが驚愕の表情に染まる。プリモも自分の能力の開花に心を躍らせていた。手甲は姿を変え、肘関節までを覆っている。全体的に歪だった姿形は所々が平らになり、髪色と同じ橙が入っていた。そして六本目の武器は肘付近の孔から伸びている。


 今度はプリモがロニを押し返す番だ。姿勢を低く落とし、左手で地面に触れた。左腕を支えにして、右手首から六つの武装を射出する。移動はあえてしない。

 ロニもその攻撃に対応する形で、武器の雨を弾いた。


「それは予想していました、だから!」


 ──私が勝ちます!

 そう聞えた時には既に、ロニの顔が目の前にあった。大剣を喉元に突き付けて、プリモの様子を窺う。


「私の負けね。完敗よ」


 勝利したのはなんと、ロニのほうであった。しかし互いに得たものは大きく、二人は己の進歩に笑いあった。



 ***



 ブルメの森、某所。蔦で張り巡らされた結界の中では壮を絶する

攻防が繰り広げられていた。

 あるときは神速で宙を舞い、あるときは鍔迫り合い、体勢を崩されてもすぐに立て直す。アトラスとヒメカ、対するハイネの攻防は決め手に欠けており、二人がかりでも尚硬い外骨格の前では斬撃も通り辛い。

 それはハイネからしても同じだ。防御面はともかく、二人を相手取るには手数が足りなかった。いくら鎖を伸ばしても、先端の杭を伸ばしても、受ける攻撃のほうが多いために分が悪い。


「っ……じれったいな」


 思わず口から感情がこぼれる。

 早くに決着をつけたいと考えるハイネにとっては時間稼ぎが目的で現れたアトラスの存在は邪魔以外の何物でもない。おまけに周囲は蔦の壁に囲まれ、脱出にも時間を要する。苦い表情を察してか、アトラスは火花を散らしながら軽口をたたく。


「せめてレーカが戻るまでは、戦ってもらうぜ」

「その行動は破滅を先延ばしにしているということを理解しているのかい?」

「さぁ? できることなら今すぐにでもお前を倒したい、よッ」


 刃と棘、力の押し合い。上手く押しのけてアトラスは追撃する。


「……それは勘弁願いたいね」


 咄嗟に鎖部分で受け止め、杭から空気を噴出させる。

 それは水素爆発にも届き得る、賢者ハネカクシの能力。大きな瞬発力を得た杭はアトラスの背中を貫こうと接近。


「お前を相手にしているのに周囲を警戒しない訳がないだろう、ハイネ」


 瞬間、たわんだ鎖に弾かれた刀身を後方へ向けた。

 ──刀とスパイクが、激突する。

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