誰々の喧騒
「レーカ、ルリリ。湯加減はどう〜?」
「とってもいいわ。ありがとう、ニーオ。って、あら?」
レーカとルリリが湯に浸かっている中に、ニーオも一糸まとわぬ姿で現れた。前腕と後腕に分かれた脇下がどうにも違和感で、二人の視線を集める。なんとなく恥ずかしさを覚えたニーオは、前腕を組んで隠す。
「やっぱり身体の構造も全然違うんだね。外骨格な分、頬の艶が違う……。これは艶消しが必要」
「こらこら、
冗談めかしくニーオは言う。しかし、その目は笑っていない。表面の光沢といい、前と後で分かれた腕といい、殻魔族の女性の中ではコンプレックスなのかもしれない。
「ごめんなさい、ニーオ」
「別にいいの、生まれつきのことだし。でも私からすれば、そちらの方が羨ましく感じるわね」
そう言ってニーオはレーカの顔──の、やや下の位置を見つめた。黒い殻に覆われた、ある部分を。
「い、いやね……。私はそんな大きいほうじゃないわよ」
「そう? でも明らかにルリリよりも……」
「ムっ! ……フフフフフ」
とたんにルリリの顔色が暗くなる。そして不気味な笑いをこぼし始めた。瞬間、厳しい眼光で、ルリリよりも大きいそれを鷲掴みにした。
「ムー--っかぁぁぁぁぁぁッ!!」
「き、きゃああああ!!」
驚愕なのか嬌声なのかも分からない声で絶叫するレーカ。
「や、やめ……なさい、よ! んっ!」
「やめない。今はおしおき中だから」
「いい加減に……しなさいっ!!」
「んぁっ! ちょっ、やめ、て……」
レーカはなんとか耐え抜いて、今度はルリリの
──あれは、我を忘れている顔だと。
それから長い長い
しかし、そこからが問題だった。三人は一時間という単位で浸かっていたのだ。普通ならば顔は火照り、意識が飛んでいてもおかしくない。幸いなことに三人とも倒れることはなかった。でも、ぼんやりと外の椅子に腰掛けることしかできないくらいには、体温は上がっていた。
「はぁ、散々だったわ」
レーカの口から思わずこぼれる。
「そうだね、誰かさんのせいで」
「二人とも仲良しね~」
「「「ぷっ、あははははは!!」」」
三人が顔を見合わせると、揃って笑い声をあげたのだった。
一方、蜘蛛人の街で男たちは喧騒の渦の中にあった。ギンヤをはじめ、ネフテュス、シロキ、ショウと何故か殻魔族たちに囲まれている。
殻人族を嫌っているのではなかったのか、とレーカから聞いた話を思い出す。だが、少なくとも顔を顰めている者はここにはいない。
その理由は簡単だ。物珍しさもあるが、なにより大きかった理由は──
「あのハイネ相手に良く頑張ったな!」
「いや、前のハイネとは比べ物にならないくらい強くなっていると聞いたぞ! それに立ち向かえただけでもすごいぞ」
「あ、ああ……」
変貌したハイネ相手にわずかではあるが、傷ひとつをつけることはできたのだ。称えられた理由は理解できる。
サタンの裏にいた人物こそがハイネである。だからサタン以上に強い者であると考えるのが当然だ。実際にその通りだが、ハイネと戦ったことのあるギンヤからすれば少し違和感だろう。
今のハイネに比べて、容姿も実力も大きくかけ離れているということに。
「それでも、俺たちは勝てなかった……。助けてくれとは到底言えない。でも、これだけは言わせてくれ」
ギンヤは一呼吸おくと、口を開く。
「戦うための準備だけでも、手伝ってはくれないか?」
その言葉に、殻魔族たちは頷いた。すると、歓声とともに己を鼓舞する声が響き渡る。ギンヤは思わず耳を塞いでしまうが、特に否定的な意見は出なかった。
そして万全に戦うための『装備』を準備することになるのだが、それはまた別の話。
***
プリモはひとり、甲殻武装の扱いの鍛錬をしていた。手甲から指の本数と同じ数だけ触手を伸ばし、それぞれ別の武器を形づくる。現状、指の本数以上に能力を扱うことは難しく、両腕合わせて十の武器とすることが限界だ。
だから少しでも限界を超える必要があった。
「ふっ……はっ!」
まずは手甲から伸びた触手で、合計十本の全く同じ斧を生み出した。そしてさらに、追加の一本を生み出そうと己に意識を向ける。しかし、それは元より存在しない腕を動かすということであり、神経でも繋がない限りできることではない。
「っ! 難しいわね」
しばらく試行錯誤しているとふと、自分へ向けられた視線に気づく。
「……はぁ。いつまでも隠れてないで、出てきたらどう?」
「気づいてた……?」
「そんなに視線をぐるぐる移動させてたらね、普通に気がつくわよ。ロニ」
木陰で見ていたのは、ロニだった。
──ロニは突然、ある提案をする。
「私と少し、戦ってもらえませんか!」
「ええ、いいわよ……って、え?」
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