リスタート
「とりあえず地底世界のことは諦めて、一旦……ところでお前らの今の住居はどこなんだ?」
地上に降り立って、ギレファルはアトラスに問う。その質問にアトラスは方角を指で指し示した。
「なるほどな、なら……アタシも同行しよう」
『え、えぇ!?』
皆が驚きの声をあげる。まさか、あの『破壊魔蟲』と呼ばれた災厄がここまで優しい性格だったとは、誰も想像していなかったのだ。その様子にギレファルは不満をあらわにして、
「失敬な! アタシが災厄になったきっかけは、たった一人の少年を救うために全てを滅ぼしてしまったことなんだ。悪であることは認めるが、悪になった覚えはねぇよ」
そう、少しだけ悲しそうにギレファルは言う。
「ま、無駄話はともかく、先へ進むぞ」
そしてアトラスたちは地底の民と暮らしていた集落のある方角へ歩き進める。その途中で脚元の草木も、背の丈を超えたところに茂る葉もどこか活力のないように感じた。
「土の状態が変化したのか……? いや──」
アトラスに同行していたハイネが呟く。遠くで地盤が崩壊したとはいえ、活力を失ってしまうほどに影響が出るものなのだろうか。そう疑問に思うも、判断を下せるほどの根拠はない。
「毒素ではないだろうし、まさか急な地形の変化に?」
そう考えてハイネは崩落してしまった地底世界の方角を見た。あの場所だけ、異様に凹んでいる。実際問題、その凹みが影響して今いる場所もやや傾斜がかっていた。
「あの、大丈夫ですかハイネさん?」
「ああ、ごめんごめん、すぐに追いつくよ」
アトラスの声にハイネは頷いて、草木を一瞥しながら先を歩くアトラスたちへ合流する。そんなこんなでしばらく進んで、彼らの集落へ一時帰還を果たしたのだった。
「っ!? あ、アトラス……!?」
「……母さん」
シロナは涙を溜め込んだような、潤んだ瞳で心配そうにアトラスたちの姿を見つめている。
「母さん、ごめん……。父さんの仇を、討てなかった」
「そう……。でも、いいのよ。私からすれば正直なところ、アトラスとサタンには仲良くしていてほしいのだけど……それは無理なのよね?」
アトラスは何も言わなかった。ただ下を向いて、シロナの言葉を待つ。
「なら、サタンにぶつかってきなさい! そして、最後でもいいから笑い合うの!!」
シロナはやや無理のある笑顔で言う。
「私は負傷した皆の手当をしてくるから、アトラスは今自分できることをもう一度、見つめ直してきなさい!」
「……うん、わかったよ。ありがとう、母さん!」
それからアトラスは、集落の外へ飛び出した。責任感からくるのか、負の感情が突き動かすのかはアトラスにとってもわからない。ただ、衝動に駆られるままに、何か行動を起こさなければならないと思った。
「はっ! はっ! はっ……!!」
アトラスは集落の外の、大きな大木の一つを選んで甲殻武装を打ちつける。蒼く輝く【アトラスパーク】で抉られたような、ミミズ腫れのような傷跡が木の幹に刻まれた。こうして見れば、まだ地底で暮らしていた時期に比べてかなり成長したな、アトラスは思う。
それでも、サタンには届かなかった。その大きな壁が、たまらなくアトラスにとっては悔しかったのだ。
「なあ、【アトラスパーク】……お前の力は、想いを力に変えるんじゃなかったのか?」
思わず甲殻武装を──すなわち、自分自身を疑ってしまう。でも甲殻武装は何も教えてはくれない。アトラスの中でサタンへの怒りと、自分への怒りが渦を巻くように混ざり合い、感情のうねりがアトラスの心を襲う。
「なあ、俺は……どうしたらいいんだよ、教えてくれ」
アトラスは誰にでもなくそう、独りごちた。
***
アトラスたちが己に悩む頃、集落のほうではシロナが傷の治療にあたっている。重篤なエルファスから順に、傷口を塞いでいく。その次にサタンとの戦いで多少傷ついていたギレファルにも手当を施す。
「はぁ、これでもう……なんとか大丈夫そうね。あとは──」
その治療作業も思いのほか早く終わり、シロナはアトラスの後を追いかける。やがて、同じ動作を反復するアトラスの姿が見えた。
「アトラス、そんなに根詰めても何もいいことないわよ。……落ち着いてはいるみたいだから、少し見方を変えてみなさい」
シロナは冷静に怒りながら刀を振るアトラスに木の影から言う。表情は苦しそうで、噛み締めている口元から抑えきれない怒りが溢れ出ているようだ。シロナから見て今のアトラスは視野が狭いと、そう感じさせる。だからシロナは突拍子のないことを言ってみせた。
「そうだわ! アトラス、母親としての命令よ。一旦、甲殻武装を手放しなさい。その間に、そうね……ヒメカちゃんとどこかに出かけてきなさい!!」
シロナの命令は、甲殻武装を手放すこと。そして、ヒメカと気晴らしに出かけること。しかしアトラスは反論した。
「そんなこと……! できるわけがないだろ!! 母さん!」
──パシンッ!!
乾いた良い音が鳴る。シロナがアトラスの頬を平手打ちしていたのだ。
「何度も言わせないでほしいわ! アトラス、確かにサタンを止められるのは……あなたただ一人だと思うわ。でも、肝心のアトラスが潰れてしまっては意味もないし、自分でも理解しているのでしょう? 気が滅入るくらいに、追い込まれていることを!!」
シロナは大声で言った。シロナ自身、久々に大声で怒鳴って息を荒げる。
「今、アトラスに必要なのは休息の時間なのよ……!」
改めて、シロナは今のアトラスにとって大切なものを要約した。
***
一時集落から飛び出して、ブルメの森に顔を出すアトラスの姿があった。その顔は不満そうで、隣で歩くヒメカも表情は良いものではなかった。二人揃って、ブルメの森の街路を進む。目前に学校の校舎がある。
気分転換に何をするのか、その答えがこれだった。
「お、お久しぶりです……学校長」
「あら、ヒメカさんとアトラス君!? 今まで何があったのか教えてもらえる!?」
学校長メイスターに対面して早々に、これまでの出来事を尋ねられる二人。アトラスとヒメカはそれぞれ地底世界での出来事と、『滅星魔蟲』サタンと名乗った危険な殻人族について伝えた。
「そう……それは大変だったわね。師匠のことも、残念だわ」
メイスターは決して涙を流さずに、言葉を絞り出す。まるで涙が枯れきってしまったかのように、しばらくの沈黙が流れた。
やがて話の流れを変えるべく、メイスターが口を開く。
「そうだわ。もうひとつ聞くけれど、こちらには戻ってくるのかしら? ギンヤ君とキマリさんを含めてあなたたち、長い間帰って来なくて生徒という身分がないわよ?」
その言葉にヒメカは押し黙り、アトラスは迷った様子を見せる。
「…………」
「そう、迷っているのね。それなら……私の秘密の場所にでも案内しようかしらね。すこし考えがまとまるかもしれないわ」
メイスターは指先を斜め上に向けて、悩むアトラスに伝えた。
校舎のてっぺん。そのまた上。
すなわち校舎の屋上だ。メイスターは屋上にアトラスたちを連れて来ていた。校舎の形に合わせて周りを柵が囲み、見える景色は住居のひとつひとつが霞んでしまうくらいに雄大なもの。自然が恵んだ『美』が確かにあった。
やがてアトラスの悩みは、開けた景色に洗い流されていく。
そこで、メイスターは再度尋ねる。
「もう一度聞くわ。あなたたち、ブルメの森に帰ってくるのかしら?」
その質問にアトラスは、
「──それは、お断りします。俺は……サタンと決着をつけなくてはならないんです」
自分の決意を掲げ直したのである。
──もう一度。
今度こそは、サタンを倒すために。
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