影との再会
サタンの甲殻武装から放たれていた光を退けたアトラス。荒い呼吸を繰り返して血液に酸素を取り込む。霞んでいた視界も徐々に開けて体調も良好な状態へと戻った。
「はぁ……。皆のところへ合流しなくちゃな」
背中を向けてアトラスは一歩踏み出す。踏み出したところで、胸を抉るような殺気に襲われた。不気味で冷たい殺気。
「やあ、よくもまた……邪魔をしてくれたね! アトラス……ッ!!」
「っ!? さ、サタン……!」
サタンは既に甲殻武装を握っており、対してアトラスは一度しまっていた。ニヤリと笑みを浮かべたサタンはアトラスへ接近。上段から剣を振り下ろす。
「くぅ……っ! 根源開放!!」
アトラスは血流を加速させる。ギリギリのタイミングで斬撃を避け、甲殻武装の前駆体──
「ぐわっ! やるねぇ……」
「サタン! お前は父さんを殺した。だから、ここで倒す!!」
己の甲殻武装を遂に引き抜いて、その名前を叫ぶ。
「父さん、いくよ……【アトラスパーク】! 抜刀ッ!!」
蒼く染まった刀は翡翠色の光を放ち、対してサタンは紫の剣から金色の光を放つ。両者互いの様子を窺いながら、戦いの火蓋が切って落とされる。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
まず、アトラスが岩盤を蹴り出して、サタンに急接近。そして横へ一閃。サタンは斜め後ろに受け流し、横からアトラスを斬りつける。
「ぐぁ……っ!?」
鮮血が舞う。幸いなことに傷は浅く、失った血液も少ない。しかし、アトラスが怯んだところをサタンは見逃さず、追撃を見舞う。サタンは剣を斜め下へ振り下ろしていた。
「ぐぅうぅぅぅ──!!」
非常に不安定な体勢でアトラスは振り下ろしを、真正面から受け止めた。火花を散らし、鍔迫り合いが続く。サタンが突然に力を強めるとアトラスは押されてしまう。
咄嗟に盾に姿を変えることで、アトラスは吹き飛ばされる衝撃を軽減した。
「っ、痛……ッ!」
ガクリと姿勢が崩れる。サタンの破壊攻撃を押し返し、サタンと激闘を繰り広げたアトラスの身体は悲鳴をあげていた。全身の筋肉が軋み、血液を送り出す血管のリズムが乱れている。
「ああ、そっか! もう限界だったか!! 早く楽にしてあげないとね……?」
歪んだ笑みのまま、顔を傾けて問いかけるように言う。その仕草一つ一つがアトラスの心を逆撫でする。でも、本当に限界が目の前に近づいていた。
「じゃあね。アトラス!!」
サタンが剣を振り下ろす。
アトラスは咄嗟に甲殻武装を握り直して、それを受け止める。しかし、【アトラスパーク】に罅が入ってしまう。
「ぐ、はあああああああああああぁ!!」
痛みさえも置き去りにして、アトラスは罅の入った甲殻武装をサタンの胴目掛けて押し上げた。サタンの【パラサイトダークネス】は、アトラスの【アトラスパーク】ともに音を立てて砕け散った。
「はぁ、はぁ……」
大きく呼吸しながら近くの壁にアトラスは体重を預ける。サタンは再び甲殻武装を引き抜いて、アトラスに迫っていた。
「頼む……! 破壊せよ、【ラムダブレイカー】!」
その時、天井の土を全て破壊して一人の殻人族が影を落として地底世界に降り立つ。
「ちっ……!」
「お、お前は……!!」
影の主はアトラスのほうを振り返って、
「ああ、久しぶりだな。アタシのことを覚えてるか?」
「『破壊魔蟲』、ギレファル……!」
マディブの森で戦った災厄、ギレファルは軽快な笑みを浮かべながらサタンの前に立ちはだかった。
ギレファルはもう一度アトラスの方へ振り返って、
「ま、今は魔蟲でもなんでもない、ただのファルだけどな。覚えていてくれて嬉しいよ」
ギレファル──ファルはけらけらと笑うような声色で、アトラスに言う。それからすぐにサタンへ向き直り、甲殻武装の切っ先を突きつけた。
「おい、サタン! アタシを利用してやっぱり何か企んでたんだな!! あんたはアタシが……潰す」
「潰すだなんて、そんな物騒な言葉を吐かないでよ……。こっちもやり返したくなるからさぁ!!」
サタンは目をぎろりと動かして、ファルを睨みつける。サタンはすぐに地面を蹴った。真紅の眼光が残像となって走り抜ける。
「くっ! 勢いだけは、あるねぇ……っ!」
ファルは勢いを乗せた一撃を【ラムダブレイカー】の刃の凹凸で受け止めた。手首を捻り、勢いそのままに斬り上げる。
捻る動きにサタンが引っ張られ、斬り上げを思わず素手で掴んでしまう。サタンの手のひらから淡い黄緑の血液が流れ、ポタポタと地面を濡らす。
それからすぐに、サタンは距離をあけた。
「なかなかやるねぇ! それなら、これなんかどうかな?」
サタンが使ったのはヘラクスから奪った力。金色の光がファル目掛けて一直線に進む。ファルはそれを【ラムダブレイカー】の刀身で受け止めた。脇を締め、肘を引いて、斜めに持ちながら光を弾こうと、
「ぐぅぬぅぁぁぁぁ!!」
言葉にできない叫び声とともに、ファルは斜め下に弾き飛ばす。岩盤を抉り、地面に穴をあける。
「はぁ、はぁ、はぁ……。この光だけは、やけに重たいね……!!」
ファルも跳ね返すだけで、息切れするほどにサタンの攻撃は重かった。サタンの様相を見て、ファルは危機感を覚える。サタンはまだ一向に疲労という疲労を見せていないのだ。
だからファルは、
「アトラス、一旦ここは逃げるよ!」
「あ、はい!」
ファルに抱えられ、アトラスはサタンから離れていく。サタンは追いかけるということもなく、ただただ笑みを浮かべていた。
***
アトラスを背に逃げた後に、彼らは出発地点の空洞で待機していた。そしてコツ、コツ、という脚音に皆が音の聞こえる方へ顔を向ける。
「あ、アトラス! 無事なの!? って、え──」
アトラスが戻ってきたことを真っ先に気がついたヒメカは名前を呼ぶ。しかし、戻ってきたアトラスは汗を浮かべながらぐったりとしている。
しかし、ヒメカが言葉を失ったのはそこではない。
「おいおい、アトラス。なにレギウスにお姫様抱っこされてんだよ……」
ギンヤも再会に笑みを浮かべながら、アトラスの状態をからかう。
「いや、アタシはレギウスではないよ。『破壊魔蟲』ギレファルだ。元、ではあるけどな」
「ぎ、ぎゃーーー!! すみませんすみませんすみませんすみませんすみません──」
ギンヤは奇声をあげてぺこぺこと頭を下げる。ファルもニヤリと笑うが、表情が一変した。
「……こんなことをしている場合じゃない! 今すぐにここから逃げるんだ! つまり、上へ!!」
「上へ!?」
「そうだ、アトラスもアタシもこの状態だ……! この一帯はもうすぐ崩れるぞ!!」
ギレファルもサタンの力に触れて、危険であることはすぐに理解した。もちろん、現在の自分たちの状況も。だから、今すぐに地上へ戻る必要があった。
「そんなら、俺が……! アトラスと共に戦えなかった分、役に立たないとな!!」
ギンヤは【ベクトシルヴァ】を取り出して、六つの分身体を生み出す。それから分身体はアトラスたち五人とギレファルの両脇を持ち上げて、本体が上空へ飛び立つ。それに伴って、分身体も浮いた。
「ギンヤ……脇より内側を触ったら、潰す」
「集中してんのに、より物騒な表現使ってんじゃねぇよ!?」
「ん、ごめん」
どうやらキマリはただ揶揄っていただけのようだ。ほんの数割は本心かもしれないが。そしてギンヤが飛ぶスピードはこの中では圧倒的に速い。そして、繊細な動きができる。そのおかげで、ほんの短時間で地上世界へ到達した。土の上に脚をつけて、何度かその場で脚踏みをする。
やっとの思いで、アトラスたちは地底世界から脱出することに成功した。
──地底の一部が崩落という、苦しい結果を残しながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます