弱虫の心(後編)

 甲殻武装と向き合うことは、自分自身に向き合うことにほぼ等しい。


「すぅー、はぁーー! 来てくれ……【アトラスパーク】!!」


 大きく深呼吸したのち、アトラスは刀を横腹から取り出した。刀の峰に空いている手を当てて、両手を水平に突き出す。それから、目を瞑る。


(【アトラスパーク】……教えてくれ!! この力はどうして、護るための力なんだ?)


 すると、いつかの湯船の時の、水に足元がすくわれるような感覚に襲われた。一度掴まれると、そのまま下へ。意識のより深層へと、アトラスは誘われた。見えるものは全て黄緑色の濃淡で、目を凝らせば、それはアトラスの見覚えのあるものに見えた。


「アトラ、スパーク……。ここは一体、どこなんだ?」


 見えたものは【アトラスパーク】を握りながら戦う、一人の剣士殻人族。全体的に陰っていて、表情はよく見えなかった。でも、どこか苦しそうだ。髪型もよくわからない。でも、動きによって髪が靡いていることから、短髪なのだろう。


「戦ってる……! 誰なんだ?」


 敵の姿は緑の視界の中、真っ黒なオーラで見えた。切った途端に再生し、倒しきれないのだ。オーラの移動とともに、脚跡が地面を漆黒に染めあげている。


 見えたのはその戦いの一コマ。

 それ以降は何も見えなかった。意識がまた別の場所へ連れていかれる。目は瞑っているのに、次々と景色はいけいが変わっていく。

 次に見えたものは、自分自身の記憶だ。フラッシュバック。一瞬にして映像が飛んでいき、卵から生まれた時点から今現在まで、止まることを知らずに再生された。現実でない、コーカスと対峙した夢さえも。

 記憶の後には視界一色、蒼い光に視界が包まれる。そこで声がした。


 ──本心に正直であれば、それは真の姿を現すだろう。我の名は【アトラスパーク】。想いを護り、戦うための力なり。


 咄嗟に目を見開くと、握っていた甲殻武装が光り輝いていたのだ。

 やがて自分の心にリンクして、【アトラスパーク】は姿を変えた。


「両刃の、剣……? いや、違う。確かに、刀だ」


 刀なのに変わりはない。しかしただ一つ大きな違いがあった。鏡のような銀色の刀身に翡翠色のラインが入っているわけではなく、全てが蒼い。刀身の光の跳ね返り方だけが翡翠色だった。


「……そうだったんだね、【アトラスパーク】。俺の想いが、皆を護る。想いが、力の源だったんだ……!!」


 そしてアトラスは今亡きマルスへ、想いを馳せた。


(父さん!! 足りない分の勇気だけ、力を貸して!!)


 炎が溢れた。マルスの用いていた、暖かいオレンジ色の炎が。

 時間は丁度、太陽が頂上へ至ったところ。眩しい光が木々の隙間を照らしている。アトラスの前にギンヤ達、仲間の顔が並んだ。


「おう、早かったな! アトラス……もう、戦うのか?」

「いや、まだ。どこにいるかわからないけど……まずは殻魔族を味方につけないと! 多分、サタンは殻人族も殻魔族も、眼中にないんだ」

「え!? アトラス! 貴方は嫌に思わないの!? マルスさんの命を奪った元凶なのよ!?」


 ヒメカは怒声にも似た、強い声で言う。しかしアトラスは、


「確かに許すことはできないけど、サタンが、俺の兄が裏で糸を引いていたのならサタンのほうが絶対に許せないんだ……!」

「……そうなのね。わかったわ」


 そう頷いてヒメカは、他の面々を見回した。ギンヤ、キマリ、エルファスに加え、さりげなくハイネもいる。


「まあ、地底が滅んでしまったらせっかく生で見れそうな地底世界も見れないからねー!! そのためなら、俺は喜んで協力するさ!」


 と、軽い口調で非難されそうなことをさらっと言ってのけた。



 ***



「はあ、はあ……っ」


 かつて殻魔族の一員として暴れた面影はもう、ほとんど残っていない。

 イロハは地底に残る住居の残骸や瓦礫を集め、それを一箇所に溜めていた。それから、サタンの破壊活動を妨げないよう底をたいらに、引き伸ばしていく。もちろん他の殻魔族もサタンの力に恐れ、強制されていた。


「おやおや、まだ終わってないんだー!!」

「っ!?」

「……そう身構えなくてもいいんじゃないかな?」


 呆れたように、サタンは吐き捨てる。サタンは自分に優位性があり、殻魔族は逆らえない状況──今現在、サタンの表情は愉悦で満たされていた。


「うん、そうだな。一つだけ言っておくとしようか! 俺はどうして破壊しているのかわかる?」

「……わかり、ません」

「理由はね、俺は元々……勇者の血筋といわれる家系なんだけど、クソ親父曰く俺はふさわしくないんだとさ。だからね……そんなのが全てなかったら解決するんだよ!」


 サタンはそう叫んで、歪んだ笑みをイロハへ向けた。


「っ……ぃう」


 イロハは何も言えず、そのままサタンの顔を見る。妖しく光る眼光も濁り切った目つきも、もうどうすることもできないと、そう悟った。

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