弱虫の心(前編)
決意を固めた日の夜。アトラスはエルファスに呼び出され、ひっそりと森の中を散歩していた。
マルスが戦えた理由、それは自分の過去にある。アトラスはそう、思っていた。しかしエルファスが言うに、それは違うらしい。事実はエルファスの口から直接語られることとなる。
「えっ、父さんは……父さんの過去に縛られてるからあんなに強かったんじゃないの?」
「いや、それは違う。マルスは……お前の父さんは、今目の前にいるお前を。そしてシロナを、もといた地底世界を守るために戦っていたんだ」
「うん、それは知ってるよ」
「でもな、一度だけ……俺に弱音を吐いたことがあった。もう自分を
自分を騙せない。マルスは自分を偽っていたのかと、アトラスは内心で疑心暗疑になる。でも、自分の心がそうではないと叫んでもいた。
「そうじゃないんだよ。マルスはな……もともと臆病だったんだ。だから自分を偽ってまで明るかったんだ。借り物の勇気、マルスはこう言っていた」
「借り物の、勇気……」
「そうだ。マルスはその時にアトラスへの願いもこぼしていた。だからそれを今ここで言おう!」
──お前は借り物なんかじゃなくて、正直な勇気を持て!! 偽りのない自分でこそ真の勇者だからな!
「アトラスが真の勇者になれば、マルスの無念も少しは軽くなるだろうさ。アトラス!」
「っ!? ええと……エルファス、さん?」
突然、エルファスは声を張り上げて言う。
「マルスと、それからお前自身のことを頼んだぞ……!」
「はい!!」
「俺もな、やるべきことがあるんだ」
「はいっ!!」
それからアトラスは何かに突き動かされるようにして、あの場所へと向かった。
***
一方、ヒメカは森の集落の中心部、マルスの墓で祈りを捧げていた。他の者は既に、周りの住居で眠りについている。
マルスの死について、あくまで自分とは関係ないと逃げたくもなるが、目を閉じることは決してしない。
(私はせめて、ここで祈るくらいはしないと……自分に嘘はつけないわ)
ヒメカを突き動かす感情の正体はもう、自分自身が理解している。恋という名前の
しばらく祈り続けていると、乱れた呼気が音となってヒメカのもとへ届く。
「はあ、はあ……やっと見つけたよ、ヒメカ」
「アトラス?」
アトラスが、そこにはいた。右の手握りしめて胸に当てると、アトラスは暗い夜の風とは正反対の明るい表情となる。あたりが暗いのに突然笑顔になったアトラスを見てヒメカは眉を顰めるも、すぐに口の端にキュッと力を入れた。
そしてアトラスは、自分の運命を左右する大勝負に出る。
「俺は……ヒメカが好きだ。好きだったんだ」
一瞬だけ、静寂に包まれた。時が止まったかのように二人とも動かない。
誰かが、ポロポロと涙をこぼした。
それは暖かさの残る水滴となって、地面を濡らす。
涙を自分の手で拭うと、パァッと笑顔が咲くように、
「私も! 私もアトラスのことが、大好きよ!!」
ヒメカは自分でも気がつかないうちに、アトラスへ飛びついていた。手を首の後ろへ回し、アトラスの胸に涙を滲ませる。
二人の心は、どうしようもなく暖かくてどうしようもなく熱い。そんな
ヒメカの心に結びの糸が絡まって、アトラスの心との距離が近くなった。アトラスはなんとなくだが理解できる。自分の心にまでも、暖かい光が灯るようだ。夜の静けさ漂う中、家に戻り床へつく。意識が沈みゆく中でアトラスは考える。
「これが……こんなに、暖かいのは不思議だな」
アトラスはそう、独りごつ。あと自分に足りていない感情は、なんだろうか。
覚悟、愛の他にアトラスに足りないものは自分がサタンに勝てるという自信くらいだろう。勝つというビジョン。それがアトラスには欠けていた。
「サタンと戦う前に、今できることをやらないと……!」
今のサタンは果てしなく強い。アトラスたちの知らぬ間に殻魔族を強制的に配下にして、自分の奴隷のように労働を強いているくらいだ。油断できないサタンだからこそ、できる最大の準備というものをする必要があった。
それからしばらく考えて出した結論は、まだ地上に留まるというもの。ついに意識が暗転し、太陽の登るまでアトラスは眠りについた。
***
「アトラス、地上に留まってどうする気だよ?」
「本当は、今すぐにでもサタンを倒したい。でもそれにはまだ力不足だと思ったんだ」
アトラスは自分のもどかしさをギンヤに吐く。マルスの死について、自分の中で整理することはやっとのことでできたが、怨敵を許すことは言語道断。とても許せることではないのが本音だ。
アトラスは今できる準備として甲殻武装の強化のほかに【アトラスパーク】と向き合うことが必要だと考えている。
「だから、瞑想してみることにする! 父さんの言葉もエルファスさんの言葉もコーカスの言葉も……この甲殻武装には何かが隠されていると思うんだ」
「んなら、『護るための力』って言ってたのは? だって【アトラスパーク】が教えてくれたんだろ?」
「うん。だからしっかりと……自分と向き合うことにするよ」
マルスの勇者の血筋についての話。
エルファスのマルスとは違う生き方についての話。
それから、サタンと同じ力だというコーカスの言葉。
どれも決して激励の言葉ではない。でも、何故だかアトラスの背中を押してくれた。
(今度こそ、サタンを倒すためにも……自分と、向き合う!!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます