なんのための侮蔑

「俺が見てきたもののなかで、蛇口という珍しい器具を用いる集落が……一つだけあった! 木の根を切ることなく、木の根を切る動作と同じ要領で水を取り出せるようになるはずだ!」


 それからすぐに、ハイネは蛇口の構造と水源から水を引いてくる手段について説明する。そして地底の民は、ハイネとともに木材の加工を始めた。


「俺が見たものは竹を切り倒して作っていたんだけど、ここら辺には竹なんてないから低木の幹を使うことにしよう!」


 低木の幹を水源地の底に通して、横へ引く。あとは樹皮と、幹の外側から半径数センチほどを残して、幹の中心はくり抜くだけだ。

 水路を確保できたのなら、それを地面より高い場所まで伸ばす。木が枝分かれしている部分を切り取ってL字型の管を作り、栓を捻る構造を内側に作る。それを伸びた水道管に取り付けて、一連の作業は終わった。

 いくつか作り、水が集落の全体に行き渡るようになる。それもすべて、ハイネの幅広い知識のおかげだった。


「これで君たちの生活もかなり楽になると思うよ。んじゃあ、約束通り──」

「地底の生活について、皆でハイネに教えよう!」

『おお!』


 アトラスの心はもう、立ち直っている。今は亡きマルスに代わってハイネに礼を言う。そして、地底の文化について説明することになった。


 アトラスは自分の知る、地底の民の歴史や文化をハイネに余すことなく伝える。アトラスの知る限りでは、地底では直接湯船に浸かる風習はなく、木の根から滴る水滴で身体を洗うことがまず一つ。他にも、地底とは異なる手段での甲殻武装の強化など、地上世界に出てアトラスを驚かせたことはたくさんあった。

 逆に考えれば、地底世界は地上世界の常識が通じないともとれる。かつてのアトラスの反応もある意味当然だった。


「なるほどねー!! つまり、地底の民は地上世界でいう……くにくにのような関係なワケか」

「まあ、ハイネさんのいうことに近いですね。いったい、いつから棲み分けがあったのかは分からないですけど……でも、遠い昔だと思います」


 それぞれのくに同士で棲み分けがされているのと同じく、地上と地底でしばらく棲み分けがされていたとも、考えることができる。

 それでもねじ曲がったといい、疑問がいくつか残った。


「アトラス。君は……他にも何か、気になることがあるのかな?」


 アトラスの表情を見て、ハイネはそっと声をかける。すると、アトラスは口を開く。


「ええと、今の話で腑に落ちないことが出てきて……。棲み分けがされたのは三体の魔蟲が暴れ出した時代よりも後のことになるはずなんです。それなら地上世界にも地底と同じ、甲殻武装の強化手段が伝わっていなければおかしいんですよ」

「ほう、どうしてそう考えた?」

「地底世界にも『魔蟲が湧く』という言い回しがあるから、余計に嫌な想像ばかり思い浮かぶんです……!」


 アトラスは怖くなった。

 まるで自分たちが踊らされているような気がして。

 それが本当のことならば、踊らされているのはアトラスたちだけではない。憎むべき怨敵──サタンも含まれていることになる。


「サタンは……望んで破壊しているのかな」


 アトラスの思考は疑問符だらけで、迷路の出口こたえは遠く、目で見ることも叶わなかった。



 ***



「やはり、地底世界の生活様式は興味深いね。こう……実際に知ってみれば地上世界に通ずる部分も見えてくるものがあるよ。だとしたら、その……サタンだったかな? 君たちが恨んでいる殻人族の行動にも意味があるのかもしれないね」


 あの考察の後、ハイネはそのように助言した。もちろん、ハイネの中で地底の文化についてを咀嚼して理解した上でのこと。蔦と木片で編まれた住居の中で、新しくできた蛇口を捻ってその状態を確認しながらハイネは考えをまとめる。

 この時点でハイネがはっきりと言えるのは、棲み分けがなされた時期は少なくとも魔蟲が災厄として暴れた時代よりも後の出来事だということだ。だから、甲殻武装を鍛える手段が廃れてしまった原因がより一層謎に包まれる。


「さっきも例に挙げたけど、『魔蟲が湧く』という言葉……というよりも、ことわざは昔の出来事を繰り返さないために存在するんだ。今や脅かす言葉になってしまっているけど、昔は教訓的な意味もあったんだ」

「その、昔の意味って何ですか?」


 アトラスはハイネに尋ねた。するとハイネは、考えようによっては理解できる言葉だと前打ってから、意味を説明する。


「『魔蟲が湧く』の本当の意味は……欲に囚われた者は殻人族たり得ない。こんな意味だったんだよ」

「殻人族たり得ない? この言葉は恐怖からなんですか……? まるで、殻人族ではないと言っているようにも聞こえる……」

「そう、そのニュアンスが肝だ。俺の持論だけども、聞くかな?」


 アトラスは自分の不安に流されるままに、ハイネの言葉に頷く。このままでは、自分自身の不安感が心の外側へと飛び出してしまう。だからアトラスは救いこたえが欲しかった。


「俺の考えは、魔蟲と呼ばれた存在を祖先である昆虫と同じ……昆虫が本能のままに一生を過ごしていることに例えているんじゃないか、ということなんだ」

「ある意味、侮蔑ともとれますね……考えようによって印象が変わるとはこういった意味なんですね」


 アトラスはニュアンスの違いを理解して、大きく深呼吸。そしてより固く、固めに固めた決意を宣言した。


「やっと、心が決まったよ。俺は……サタンと戦う! それで、サタンの真意を!!」



 ***



「あはははははははははははは!! どうしてこんなにも……楽しいんだろう! 嬉しいんだろう!! マルスをへラクスが倒してくれちゃったからかなぁ。今まで邪魔だったアトラスも、まさか……俺の弟だったなんてな! あーあ、本当に邪魔だよ」


 一方で地底で破壊活動を続け、ただただ嘲る殻人族──サタン。今や、殻魔族を無理やり従えているサタンは金色の火花を散らして紫の剣を地面に突き刺した。地面の溝を光が走り、しばらくして大爆発を引き起こす。

 少しずつ爆発させて、ほんの小さな破壊を積み重ね、最後の最後で全てを崩落させる。

 これがサタンの心を満たせる手段だった。


「まだだ……もっと念入りに。俺は全てを潰さないといけないのに……!」


 破壊したい理由も底知れぬもどこか遠くに置き去って、サタンは破壊を繰り返す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る