改心と改新
あれから、サタンは『
地底のいくらかの集落を破壊して回っているそうだ。
しかしまだ、地底の柱部分を崩落させることはしていない。その証拠に、地上世界に穴が空いているのはヘラクスとの戦場跡地のみだ。殻魔族の扱いは今までとはうって変わり、半ば奴隷のような扱いをサタンに強いられていた。
「ヘラクス様……何故、っ! う……ゼアカ様」
イロハは嗚咽する。かつての主──ヘラクスではなく殻魔族の長、ゼアカに想いを馳せた。
それは忠誠心というよりも、恋慕だろうか。
あの戦いの後、ヘラクスがゼアカに成り代わっていたことをサタンの口から伝えられた。そして何度も泣き叫んだ。
その言葉が意味するのは、ゼアカはもとより死んでいたということ。
必死に
「サタン。私の宝物を奪ったお前は、絶対に許さない……!」
もう自分には何も残っていないと、そう恨みを募らせながら。もうそこに生きることへの執着は、無いに等しかった。
***
「アトラス、お前……本当にわかってるのか? お前の父親は死んだのは事実だ。でも、お前はサタンを……倒さなくちゃいけないだろ?」
ある日ギンヤは、アトラスに言い放った。今までのアトラスとは明らかに異なり、見るに耐えないアトラスの今。
絶望の色を浮かべ、目に覇気がない。それに加えて、致命的なことに戦意を喪失していた。
「俺は……俺は」
「いつまでボサっとしてんだよ! 辛いのはわかるけど、見て見ぬふりをするんじゃねぇ!! しっかりと前を見やがれ、アトラス!」
ギンヤの堪忍袋の緒が切れる。見たくはなかった、友の堕落。ギンヤはアトラスをもう一度立ち上がらせるために、最善の一手を放った。
「そうでも動かないのなら! 俺は……お前に決闘を申し込む!」
「け、決闘……?」
「そうだ! 勝敗なんてどうでもいい、俺と戦え! アトラス!!」
森の中に空いた隙間。荒野に出て二人は対峙する。光の通りも悪く、場所だけ草木がない。冷たい土を力強く踏みしめながら、お互いに目を合わせて火花を散らす。澱んだ眼光と、怒りで赤く染まった眼光。その火花は、混ざりあって紫色のように幻視できる。
「俺がお前を、元に戻す! いくぞ、アトラス!!」
そして、お互いに武器を引き抜く。アトラスは失った
「……頼む。【アトラスパーク】」
「力を貸せ! 【ベクトシルヴァ】!! 最初から全力でいく!」
開始早々に、ギンヤは飛翔した。高速移動をしながら時には動きを止めて、アトラスを翻弄する。アトラスの背後を取り、ギンヤは横回転させた槍を叩きつけた。
「ぐぁっ!」
咄嗟に身体を捻ることで衝撃を逃がすも、横から一直線の衝撃だけは逃がせない。うめき声をあげて、アトラスは丁度、離れた木々の合間を縫うように吹き飛ばされた。
木々にぶつかることなく、地面を引きずってアトラスは静止する。
「俺だって、負けたままは嫌に決まってるよ……! でも!」
「敵わないなんて言うんじゃねぇぞ! 俺が言わせねぇぇぇぇぇえ!!」
アトラスを追って、更なる追撃。ギンヤが槍の穂先を下後方から前へ突き出した。アトラスは刀をひっかけるように受け止めて、しばらく鍔迫り合いが続く。
「俺は、くっ……【根源開放】!!」
「ああそうだよな。お前だって本当は復讐したい、そう思ってるはずだ! ならこんなところで立ち止まってんじゃねぇ! ──【根源開放】!!」
両者共に、黄緑色のオーラを纏った。身体能力が向上し、脚で地面を踏みつけてアトラスはギンヤを押し返す。
「ぐ、ぎぃ……っ」
ギンヤは徐々に押し返される。すぐに判断して、翅を動かした。
後ろへ飛ぶ。
「っ!? な、んで……!」
アトラスの反対の手は前へ伸びていて、殴り飛ばそうとしたということが見てとれた。あっさりと避けられたがために、アトラスは驚愕の表情となる。
「いつまでそうしている気だよ! アトラス!!」
今度はギンヤが飛翔しながら、握った手を前へ出す。見事アトラスの頬をとらえて、アトラスは後方へ重心を崩した。
さらにその隙を突いてギンヤは着地、からの回し蹴り。
「うぐ、っ!」
吹き飛ばされる方向があちらこちらへと変わり、アトラスはボロボロになっていく。しかし、アトラスの眼光は未だ変わらない。
ギンヤの怒りは遂に、頂点に達した。
「お前……っ! いい加減にしろよ! お前は何のために地底に戻ったんだ? いくらお前の父親からの命令でも、マルスさんの……力になりたかったんだろうが! それならせめて、それくらい貫き通せよ! この……何も無い『空っぽ』が!!」
「っ……!? それなら、一体俺は……どうしたらいいんだよ。これ以上どうすればいいのか、もう分からないんだ……」
涙の粒を土の上に落としながら、アトラスの本心が漏れる。
「強くなればいいだけだろ! それ以外に何があるんだよ! 目を……覚ませぇぇぇ!!」
もう一度、ギンヤはアトラスを殴りつけた。ギンヤの
アトラスの頬は涙と土に汚れる。でも不思議なことにその眼光は涙に潤んで、やけに輝いて見えた。
「全く、せめて俺たちを頼ってくれれば良かったのによ……。はぁ」
ギンヤは安心したせいか、思わずため息がこぼれた。
***
ハイネがやってきたのは、アトラスがギンヤに敗れ、そして立ち直った──そんな時だった。
「誰……?」
「え、なんで──」
家に戻ると、見知らぬ殻人族が椅子に座っている。アトラスは思わず、疑問が口から漏れた。翅の大きさに左右差があり、体格が長身なためにややアンバランス。
ギンヤは直接会ったことはないにしろ、見覚えがあった。それはアトラス達が二手に分かれて他の森へ向かったとき──『タランの森』で力を貸してくれた殻人族だ。
「君たちは? ああ、ここの住民かー! 改めて自己紹介しておくよ。俺の名前はハイネだ!」
「は、はあ……。俺はアトラスです」
それからアトラスはギンヤのほうへ目を向けた。ギンヤは目を見開いて、驚いている。
「俺はギンヤです。それと……あー、ええと、ハイネさんは『タランの森』で俺たちを助けに行かせてくれた……んだよな?」
「おお、あの時にいたのか! あれはたまたまあの森に滞在していたからなー。偶然が積み重なっただけに過ぎないよ」
そう、ハイネは元々あの場所で研究をしていたのだ。昆虫と殻人族の構造を比較する。ヘラクスが祖先と今の殻人族を追っていたように、ハイネも追いかけていた。
しかし、
そして今は、旅をしながら場所によって生息している
だからどれもこれも、ただの偶然。
「それでここを立ち寄ったときに、生活を少し楽にしてあげようと思ってね! まあ、地底の生活様式を知りたいというのもあるけどね」
後者が本音なのは間違いないが、シロナは生活様式の改善について異論はないようで、他の住民も乗り気だった。
「はい……。わかりました、よろしくお願いします」
アトラスは皆の顔を見回して、ハイネに頭を下げる。
そして、ハイネはこう告げた。
「まずは、地底での生活はどのようなものなのか。それについて聞きたいね! どちらにしてもその情報がないと、始まらないから」
自分の知識欲以前に、生活がどのようにして成り立つのかを知らなければ取れる対応も取れない。
「まずは一つ、質問しよう。水はどこから得ている?」
「ええと、枝分かれしている根の先端に傷を入れて、そこから水を得ています」
アトラス幼い頃の記憶を掘り出して答える。
「なるほど、まずはそれを解決するとしようか!」
「はい、ありがとうございます!」
「旅の中で沢山の水路を見てきたけど、
今のハイネの思考は『蛇口』という道具で埋めつくされていた。
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