激翔篇

第一章

勇者の本懐

 あるとき、誰かは言った。

 この世界は謎だらけであると。

 殻人族という存在も然り、祖先の昆虫とは大きく異なる。『日食魔蟲』ヘラクスが真実を求めたように、彼の他にも謎の解明を思い描く者がいた。


「ふぅん、なるほどねぇ……。地底に集落が本当にあったとは、これは驚きだな」


 彼は旅をしながら、沢山のものをこの目で見ている。しかし、地底について知るのはこれが初めてだった。ぽっかりと空いた穴を上から見下ろして、彼は目を見開く。


「それにしても、あの通路……一体どうなってるんだ? ただの土じゃないか」


 上から見える集落は、土だけでつくられているようだった。

 最近までは『タランの森』に滞在していて、それからフラフラとあちらこちらを旅していたが、壁を土でつくるような集落は何一つない。

 いずれも木片と蔦を絡めて集落を建てていた。


 ──下に降りたい。


 そんな欲が彼を刺激する。

 しかし、それは絶対に叶わない。なぜなら、背後から誰かの気配がしたからだ。


「ちょっと待ってくれ。お前さんは……下へ降りるつもりか? それならやめておけ。既に奴らが支配しちまってる……」

「誰だ?」

「ああ、すまないな」


 そう言って影から姿を現したのは、一人の殻人族。


「俺はエルファス。今までは、地底で暮らしていたんだがな……」

「なるほどねぇ。んじゃあ、降りるのはやめておこうかな!」


 木々の隙間から集落の陰だろうか。その集落に賑やかさは欠片もない。細々と、生活をしているようだった。


「今は、そうすることをおすすめするぜ。まあ俺たちものつもりじゃないけどな。とにかく、俺について来てほしい」

「ああ、わかった。それなら少しだけ厄介になることにするよ! 自己紹介がまだだったな! 俺の名前はハイネだ。巷では『賢者』とも呼ばれているがね」


 彼──ハイネはそう名乗る。

 ハイネはエルファスについて行くと、見えてきたのは元々地底で暮らしていた殻人族たちの姿。誰もかも、顔に覇気がなかった。


 ただ食事をする。

 ただ洗濯をする。

 ただ身体を洗う。

 ただただ、平坦な生活を送る。


 そんな様子だった。あるのは哀しみの色と、居心地悪さ。


「生活様式がかなり違ったんじゃないかな……? あまり慣れていないみたいだけど」

「ああ、そうなんだ。元々住んでた環境と違うからな……困りはするさ」

「それなら、どうにかできるかもしれないな!」


 ふとハイネの中で、協力できることが思い浮かんだ。それは生活様式の改良。地底の生活様式に近づけるために、何ができるのか。逆に地底を知ることができる。

 その二重の意味で、ハイネはエルファスの集落に興味を持った。


「まあ、どうにかできることなのかは……わからない。ヘラクスを打倒しなければ何も解決しないからな」

「ヘラクス……ああ! 『日食魔蟲』の名前か!」

「そう、そのヘラクスだ。俺たちは負けたんだ……に」


 そう零すと、エルファスは慣れない蔦の暖簾を開いて、ハイネを手招きする。


「ほら、入れよ」


 ハイネは『負けた』という言葉に違和感を持ちながら、無言で家の中へ入った。



 ***



 時はマルスがヘラクスに敗れた瞬間へ遡る。

 ヘラクスが地底の集落のところにまで降りてくると、配下もそれについて行く。

 やがて、シロナたちの目の前に姿を見せた。


「俺たちは、この地底世界を俺たちだけのものにする。だからここを三日以内に立ち去れ!」


 傲慢そのものの口調でヘラクスは言う。そして一人の殻人族が、その存在を示した。


「っ!? あなたは……!」


 シロナが目を見開いて、言葉を失う。その影は黒髪に白いメッシュ、紅眼が特徴的。


「【日食魔蟲第三使徒】亡霊のサタンと申します。はははっ! み〜んな久しぶりっ!」


 そこには笑顔の亡霊サタンがいた。サタンはヘラクスの顔を見上げ、軽口を叩く。


「本当に助かったよ。ついでにクズな父親マルスまで殺してくれちゃうし、なんて礼を言えばいいかわからないね」

「これで俺の役目も終わったみたいだ……。それならば、約束通り──」

「うん、いいよ! 約束通り、旅に出るといいさ!」


 サタンの未だに何を考えているのかわからない、無邪気で醜悪な笑み。気がついた頃にはおもむろに甲殻武装を取り出して、ヘラクスの胸を穿うがっていた。

 剣先がヘラクスの背中から見える。胸からも背中からも、黄緑色の血液が流れ出していた。


「が、ぁっ! ごほっ! がっ! 何故、だ……っ!」

「今度こそ俺に宿せ! 【パラサイトダークネス】!! ああ、今度こそ真実ってものを見つけられるといいね! 応援してるよ! はははははははは!!」


 そしてサタンは、ヘラクスの力を取り込んだ。殻魔族ゼアカを乗っ取っていたヘラクスが逆に乗っ取られる。ヘラクスの意思が入る余地もなく、サタンはそれを吸収した。


「──ははははははは。遂に……遂にだ! これが、これこそが完全体! 俺が、魔蟲たる器になった証だぁぁぁぁぁぁ!!」


 高らかな笑い声。サタンはヘラクスの力を──ヘラクスのを自分のものにしてみせた。

 そしてサタンが望むものは。


「俺はこの力で、地底をズタズタにしてやるんだ! 地上世界もまとめてなぁ!」


 世界を壊す。

 それが、サタンの望みだった。


「生まれ変われ! 【パラサイトダークネス】!」


 サタンは甲殻武装の刀身を変化させる。

 紫色だった全体像は金色こんじきへと変わり、纏っていた白い炎は紫をより暗く、黒い炎へと変化した。金色の刀身と黒い炎が、サタンの持つ危うさをより一層際立たせている。

 そして、剣を地の底へ突き刺した。深々と突き刺せば、紫色の光が地を不規則に走り出す。

 紫色の亀裂が引き起こすのは、大爆発。殻魔族ももろとも爆発に巻き込まれてしまった。


 それから、殻人族は地底を追放されることになるのだ。

 マルスの子であるアトラスが──サタンの弟であるアトラスこそが、サタンに対抗し得る唯一のであると、地底に生きる殻人族たち全員が思った。

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