第二章

枝分かれて、対話して

 アトラスたちは集落を出て、巨大な穴──地底世界の底まで繋がっている空洞の前までやってきた。


「みんな、本当にいいの?」


 一緒に戦ってくれることの、最後の確認。アトラスは慎重な面持ちで尋ねる。


「ああ! もちろんだぜ!!」

「そうね。ここまで首を突っ込んでしまったんだもの、最後まで戦うわ!」

「……ん、撤回するなんてもう遅い。ん、ギンヤもそう言ってる」

「俺がいつそんなことを言ったかなぁ!? こんな時にも冗談かよ……全く」


 しかし、アトラスたち四人の口元は緩み、自然と肩の力が抜けた。そして、後ろを歩くエルファスとハイネの緊張も、自然と抜ける。


「一応、緊張感が抜けたからまあ……いいか」

「ああ、全くだな」


 エルファスがそうこぼしてハイネも同調する。


「さて、俺は地底世界をそのままに保ちたい! だから早くいくぞ!!」

「は、はあ……」


 ハイネのぐいぐいとした勢いにアトラスはため息をつくほかない。そしてアトラスが先導し、地底へ続く穴に飛び込んだ。


「みんな、いくよ……!!」

「ああ!!」


 続いて、ギンヤも空洞に飛び込んで、四枚の翅を動かす。空中で静止し、勢いよく急降下。それからヒメカ、キマリも内壁伝いに飛び込んで、底スレスレのところで甲殻武装を突き立てて着地。エルファスとハイネは対の翅を動かして着地する。

 それから、道を探す。瓦礫の大半は殻魔族によって撤去されているからといって、道が使えるという道理はない。一部、崩れている道もある。


「一ついいかな?」

「ええと、なんですか? ハイネさん」


 アトラスがこれからの行動に迷った時、ハイネが一つの提案をした。


「丁度いくつかの枝分かれがあるんだ。次の分岐まで進めるだけ進んで一旦この場所に戻ってこよう」

「なるほど……! わかりました!!」


 分かれている道は全部で四本。だから、アトラスとヒメカのペアで一つの道を。ギンヤとキマリでもう一つ。エルファスとハイネで残ったそれぞれの道を進む。そして、再びこの場に戻ることを約束した。



 ***



 暗い暗い、洞窟の中にあるのはアトラスとヒメカ、二人の姿。アトラスが先頭に立って、ヒメカが後を追うような形で彼らは進む。


「ねえ、アトラス?」

「ん? 何、どうしたのヒメカ?」

「アトラスは自分の兄でもある……サタンを、殺したいと思ってるの?」


 マルスが倒れ、アトラスは怒り狂うほどに、その心は荒んだ。その状況を間近で見ていたからこそヒメカはこの質問をしたかった。


「うーん、説得力はないからどう言えばいいのかわからないや。強いて言えば、そうだな……殺したい云々よりも前に、サタンを止めないと! とか、そんな焦燥感に駆られそうな気がするよ」


 それは父親のマルスからくる使命感のようなものなのだろう、とヒメカは心の中で予想を立てる。


「ふーん……。なら、コーカスの時みたいに怒りに囚われたりしないでよ? 私が、みんなが困るから」


 少しだけ頬に朱を差して、ぶっきらぼうにヒメカは言う。


「あ! ここで枝分かれだ……。戻ろうか」


 アトラスは後ろを振り返って、ヒメカへ声をかける。


「そ、そうね!!」


 少しゆっくりめに歩くヒメカをアトラスは追い越して、またもやその後ろにヒメカは続いた。

 まず、一本目。この通路に崩落などはなく、特に問題という問題はなかったのだ。



***



 場所が変わり、ギンヤとキマリは道幅が広めだったのもあり、横に並んで進んでいた。ギンヤは丁度良いタイミングで、キマリに尋ねる。


「なあ、今だから聞けるけど、なんでいつも翅をむしるような冗談をするんだ? 俺は何も聞いてないから、言ってみろよ」


 ギンヤが尋ねた内容は照れ隠しなのではないか、と思いつつあるキマリの冗談について。キマリは話題がなくなった時や、言葉に詰まった時にほぼ必ずギンヤを揶揄う。だからその真意を、ギンヤは知りたかった。


「ん、ギンヤのくせに、生意気……」

「俺はお前の中でどういう扱いなのか一度聞きてぇよ!! とにかく、話してみろよ」

「わかった。一言で言えば……言葉が出てこない。つまり、コミュ障」


 照れ隠しでもなく、単純に話題に詰まったからギンヤをいじった。ただそれだけだった。


「え!? 本当にそれだけだったのか!? てっきりアトラスが好きで照れ隠しなのかと思ってたぜー!!」


 ギンヤは、内心の予想を吐露してしまう。そしてそれはキマリの地雷でもあった。


「な……んで、え? 気がついて……たの?」

「いや、そりゃあはたから見てたらわかるに決まってんだろ。あんな露骨に表情が変わってたらなぁ……ぐふっ!?」


 キマリは、ギンヤの脚跡の鎧クラストアーマーの少し上のあたりを、肘で突く。キマリの肘はオオカマキリから発展した棘がある分、余計に痛い。

 ギンヤは悶絶し、細くて途切れ途切れの息を繰り返す。中腰で、地面に脚をつけて、踏ん張りながら。


「ギンヤ……アトラスにバラしたら、わかってるよね?」

「お、おう……もちろん」


 キマリの冷たい声に、ただ頷くほかない。ギンヤは痛むところを片手でさすり、涙目だった。

 それから歩いていると途中で通路が崩落していて、これ以上進むことはできそうにもない。


「お、ここはハズレか……」

「ん、戻る」


 そして後ろへ引き返し、最初のスタート地点まで戻る。

 戻った先には、すでにアトラスとヒメカの姿が。ギンヤは二人へ大きく手を振って、声をかけた。


「おーい! アトラスー!! ヒメカー!!」

「あ! ギンヤ! キマリも!」


 名前を呼ばれて、少し顔を赤らめるキマリだったが、すぐにもとの顔色へと戻す。


「アトラスー! そっちはどうだったか?」


 アトラスたちの目の前まで来て、ギンヤは尋ねる。


「こっちは大丈夫だったよ! そっちはどう?」

「ああ、それがな……」


 ギンヤは崩落していたことを伝えると、キマリのほうを向く。睨まれていることをさっと理解すると、冷たい汗が頬を伝い、流れ落ちてきた。

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