幻氷開放
冷気の中から現れたのは、【ベクトシルヴァ】の表面に氷を纏わせたギンヤだった。今のギンヤはあの時──『氷雪魔蟲』ユシャクの力を借り受けた姿、それに近い。
ギンヤは両手の間隔を空けて甲殻武装を握る。穂先はまっすぐにクローゾを捉えていた。
「これからのお前は、俺に一つも攻撃が届かない。いくぜ……?」
「ふん! そんなもの、この障壁で押さえつけてやろう」
槌を円心状に振り回し、障壁を前方へ弾く。それをギンヤは押し留めた。氷の力──元を辿れば障壁を減速させているのだ。ギンヤはすぐに走り出すが、血流を加速させているにも関わらず、速度はあまり上がっていない。
(くっ、自分にも負担が……)
ユシャクの冷気は自分さえも遅くしてしまうほどに強大なものだ。ギンヤはまだ、この力を制御できていない。
「ほう? その力、相当負担が大きいと見た」
「そうだ……なッ!!」
ギンヤはクローゾの外側を走りながら、軽口を言う。しかし表情は真剣そのもので、ギンヤはクローゾへ接近する。
「おらぁ……っ!」
「ふっ!!」
槌と槍の鍔迫り合い。
火花が散り、重たい衝撃がギンヤを襲う。しかしギンヤの胴体へ伝わるまでに衝撃は霧散した。
「ッ!?」
「悪いな、このまま押し返させてもらうぜ!」
鍔迫り合いのままギンヤはクローゾを押し返していき、クローゾはその危機感からステップで距離をとる。そしてクローゾは前に蹴り上げた。しかし脚はギンヤに届かない。
そこでクローゾは横目でレーカを見る。レーカはルリリとネフテュスの間におり、二人に守られていた。
しかし壁としては、無いも同然だ。
「このままでは、ジリ貧だな……。キース、今だ!!」
「ああ、わかってるってば!」
キースが神速で現れ、レーカへ接近する。腕をしっかりと掴み上げ、クローゾのもとへ連れていった。レーカさえも自分に何があったのか、理解が追いついていない。
「よしキース。ハイネのもとに連れていくぞ」
「そうだね。この娘は後でじっくりといたぶってから殺すとしようか」
「キース、お前……ッ!」
狂気じみた笑みでキースは告げる。
ギンヤに手を出させないために。そして、彼らを絶望させるために。
「そいつはあいつの……アトラスの、娘だぞ! 奪わせはしねぇ!!」
ギンヤが走るもキースの速度に追いつけず、レーカの手ごと距離を離される。ギンヤはそれ理解して、【幻氷開放】を解いた。
「あいつの宝物を返せ! 【根源開放】……!!」
通常通りに血流を加速させる。そしてキースとの距離を一度に詰めた。
「させん! 【エアルプレス】!」
接近したところを障壁に阻まれる。ギンヤはこれ以上近づけない。その状況で自分の力無さに絶望させられる。
「くっ、うぅぅ……」
ギンヤの悔しさが頬を伝って地面を濡らす。今すぐにでもアトラスに伝えたい。しかしギンヤは自分の役割は──生徒を守らねばならない。
だから頼ったのは、ルリリとネフテュスの二人だった。
「ルリリ! ネフテュス! 不甲斐ない先生で申し訳ないが……レーカを、頼んだ! アトラスに伝えてくれ!!」
「……ん!」
「ああ、わかった!」
レーカ奪還のため、ルリリとネフテュスはアトラスのもとへ走り出す。
「おい、急げってルリリ……」
「ん、わかってる。ネスも少し静かにしてて」
ルリリは大急ぎでアトラスの家へ向かうがその道中、なにを考えたのかネスに指示を出した。
「ネス! ネスは地底の
「って、おい! ったく、行動早いな……」
ネフテュスが戸惑ってルリリの指差した方向を見ている間に、ルリリは見えなくなっていた。ため息を吐いてネフテュスも扉通路のほうへ走る。
「あれ、道に迷った……」
***
「はぁっ、はぁ……はぁっ!」
息も絶え絶えに、ルリリは脚を躓かせた。顔も一部土で汚れ、頬を伝った涙が土で固められる。粗い呼吸を繰り返しながらルリリは立ち上がった。
「あ、アトラスさん……! 急がなきゃ」
道のりはもう全体の残り半分もない。急いで走り、大きな音を立ててアトラス邸の扉を開ける。
「アトラスさん!」
「っ!? ど、どうしたんだルリリ!? 一体、なにがあった?」
「れ、レーカが……連れ去られた」
アトラスの脳天に衝撃が下った。同時に怒りがふつふつと込み上げる。
「どこへ行ったのか、分かるかな?」
「多分、逃げて行ったのは……タランの森の方角だと思う」
「そうか、分かった。ヒメカ、ルリリを風呂にでも入れてあげて。俺は……行ってくる!!」
「ええ、わかったわ。あなたも、気をつけてね……」
アトラスは一度ヒメカへ目配せすると、前を向いて全身の血流を沸騰させるかの如く、加速させた。
「いくよ、【アトラスパーク】!!」
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