二人の英雄、二人の勇者

 黄緑色の血液が全身を巡り、硬化させた手首を通る度に血流が更なる加速をする。それは掟破りの荒業──【フォーミュラ・バースト】。腕輪状に硬化させた部分を三つ連ねて、その部分に圧力をかける。最大限に酸素を活用させることのできる形態だ。


「ねぇ、デナーガ。私のルリリに、いったい何をしているのかしら?」


 鋭い眼光がデナーガを貫いた。その背後ではアトラスとヒメカがシロキを救い出し、レーカの横にはプリモが並ぶ。アトラスはシロキを背負って安全な場所へ移動するとすぐにデナーガと向き合う。


「待たせたな、デナーガ」

「ほぉう……。英雄様が直々に相手してくれるとはね。とても恐れ多い、よッ!!」


 そう言いながら、触手を伸ばしてくるデナーガ。しかもその向かう先はレーカのほうである。レーカはいともたやすく手刀で切断して、デナーガに迫った。手刀でデナーガの甲殻武装と打ち合い、レーカは叫ぶ。


「やぁっ! 卑怯なことするわね!!」

「俺は残業はしたくはないんでね。おいとまできるならそれに越したことはない、よッ──!!」


 するとデナーガは触手の先をどこか遠くの枝に絡めた。触手を縮めるようにデナーガは飛翔する。


「待ちなさいっ! はぁぁぁっ!!」


 両手を一つに束ね、手先の延長線上に巨大な一振りの剣を生み出す。デナーガの飛影を狙い、その刃を思いきり振り下ろした。

 しかし剣は届いていない。距離を見誤ったのだ。


「残念、俺には届いていないよ。それじゃあまた会おう!」


 そう高らかに笑いながら、デナーガは遠くの空へ消えていった。しかし残されたレーカはニヤリと笑っている。


「今よ! プリモ!!」

「オーケー。いくわよ、【プレモスフィーガ】!」


 同じく触手──否、異形とも言えるプリモの武器。五本の指状に伸びた触手がそれぞれ斧の姿を象る。デナーガの触手が伸びた先から順に斧で切り落としていく。デナーガは斧が直撃する手前で逆方向に飛び、元の場所に着地した。

 そしてそこには──アトラスとヒメカがいる。


「ちっ! 厄介な」


 デナーガは心底嫌そうな表情で二人を睨み返した。


「ここからは俺たちが相手だ。いくよ、ヒメカ」

「ええ、そう来なくちゃ。私も久々に暴れたいわ」


 二人は軽口を交わしながら、目の前の敵に集中する。二人は同時に血管を収縮させて、血流を加速させた。


「【重開放】ッ!!」

「【根源開放】!」


 アトラスは白色のオーラを纏い、ヒメカは黄緑色のオーラを纏って戦闘態勢となる。甲殻武装を取り出して片手で握った。アトラスは甲殻武装に力を込めて、刀身が蒼く染まる。


「いくわよ」


 ヒメカはデナーガに接近して蔦を伸ばす。ヒメカの甲殻武装──【ローザスヴァイン】は蔦で相手を拘束する能力。そのため先手必勝の戦略が重要となる。

 ヒメカはデナーガとの距離を一度に詰めると、レイピアで鞭を斬り上げた。デナーガの手から甲殻武装が離れ、手ががら空きとなる。その隙をついてアトラスが蒼雷を纏いながらの一閃を見舞う。デナーガの手首を切り落とすことに成功する。結果としてデナーガの手数の多さという強みは消失した。


「レーカ、今だ! お前の強さを見せてくれ!!」

「うん!」


 アトラスのもとに駆けつけたレーカは両手を束ね、巨大な剣を天に掲げる。同時にルリリも巨大な斧を生み出して、空へ伸ばす。


「いくよ、プリモ。はぁぁぁぁぁ!!」

「ええ、やぁぁぁぁぁっ!!」


 レーカとプリモは一斉に攻撃を繰り出して、デナーガの胴を切り裂いた。


「っ!? ぐ、ぉ……!?」


 痛みに言葉にならない声が漏れる。相当な痛みがデナーガを襲い、前のめりに倒れ込む。地面に倒れ伏したまま、手を前方へ伸ばす。痛みに堪えつつ、口を動かした。


「俺、たちの祖先……に、俺たち、は…………」


 その言葉だけを遺し、デナーガは力尽きたのである。




「祖先がいったい、なんだったんだ……?」


 アトラスは先程耳にした言葉の欠片を咀嚼した。しかし何も全体像が見えて来ず、考えることを一度放棄してしまう。


「とにかく! ルリリもシロキも無事だったんだ。まずは帰ろうよ」

「そうね、レーカ。帰りましょうか」


 ヒメカはそっと微笑んで、レーカの手を握る。他の面子はシロキが目を覚ますまで、身体を支えながら帰路についたのだった。



 ***



「ああ、デナーガも負けてしまったか。残念だよ……」


 ハイネが木の影でデナーガの死を悔やむ。デナーガは意見こそ食い違えど、その先に同じ目標があると信じていた。だから気を使わなくて済む、良い関係だったとハイネは思う。

 その友が今、失われた。


「っ! あいつら、絶対に許さねぇ……!!」


 いつものハイネとは異なる獰猛な目付きと言葉で、復讐心を燃やす。己の中で何かが弾けるような、そんな音ともに──。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」


 ハイネの野性が覚醒する。今まで捕食した殻人族なかまよりも、もっと強大なものを食べたいという欲に染められる感覚。それに伴って「使命感」というものが大きくなっていく。

 「再生」と「復讐」、二つの目的が混じり合う。そして弾けた。


「ふっ、これが今の俺か。面白い……」


 近くの水面に顔を映せば、ハイネの姿は変貌を遂げていた。身体は外骨格へと、鼻という器官は失われ、動体視力は向上し、姿は祖先のオオハネカクシのような特徴が見え隠れする。

 もとより左右非対称の翅は左側が著しく巨大化し、異形化が進む。

 今のハイネは殻人族であって、殻人族ではない。




 ──形容しがたい、一種の化け物だった。

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