ルリリの秘密

「ルリリ、ここは戦うべき……だよな」

「いや、さっきも言ったと思うけど、私たちは逃げるべき」


 互いの意見が反発する。しかし言い合う最中も酸による攻撃は手を止めてくれない。自分たちの頬スレスレを溶解液が過ぎていくと流石に戦慄する。食虫植物の様子はまるで獲物を見つけて追い回す肉食動物だ。


「うん。確かに……相手は逃してくれなさそう。戦うしかないみたい」


 ルリリも状況を悟った。今逃げることは難しい。それに加え、このままでは元の居場所に帰ることはできない。

 だからまずは、この戦いに勝つほかなかったのだ。


「武器が使えないなら、肉体で勝てばいい!」

「そうね」


 互いに血管を収縮・拡張させ、体内を巡る血流量を増大させる。二人して、食虫植物を睨んだ。


「「……根源、開放ッ!!」」


 黄緑色のオーラが肉体を覆い、身体能力が向上する。飛び跳ねるように食虫植物ヤツの周囲を撹乱させると、すれ違いざまに掌打を打ち込む。

 百八十度、反対の向きからの衝撃に敵は怯んでしまう。脚を引きずって着地すると、後ろを振り返った。

 ──もう一度、拳を振るう。


「はぁぁぁッ!」

「っりゃぁぁ!!」


 掌打が丁度花弁の付け根にヒットする。そこに穴が空き、酸が漏れ出す。次第に動きが無くなり、食虫植物は倒れ伏した。


 ──これで知ってもらえたかな? 昔のこと。


 デナーガの声が頭の中に直接響く。


「あなたはいったい、何が目的なの」

「それはまだ言えないな。でも、君たちは俺の望みに見合うことをしてくれた。だから、ご褒美だ」


 瞬間、意識が別の場所に飛ばされる。


「ここは……」


 どこか見覚えのある場所。ただ、ここはブルメの地ではなく、もっと昔にルリリがいた場所。薄らと記憶に残るくらいの場所だ。


「あれ、シロキ?」


 シロキは隣にいなかった。シロキも別の場所に飛ばされたのだろうか、とルリリは今までの事から予想する。それよりも今のルリリの意識は、目の前の出来事でいっぱいだった。


「あれは、私っ!?」


 そうなのだ。まっすぐ遠くの一軒屋の前で遊んでいるのは──幼き頃のルリリだったのである。


(となりで見守っているのは、本当のお母、さん……?)


 隣にいる背丈の高い女性は白髪に褐色の瞳、そして特徴的な白い斑点の黒い翅。ルリリの祖先と同じ、カミキリムシの殻人族だった。胸の前で両手をぎゅっと握り締め、ルリリはひたすらに向こうを見つめている。

 そしてある時、母親は倒れた。息を荒げながら、胸を上下させている。ルリリの母親は元々病弱だったのだろうか、表情はやつれていた。幼い頃の僅かな記憶から、ルリリは母親を思い出す。母親は昔、成虫おとなになった瞬間に、身体が極めて弱くなったことをルリリに話していたのだ。


「お母さんっ! う、うぅ……」


 感情が、溢れ出す。ルリリは知っていたのだ。

 母親が病弱だったからこそ、キマリおかあさんへ自分を託したのだと。

 それは羽化不全とよばれる、昆虫にとっては命に関わる疾患だった。


「お母さん! お母さんっ!!」


 そこでルリリの夢は終末を迎える。



 ***



 ──目がぼんやりと開く。

 涙で潤んだ瞳に薄らと外界の光が入り、やがて周りの情報が一度に迫り来る。


「っ……!?」


 なにやら目線の位置が高く、手脚が動かせない。というよりもむしろ固定されているようだ。

 下を見て気づく。今、ルリリは大樹の側面に磔にされていたのだ。デナーガの長い触手のようなものに絡め取られ、動きを封じられていた。


「は、シロキ……?」


 慌てて横を見る。シロキも同様に磔状態だ。しかし、依然として目を覚ます様子はない。


「シロキ、起きて」


 小声ながらも必死に叫ぶルリリ。シロキの眉間には皺が寄り、どこかうなされているようだ。ルリリと同じく、昔の出来事を追体験しているのかもしれない。

 ルリリはシロキの横顔を見て、心を痛めた。


「シロキ……」


 苦しそうな表情を浮かべたまま、一向に目を覚まさない。今のルリリにはどうすることもできないのだ。


「やあ、さっきぶりだね。良い夢を見れたかい?」

「全ッ然! 後味の悪い夢、だった」

「そうか」


 デナーガはルリリの心の内を見透かすような物言いで、ルリリを刺激する。それに対して後味の悪い夢だと答えたが、現状ルリリは無力と言うほかない。


(いや、違う。違うの、私……!)


 ──無力感に流されるな。

 負けそうな感情をどうにか押し留めて、己を鼓舞する。


「今自分が動かなくて、どうするのよ……! こんな私、嫌い!!」


 意識の戻った今ならば、甲殻武装が使えるはずだ。だからルリリは、己を解き放つ。


「力を貸して、【ブルームスター】」


 脚跡の鎧から一対の長い中脚が伸び、それが磔の枷を破壊し尽くす。そして地面に降りたところで、剣となって手元に現れた。

 両手に二振りの剣を握り、手前で交差させる。


「シロキは、私が守るっ!」


 ルリリは両手に握った甲殻武装を斜め下へ向けて、両手の力を抜く。そして全身の血液を沸騰させるが如く、血流を加速させる。


「シロキが目を覚ますまでの間、だけでも!!」

「さて、俺も能力を使わせてもらおうかな。力を貸せ、【ウルドスハンド】!」


 デナーガは己の甲殻武装を遂に出現させた。武器の姿は一言で表すなら鞭。しかし、今までのことから到底敵を絡め取るだけのものではないだろう。ルリリは一歩後ろへ後ずさるも、視線は常にデナーガを向いている。警戒心を剥き出しにしつつ、デナーガとの間に空く距離を保つ。

 そしてルリリは一瞬の隙に接近する。両手にそれぞれ握る剣を上から振り下ろし、デナーガの両肩を狙う。


「やぁぁぁっ!」

「──甘いね」


 デナーガの鞭が片方の手首に絡まりそのまま横へ振り回す。するとどうだろう、ルリリの重心にズレが生じ、そのまま遠心力に身体を持っていかれてしまった。


「ぐぁっ」

「君ならまだ立てるだろう? もっと本気を見せてくれ。本物の野性というものを!」


 デナーガは大きく張った声でルリリを鼓舞するような物言いだ。やはりその目的は理解できず、ルリリはただただ困惑する。

 しかもデナーガを倒す術も見つからない。ルリリとデナーガとの間にはがらりと距離が空き、接近するのは至難の業だ。

 ルリリは歯を食いしばりつつ姿勢を低く保ち、地面を蹴る。触手が眼前に迫りくる中で、ルリリは横へ避けつつも決してその速度は落とさない。デナーガも触手を伸ばしては縮めて、そして伸ばす。


「っ!?」


 ルリリは右斜め前に飛ぶ。

 片脚から着地。その勢いのまま、再び前へ。デナーガとの距離を詰める。


「いいね! そうこなくちゃ……な!!」


 デナーガはニヤリと笑い、触手でルリリを絡め取ろうと手を伸ばす。そして、ルリリの左脚にわずかに触れた。重心がぐらつき、その隙をデナーガが逃すはずもない。デナーガは必中の魔の手をルリリへと伸ばした。


「くっ、お願い……【ブルームスター】!!」


 ルリリの甲殻武装が眩い光を放つ。剣の切っ先から青白い光球が飛び交い、次々と触手の中間を穿ち、断裂させる。デナーガの甲殻武装が破壊された途端、鈍い痛みが横腹に走った。


「っ……!? 俺が、やられた? いいね、いい感じに取り戻してきたじゃないか。殻人族の本性というものを!!」


 デナーガは意味ありげな、怪しい笑みを見せる。


「よし、合格だ」

「っ!? な、なにこれ!」


 いつの間にか取り出していた甲殻武装でルリリを掴み上げる。

 息ができない、苦しいと、そう視線で訴えかけるも所詮は無駄にすぎない。デナーガは待ち望んだように口を開いた。


「君には、俺の仲間になってもらいたいんだ」

「そうはさせないわ!!」


 誰かの一声。同時に素早い一閃がルリリの拘束を解く。


「危なかったわね。ルリリ、大丈夫?」

「れ、レーカ!?」


 ──そこには、怒り心頭状態のレーカの姿があった。

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