目覚めの刻

 これから話すのは、コーカスの本質だ。


 僕はかつて『幻影魔蟲』と呼ばれ、恐れられてきた。

 こうなってしまったのは、僕が元々悪い存在だったのかもしれないし、『自分』を強く持っていなかったからなのかもしれない。

 それでも僕は『自分』を律すべきだと思って、常に努力をしてきた。まあ、その努力は報われることなく、霞のように消え去ったけど。

 僕は『自分』を制御できなくて災厄なんて呼ばれてしまった。

 やがて僕は寿命で死んだ。


 ──そのはずだった。


 でも、知らず知らずのうちにどこか荒野のような場所に倒れていたんだ。

 このとき、僕の心の中には『自分の意思』のに誰かの意思が覆い尽くしているようで、とても不快な感じ。


「あははははっ!! さあ、立ってよ。『幻影魔蟲』コーカス、これから君は……夢幻の侵略者だ」


 そう言って、あいつは僕を蘇らせた。


 ──もう災厄だなんて、呼ばれたくないのに。


「安心していいよ。今、君がいるのはヒメカっていう殻人族の意識の中だから」

「ヒメカ? 誰?」

「それは勿論、君の依り代さ」


 依り代と聞いて僕は思った。

 これは依り代とは、何かが違うと。


「あ、少し意味合いが違ってしまうな。君を無理矢理ヒメカに寄生させている、というほうが正しいかな」


 あいつの手の平には、形のない甲殻武装が乗せられている。それは紫色に輝いて、見る者を魅了させることだろう。


「僕はもう、災厄じゃないんだ。だから、やめてくれ」

「違うよ? 君は『幻影魔蟲』コーカス。どれだけ時が過ぎようとも、災厄であることは変わらない」

「っ!?」

「だから君は『幻影魔蟲』でいるしかないんだ」


 心を溶かす、悪魔の予言ことば

 このときから、僕の意思こころはあいつに奪われてしまったのかもしれない。


「お、お前……!」

「あははははっ! 俺を恨んでも意味がないよ! ははっ! 恨むなら非情な現実ゆめを恨むんだね!」


 僕を蘇らせた存在は災厄でもないし、皆に恐れられたこともない。そんなやつに僕の心はわからないだろう。

 今もあいつは無邪気に笑っている。

 腸が煮えくり返るくらいの怒りもあったけど、僕は怒ることができなかった。


 ──何故ならあいつは、かつての僕と同じ目をしていたから。


 たくさんの『欲望』に捕らわれて、傲慢な様子は僕に似ている。

 だからどうしても、僕はあいつを怒れなかった。いや、怒れる権利がなかったのだと思う。それから僕は現世に復活して、たくさんの夢を壊した。しかし、アトラスの一太刀によって僕に括りつけられた鎖は断ち切られた。


 ──意識が霧の中に溶け込んでいく。


「うっ……! なんだ、これ」

「あははははっ! そろそろヒメカが目を覚ます頃だろうし、君は眠るんだよ。それじゃあ、


 僕の意識は闇に落ちる。

 このとき僕は、霧の中からわずかに見えたあいつの表情がやけに印象に残っていて、離れてくれなかった。



 ***



「うっ。あ、あれ? きゃあああああっ!!」


 腹にある浅い傷にヒメカは手を当てて、身体を起こす。


「コーカスに乗っ取られていたのは本当だったのね。それとこれ、ありがとう」


 ヒメカは肩にかけられたブレザーで身体を隠しながら礼を言う。


「うん、そうだよ」


 アトラスは頷くも、周囲に視線が向かってしまった。

 部屋の隔たりとなる壁には穴があき、焦げた部分もある。アトラスたちの学び舎は、今やボロボロの大樹となっていた。


「ど、どうしたらいいんだろう、この状況」


 目線を泳がせながらアトラスはメアレーシに尋ねる。

 見るからに挙動不審で、怪しいこと極まりないアトラスだったが、メアレーシは優しく笑ってアトラスに説明した。


「別にアトラスのせいじゃない。悪いのは、コーカス……いや、コーカスを蘇らせた奴だ。だから、アトラスが悩むことじゃないよ。勿論、ヒメカも」


 コーカスはこの状況を俯瞰する第三者によって蘇った。それ故に、コーカスも言ってしまえばだろう。

 そして、ヒメカは自分の身体がコーカスによって掌握され、ましてや自分の学友を手にかけようとしたことを悔いている。


「でも、これで悪夢は解決したんだ! って、先生?」

「いや、ごめんね。皆が無事で本当に良かったと思ってさ!」


 メアレーシは涙を流しながら、笑っていた。人差し指を目元にあてて、涙を拭う。その笑顔に生徒たち一同、アトラスもヒメカも、ギンヤもキマリも皆、喜びの粒を流していた。

 そしてヒメカはアトラスへ振り向くと、心からの言葉を告げる。


「アトラス、ありがとっ!」


 輝くばかりの笑顔で。




 それから、ボロボロになってしまった大樹を修繕するために、しばらくの休暇が与えられた。本来ならばもうすぐ試験があるのだが、それは遅れて実施されることに決定。

 しかし、ボロボロの大樹を修繕するにも植物を再生させるなど、普通なら出来るはずもないだろう。

 ──それを可能にしたのが、学校長の甲殻武装だ。

 実際に見た者はいないが、学校長の甲殻武装には植物を再生させる能力があるらしい。


「ほんと、派手にやってくれましたね。これだから困るんですよ。一体、誰が災厄なんてものを復活させたのでしょうか」


 学校長──メイスターは金髪をたくしあげて、そう呟いた。



 ***



「ちっ!」


 暗闇の中、舌打ちをする少年が一人。


「まったく、使えないなぁ。次はどうしようか。あははっ!!」


 無邪気に笑ってコーカスの消滅を嘲る。無邪気な笑い声は危さを匂わせるほど、恐ろしい。


「本当に使えないなぁ! くそ! くそくそくそっ!! この、無能がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 無邪気に笑いながらコーカスを『無能』と称し、暗闇で何も見えない地面を踏みつけては踏みつける。

 やがて満足したのか、少年は『無邪気』よりも邪悪な笑顔になって、


「まあいいよ、手札はまだたくさんあるんだし。次は君だ、『破壊魔蟲』ギレファル。僕が蘇らせてあげよう」


 目を大きく輝かせる。


「ああ。その前に……ギレファルのことしか考えてないに接触する必要があるか」


 ふと思い出し、たちまち嫌な顔をする。


 ──無邪気に笑う少年の名前は、サタンといった。

 サタンは楽しそうに、紫色に輝く杖型の甲殻武装を撫でる。触れた瞬間、色彩が杖の中に吸い込まれ、姿を球体へと変える。無定型の甲殻武装──色は異なれど、姿形はアトラスのものと瓜二つ。

 サタンは凍てつかせるような笑みを見せて、笑みを零す。


「うーん、誰に寄生させよっかなぁ。あははっ、楽しみだなぁ!!」


 このときのサタンの表情は誰よりも、残虐なものだった。

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