幕間 両替商のアブラムシ

「なあ、今日ちょっと時間あるか?」


 ギンヤは突然、アトラスに尋ねた。見るとその表情はどこか呆れたような、疲れ果てたような顔だ。

 それはいったい何故なのか。アトラスは気になってギンヤに尋ねる。


「ねぇ、ギンヤ。どうしたの? 疲れてる?」

「はぁ!? 何言ってんだよ! お前に常識を教えようと思って、ここに来てんだよぉ!!」

「えっ?」


 流石のアトラスも予想の斜め上の答えに口をぽかんと開けていた。いったい自分のどこに非常識があるのか。それがわからなくて、アトラスはギンヤをじっと見つめる。


「自覚症状ねぇのかよ!? だってお前、ご飯食べにいったときエメラルド差し出してたよな。あんな場所でそれを差し出すのはおかしいぞ」

「そうなの?」


 何度目かすらもわからないやり取りに、ギンヤは頭を掻きむしって、叫び声のようなものをあげた。


「俺言ったよな!? 前にも言ったよな!?」

「あれ、そうだっけ? あのときは……エメラルドの価値を分かってない、みたいなことを言ってなかった?」

「どう考えても意味が同じだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」


 苦労人、親友に常識を教えるの巻。いざ開演。

 ギンヤたちがまず最初に訪れたのは、『ブルメの森』の市場。そこでは、様々な交流と物々交換が行われている。しかしよく見ると、取引に使われるものはどこを見ても、エメラルドみたいな宝石はない。


「本当だ! 宝石なんて誰も使ってない!」

「だからその価値を同価値にするための業者がいるんだよ」


 ますます疲れた様子のギンヤは、木炭で記した地図を手に持ちながら道を進む。しばらく進むと賑わいのある市場からは少し遠ざかり、活気よりも静けさのほうが勝る──そんな場所へとやって来た。


「ここか! おいアトラス、入るぞ!」

「あ、うん」


 ギンヤはアトラスを連れてドーム状の家屋に入る。その中は薄暗く、見るからに怪しさが漂うが店員がでてくるとアトラスは少し驚いた。


「はい! いらっしゃいませー! 今日は何の御用ですかー?」


 そこにいたのは小柄な少女。黄緑色の髪が特徴的で、髪は何かを塗りたくったようにツヤツヤだ。


「あ、自己紹介を忘れてましたー! 私、フラムっていいますー! 先祖はアブラムシです! てへっ!!」

『…………』


 二人は揃って口調といい、ポーズといい、なんとも言えぬあざとさに困惑した。


「あーっ! 一応、私は大人のレディなので! そんな顔をしてはいけませんよっ!」


 更なる困惑が二人を襲った。あの身長や体型で大人だとでもいうのか。フラムと言ったどこを見ても少女にしか見えない殻人族はぷくっと頬を膨らませて、


「やっぱり、信じてませんね。しくしくしく……」

「しくしくしくって言葉にするほうが余計に怪しいわ」


 ギンヤは思わず、そんな言葉が身体の外へ出た。しかし、そのやり取りにも疲れた様子のギンヤはやがて黙り込んだ。


「あ! それで今日の御用は何でしょうか!」

「あ、ああ。今日はこいつの宝石を両替してほしくて来たんだ」


 そう言いながらギンヤはアトラスに催促して、アトラスは懐からエメラルドを取り出した。


「どれどれー、少し拝見致しますねー!」


 フラムはそれを手にとると、じっくりと眺めては手のひらに乗せて重さを測り、どれくらいの価値があるのか考え始める。そして価値がどれくらいのものなのか把握出来たのだろう、フラムは大きな声で、


「……すみません。私一人ではそれを扱うことができません。すみませんが、店主を呼んできます!」


 そしてフラムは店の奥へ、走っていった。




「店主ーっ! 助けてぇー!」


 フラムは焦った様子で、店主に件のエメラルドの価値について説明を始めた。


「ふむふむ。なかなか面白い客を連れてきたわね! フラムにしてはよくやったじゃない!」

「は、はいぃ」


 少しばつが悪そうだがフラムは表情を元に戻すと、店主を連れてアトラスたちのもとへと戻ってくる。


「待たせたわね。あたしがここの店主のクロだ! 今後ともこの店をご贔屓に!」

「は、はぁ」


 アトラスは戸惑いながらも、手に持っていたエメラルドの結晶を店主クロに渡した。


「ふむふむ、これは……! 確かにフラムには荷が重かったかな。本当にこれを取引してくれるのかな?」

「はい」


 アトラスは迷わず答える。元々価値が違うとわかった時点でアトラスは地上で通じる価値のものを探していた。

 取引することに問題はないのだが、一つだけわからないことがあった。


「え、えっと、ギンヤ。取引ってどうやるの!?」

「まあ、見てればわかるぞ」


 控えめな声でギンヤに話しかけるも、特にギンヤが答えるということはなく、アトラスは少しだけ不安になる。


「じゃあ、そのエメラルドの価値に対して三割! その分だけ差し引いたものと同じ分、対価として交換しよう!」

「え、え……?」


 この店での手数料は三割。だからエメラルドの価値の七割分が別の物で戻ってくる。


(え、き、聞いてないよ……!?)


 ギンヤに不満を表情でぶつけるが、その不満を埋める答えをクロが示してみせた。


「ああ、この店はね、しっかりと価値を測ることでかなりの信頼をもらっているからね。その分手数料が高いんだよ。びっくりさせたのなら申し訳ないね」

「はぁ、そうなんですね」

「それにしても、だ」


 クロはフラムの方を睨みつける。

 そして何故かフラムは顔を背け、クロと目を合わせようとしない。


「フラム、何かやらかしたのかな?」

「い、いえ? 私はなにもやってませんよ……?」

「ああ、そういえば。美容オイルの瓶が空になっていたんだけど、何か知らないかな?」


 ──瞬間、沈黙と冷たさがこの場を支配した。


「あー、あー、えー、えっと…………」

「一週間の罰掃除と、給料減らすからね?」

「は、はい」


 フラムはとてもがっかりとしたようで、顔色が赤から青へと変化している。汗をダラダラと流し、やがて椅子に座り込んだ。髪に塗りたくっていた油──美容オイルがポタポタと滴り落ちる。


「ん! んん! 見苦しいものを見せたね。それじゃあ取引成立だね」


 クロは軽く咳払い。

 エメラルドの七割分の物品をアトラスへ払うのだが、如何せん量が多くなってしまうために受け取る物は数日にわたって運ばれることとなった。

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