偶像篇

第一章

破壊の予兆

「『破壊魔蟲』ギレファルはもうすぐこの地に復活する。だから皆で復活の場を整えてあげようじゃないか!!」

「なんだと? ギレファル様が戻ってこられるのか!? いや、まさか。しかし、ギレファル様の復活が成されれば……我らも庇護を受けられる」


 誰もいない、暗い森の奥地。そこには二人の男の姿があった。一人は大柄で、もう一人は容姿に幼さを残している。大柄の男、パラワンと小柄の男──サタン。

 その二人で今、密かな交渉が交わされていた。


 その内容は、『破壊魔蟲』ギレファルの復活について。


「本当に……蘇らせることができるのか?」

「勿論。俺に任せてくれ。ただ……」

「ただ、なんだというんだ?」


 サタンは申し訳なさそうに口を開く。


「贄が必要なんだよ。例えば、そうだな……ギレファルの甲殻武装に近い能力を持つ者。そのほうが適合率が高いんだ」

「適合率が低いと、どうなるんだ?」

「適合率が低いと、直ぐに肉体と魂が分離してしまうんだよ。だから、適合率の高い殻人族を探さないといけない」


 その説明にパラワンは疑いの眼差しを向けた。すなわち、実際に『破壊魔蟲』が復活するのかどうか不明瞭であると。


「本当にそれは復活と言えるのか?」

「それは最もな疑問だと思う。実際には贄の姿のまま、『破壊魔蟲』が復活することになる。これを復活と呼ぶのかどうかについては、君たちギレルユニオンの判断に任せるよ」

「そうか」


 今までの情報を吟味する。数瞬、思考を回転させるとパラワンは質問を重ねた。


「それともう一つ、確認したい。お前はギレファル様の能力を知っているのか?」

「うん、それは勿論。『破壊魔蟲』ギレファルの能力は【分裂と崩壊】だよ。文字通りのバラバラさ!」


 それを聞いて絶句する。密談相手の容姿は一見幼く、口調も無邪気だ。

 しかし、実力は計り知れない。パラワンからしても実力の底が見えなかった。


「……いいだろう。仲間に探させるから贄については問題ない。だから頼む、ギレファル様を復活させてほしい」

「うんうん、交渉成立だね」

「…………」


 サタンの頷きに対してパラワンは何も反応を返さない。何故このタイミングで怪しまれるような頷き方をするのか、パラワンには理解出来なかった。


(何も反応を返さないか。流石はギレルユニオンのトップといったところかな? 見ず知らずの相手に深入りするのは悪手だからねぇ)


 サタンは内心でほくそ笑む。

 それはこれから起こる悲劇を予感しているのか。それとも、掌で踊っているパラワンを滑稽だとあざけているのか。

 ──それは誰にもわからない。



 ***



 これは拙者が父上から聞いた祖父の教えでござる。


「もし、お前がギレファル様に会うことがあれば……絶対にギレファル様に味方をするのだぞ? あの方は『破壊魔蟲』と恐れられているが、それは間違いだ」

「はい! 承知したのでござる! でも、どうして味方になるのでござるか?」

「それについて、これから説明しよう。心して聞くのだぞ、ミーゼン?」

「かしこまりました! 父上!!」


 そしてそれから、父上は拙者の祖父の物語を話し始めた。



 魔蟲という存在が暴れていた時代。あるところに、蝉を祖先に持つ殻人族の集落があった。

 村の外れには、穢れた翅の忌み子だと揶揄されて、ひとりぼっちの少年の姿がある。村の中心は活気に溢れているのに、村の外れはとても寂しい。


「はあ、はあ。どうして皆、僕から離れていくの? うぅ……」


 少年はまだ幼少くらいの年齢で、地べたにしゃがみこむ。ただひたすらに嗚咽をこぼしながら、目元をゴシゴシと拭う。涙は止むことを知らず、指の隙間を伝って地面に落ちる。

 これが彼にとってのいつもどおり。村の日常だった。さらに悪いことに、ある日を境に更なる地獄へと突き落とされることとなる。


「お前の処遇が決まった。お前は忌み子だ。だから……死刑とする」

「あ……え?」


 ──まるで意味が分からない。

 ──何故殺されなくてはならない。

 ──忌み子の何が悪いのか。


 少年は、村長の言うことが理解できなかった。ただ村長の目を見るに、濁った光が灯っていて、自分の境遇がより一層危険であることは想像に難しくない。直ぐに他の村民たちがそれぞれの甲殻武装を握り、村長の周りに集まっていた。


「皆の者、忌み子を殺せ!!」


 そして、少年は村から逃げ出す。行く宛てもなく、ただただ平坦な道のりを進むのだ。


 それから後に、少年は後の『破壊魔蟲』として恐れられる女性──ギレファルと出会い、自分の価値観を含めて救われることとなる。

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